第25話 わ、忘れてた……

 というわけで部屋を出て行った聖女さまはしばらくして布のようなものを持って戻ってきた。


 が、なにやら頬を真っ赤にしたまま俺とは目線を合わせてくれない。


「ど、どうかしたんすか?」


「な、なんだか思っていたのと違いました……」


 そう言って彼女は俺に布を広げる。それを見た俺は目を見開いた。


「こ、これは……けしからんですな……」


 その布はなんというか想像以上に過激だった。いや、確かに聖女さまをモチーフにした祭服なのはわかるのだが、胸のあたりと下半身部分がけしからん。


 基本はいつも聖女さまが着ている祭服と同じような作りなのだが、胸の部分も下半身部分もレース地になっており、中が丸見えだ。


 どうやら聖女さまは自分が想像しているよりも大幅に大胆なそのデザインに狼狽しているようだった。さすがはポルノ禁止の国で生まれ育った少女だ。ラブホのコスチュームのエロさを侮っていたようだ。


 が、聖女さまは再び祭服をくるむとそれを胸に抱えて俺に顔を向けた。


 そして頬を真っ赤にしたまま「わ、私着替えてきますね……」と言いやがった。


「お、おいっ!! 聖女さまっ!? さすがにそれをお召しになるのは……」


「だってこれは私の希望で借りて来た物です」


「いや、だからって」


「聖女に二言はありません……」


 いや、そんなところで聖女のプライドを気にしてどうするんだよ。プライドを気にするなら、そもそもこんな罰当たりな聖堂風ラブホに入ったことを気にしろよ。


 が、聖女さまは「行ってきますっ!!」と俺に宣言するとそのまま浴室の方へと歩いていった。


 いやいや、これはさすがにマズいだろ……。色んな意味でアウトだぞこれは……。


 それから数分後、聖女さまは不意に浴室からひょっこりと顔だけを出して俺を見つめてきた。


「き、着替え終わりました……」


「そ、そうっすか……。言っときますけど、俺はどんな恥ずかしい姿を見せられても責任はとりませんよ」


「聖女の名に誓って、責任は取らせないです」


 そんなことで聖女の名前を使うな……。


 あぁ……ヤバい……心臓がバクバクしてきた。いや、さすがにやばいよな。


 だって、あのデザインだぞ? ってことは聖女さまのあんなところやこんなところも露わになるってことじゃ……。


「じゃ、じゃあリーネ出ます……」


 が、焦る俺をよそに聖女さまはそう宣言して俺の前に体を露わにした……のだが……。


 あ、あれ?


 なんというか彼女の姿は俺の想像していたのとは少し違っていた。


 確かに彼女はさっき持ってきた例の祭服を身に着けていた。が、彼女のあんなところもこんなところも俺の前には露わになっていない。が、その代わりに彼女はピンク色の下着のような物を身に着けていた。


「せ、聖女さま……それは……」


「こ、これはリュータさまのエロマンガに描かれていた下着というものです。ロマニエに頼んで似た物を作らせました……」


 なるほど、こんなところで聖女さまに伏線を回収されるとは思ってもみなかった。確かに聖女さまが身に着けているのは漫画で描いたものと瓜二つのブラとパンツだった。


「そ、その……これを身に着けている方が、なんだかいやらしかったので私も真似してみました」


 なるほど、聖女さまは新たなる性的趣向を身に着けたようだ。たしかに、最悪の事態は回避できたがこれはこれで妙にエロい……。


 が、それでも聖女さまは恥ずかしいようで、両手で胸元を押えている。


「ど、どうですか? 似合ってますか?」


「それは……」


 この場合俺はなんと答えるのが正解なのだろうか……。


「と、とりあえず悪くないと思います……」


 と、無難な答えを返すと聖女さまは「あ、ありがとうございます……」と言って俺のそばまで歩み寄ってきた。


 そして、聖女さまは俺から顔を背けると。


「そ、それでは寝ましょうか……」


 と言った。


「なっ……」


 いや、もちろん文字通りの意味だということは理解している。が、こんなクソけしからん衣装を身に纏って恥じらいながらそんなことを言われたらおかしな勘違いをしちまう。


 そして、聖女さまもすぐに自分の言葉が勘違いされかねないことに気づいたようで、目を見開いて俺を見つめると「そ、そのっ!! ね、寝るというのはただ眠るということですっ!!」と俺に訴えかけてきた。


「もちろんわかってます」


「ご、ご理解いただけて幸いです……」


 そう言うと聖女さまは相変わらず恥ずかしそうな顔でベッドへと上がった。


 確かに俺たちはただ眠るだけだ。だけど、ベッドは同じだ。ダブルベッドではあるがそれでも彼女と身体をそれなりに密着させて眠ることになるのだ。


 聖女さまはシーツで恥じらうように顔を隠したまま、こちらを見やると「さ、さあ明日も早いです。眠りましょう」と手招きした。


「そ、そうっすね……」


 俺は震える足でベッドへと歩み寄るとゆっくりとベッドへと潜り込んだ。


 正直なところ気が気じゃなかった。何せ、すぐ隣では聖女さまが頬を真っ赤にしてこっちを見ているのだ。


 こんな状況で寝れるかよ……。


 が、それでも聖女さまはしばらく恥ずかしそうにはしていたが、疲れがたたったのかそのうち目が虚ろになっていき、ついには小さな寝息を立てながら眠った。


 可愛い寝顔だな……。


 と、そんな彼女の顔をしばらく眺めていた俺だったが、俺の方も疲れが溜まっていたため徐々に眠くなってきたため眠りに就くことにした。


 が、深夜、俺は不意に喉が渇いて目が覚める。水を汲みに行こうとベッドから起き上がろうとした俺だったが、隣に聖女さまの姿がないことに気がつく。


「あ、あれ?」


 と、不思議に思った俺はドアを開けて廊下へと出る。すると、窓から外を眺める聖女の姿があった。


「聖女さま?」


 と、声を掛けてみる。が、彼女は俺の声が聞こえていないのか返事をしない。彼女は胸に前で両手を組んだままじっとその場に立っている。だが、しばらくしてようやく俺の気配に気がついたようで不意に手を下ろしてこちらへと顔を向けた。


「寝付けないのですか?」


 と、聖女さまは優しく微笑んで俺に尋ねる。


「いえ、少し喉が渇いたので……。こんなところで何をやっておられるのですか? 冷えますよ? あと、その姿を誰かに見られますよ?」


 そう尋ねると聖女さまはそこでようやく自分がドエロい恰好をしていたことを思い出したようで「ひゃっ!?」と頬を真っ赤にして胸を押さえた。


「そ、そうでした……」


「ほら、早く部屋に戻りましょう」


「そうですね……」


 そう言って彼女とともに部屋に入った。


 それはそうと……。


「あんな場所で何をされていたのですか?」


 聖女さまのことが気になった俺がそう尋ねてみる。


「いえ、大したことではないのです。ただ、昼間の者たちのことが少し気になったので行動を確認しておりました」


「昼間の者? あ、あぁ……食堂で会った情報屋のことですか?」


 聖女さまはコクリと頷く。


 そう言えば聖女さまはあいつらを捕捉してるとかなんとか言ってたよな?


「何か不審な動きでもあったんですか?」


「い、いえ……大丈夫です。少し気がかりのために念のために確認しただけです。それよりも明日も早いのでもう眠りましょう」


 そう言って聖女さまはベッドへと戻っていった。そんな聖女さまの受け答えが少しだけ気になったが俺は特に追求せずに休むことにした。



※ ※ ※



 かくして朝を迎えた俺と聖女さまは馬車に揺られてミナリア王国へと戻った。別れ際、昨日手に入れた絵巻物を大切そうに胸に抱えた聖女さまに念を押しておくことにした。


「リーネさま、その絵巻物はポーションを作るための物ですよ。いくら読みたくなってもポーションのため以外に読んじゃダメですからね」


 そう言うと聖女さまは「わ、わかってます……」と少し不満げな表情で了承してくれた。


 かくして俺はティアラちゃんの待つ自室へと戻ったのだが……。


「てぃ、ティアラちゃん……」


「う、腕が動かないですわ……」


 ティアラちゃんは机の上で腕を抑えて悶絶していた。俺が彼女のもとへと駆け寄ると彼女はかろうじて笑みを浮かべると「りゅ、リュータさん、帰っておられたのですね?」と、そこで俺の帰還に気がついた。


「おいおい、大丈夫かティアラっ!?」


「だ、大丈夫ですわ。利き手をやられただけですわ」


「いや、やばいだろっ!! 生命線だぞ……」


「で、ですが、ガルナの治安を守るためですわ……」


 なんという健気な少女……。俺は彼女の健気さに唖然としながらも机に目を落とした。


「おい、ちょっと待て……。これ最終ページじゃねえか……」


 ティアラがちょうど書き上げたページは最新刊の最終ページだった。俺は慌ててペラペラと原稿を捲る。すると、どのページにも丁寧にペン入れがされており完成していると言っても過言ではない。


「おーティアラちゃん、よくやったぞっ!! おじさんは嬉しいぞっ!!」


 そう言って彼女を抱きしめて頭を撫でてやると、彼女は「わ、私頑張りましたわ……お土産の画材のためにがんばりましたわ」と嬉しそうに呟いた。


「あっ……」


 やべえ……完全に忘れてた……。


「画材はどこにありますの? すぐにでもスラム街の生徒の子たちに届けに行かないとですわ……」


「そ、そうだな……」


 俺はティアラから体を離すと彼女から顔を背けた。


「リュータさま? どうかされましたの?」


 そんな俺にティアラは健気な瞳を向けて首を傾げる。


 俺はそんなティアラの足元で土下座をした。


「ご、ごめんっ!! 買うの忘れてたっ!!」


「はわわっ!? ど、どうしてですのっ!! わ、わたくし、画材のためにここまで頑張ってきましたのよっ!?」


「そ、そうだよな……でも、忘れてたっ!!」


「ムキーっですわっ!! そ、そんなの酷いですわっ!! 私、生徒の子たちに画材を届けるともう伝えちゃいましたわっ!!」


 顔を上げると怒りにメラメラと燃え上がるティアラが見えた。


「ご、ごめん、今すぐに街に買いに行くからっ!!」


「生徒の子たちは30人いますわっ!! 全員分の黒鉛ペンとペンと紙を買うまで許しませんわっ!!」


「い、いや、紙なんて買ったら前払いしてもらった俺の今月分の給料が……」


「だ、ダメですわっ!! 子供たちの期待を裏切った罰ですわっ!! 今すぐ買ってきてくださいませっ!!」


 かくして、俺は今月分の給料を全て失うこととなった。

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