第24話 大聖堂風……
というわけで新たな絵巻物を手に入れてほくほく顔の聖女さまと店を出た俺たちだったが、気がつくと外はすっかり暗くなっていた。
結局、絵巻物を購入後も聖女さまと店主はすっかり意気投合してしまったようで、熱いエロ漫画談義を数時間続けることとなった。その結果、予定していたよりも大幅に店を出るのが遅れてしまったのだ。
今から馬車に乗って国に戻ると日付が変わってしまうぐらいには遅くなりそうだ。
「リュータさま、どうしましょうか?」
と、聖女さまが首を傾げる。
「まあ正直なところ、近くの宿に泊まるのが得策だとは思いますけど……あまり遅くなりすぎるとエロマ……いやロマニエ大司教も心配しそうですね」
なんと言っても彼女は大聖女なのだ。そんな彼女が翌日になっても戻ってこないとなると、聖堂は大パニックだ。まあ聖女の能力を知っていれば誰かに襲われたとは考えないだろうが、それでも公務の妨げになりそうだ。
が、そんな俺の言葉に聖女さまは「それならばご安心ください」と笑みを浮かべると、どこかへと歩いていく。
そして、近くの店で店のおばちゃんに何かを伝えるとそそくさと戻ってきた。
「ロマニエには帰りは明日になると伝えておきました」
「は?」
どういうこと? いつのまにあのおばちゃんがロマニエになったんだ? なんて考えていると、店から一羽の巨大なワシのような鳥が飛び立つのが見えた。
「伝書ワシです。これで一時間弱でロマニエに伝言が伝わると思います」
なるほど……この世界にはそんな便利な物があるらしい。
もう18年もこの世界に住んでいるというのに俺はそんな便利ツールの存在を知らなかった。
「ミナリアでは郵便網が割と発達しているので、一羽一羽に手紙を運ばせるよりも郵便屋さんに一括収集して運んでもらったほうが安上がりなんですよ」
「へぇ……そうなんですね……」
と、また一つこの世界についてお利口さんになったところで再び歩き出す。
かくして俺たちは今晩このザクテンに滞在することが決まったのだが、そもそも宿はどこにあるのだ?
見たところ宿場町のようだから、探せば宿などいくらでも見つかりそうだが、隣を歩いているのは仮にも聖女様なのだ。さすがに安宿に泊まらせるというわけにはいかない。
「リーネさま、この街の宿に泊まったことはありますか?」
「ええ、何度かあります。ですが、私はいつもロマニエが手配する宿に泊まっていたので、その宿以外はあまり詳しくありません」
「じゃあ今晩もその宿に泊まりましょうか?」
ということで聖女さまに連れられて俺は、聖女御用達の宿へと向かうことになった……のだが、
※ ※ ※
「ああんっ!? ここはてめえら庶民が来るような場所ではないんだよっ!! 自分の身分をわきまえて一昨日きやがれっ!!」
まあ、なんとなくそんな気がしていたが、聖女さまの宿とやらはここら一帯でも最高級レベルの宿だった。五階建ての巨大な宿の入り口にはガードマンらしき男が数人立っており、中に入ろうとした俺たちはあえなく止められた。
どうやら俺たち庶民には中に入ることすら許されないようだ。もちろん、隣にいるのは国賓レベルの大聖女さまだが、今はただのエロ漫画好きの瓶底メガネの三つ編み少女である。この女の子が聖女だなんて誰も思うまい。
「はわわっ……困りました……」
「とはいえリーネさまの身分を明かすわけにはいきませんし……」
俺たちはお忍びでやってきているのだ。もちろん彼女が聖女だとわかればすぐにでもスイートルームを用意してもらえるだろうが、そういうわけにはいかない。
「どうしましょうか? 正直なところ、身分を隠し続ける以上、良質な宿に泊まるのは厳しいかと思いますが」
「そ、そうですね……。とはいえ身分を明かすわけにも行きませんし、どこか適当な宿を見つけてそこに止まるしかないようです……」
というわけで俺たちは高級宿の利用を諦めて、すぐ近くにある一般庶民向けの宿屋街へと向かうことになった。
それにしても……。
「な、なんだか大人な雰囲気を感じますね……」
隣を歩く聖女さまはその宿屋街の雰囲気にやや気圧されているようだった。
それもそのはず……この通りにはカップルらしき男女の姿しか見受けられない。ただの安宿街だと思って入ったが、どうやらここは前世の言い方をすればラブホ街のようである。
少し狭い通りには左右にいくつもの宿が並んでいる。そしてどの宿にも入り口には『休憩○○ルーメル 宿泊○○ルーメル』と書かれた看板が置かれている。
完全にやっちまったわ……。
大聖女さまをこんなところに連れ込んだなんてミナリア王国の人間に知られたら即刻火あぶりの上に灰を二度焼きして粉々に粉砕されても文句は言えないレベルの所業。
「リーネさま、ここはなんだかマズい気がします……他の宿街へと行きましょう」
と、一秒でも早く彼女ももっと健全な宿街へと連れて行こうと彼女の手を引く俺だったが、彼女はそんな俺の手をくいっと引いて首を横に振る。
「よ、よいのです……私にお気を遣っていただかなくてもかまわないです……」
「いや、ですけど……」
「それに私はリュータさまのことを信用しております。その宿がたとえ男女がその……愛を確かめるような宿だったとしても、我々には関係のないことですので……」
と、ラブホでもいいとおっしゃる聖女さま。
正気か? この世界のラブホはよくわからんけど……聖女さまをラブホに連れ込んだとかお咎めどころの話じゃないぞ……。
「やっぱり大衆向けの普通の宿に泊まった方が……」
「で、ですが、これ以上、リュータさまを歩かせるわけには」
「俺のことならご心配なく」
「あ、わ、私もなんだか足が疲れてきました……」
と、ふくらはぎを手で摩る聖女さま。
「いや、治癒魔法とか使えるでしょ」
「生憎ですが、今はできるだけ魔力をポーションのために温存しておきたいのです……」
あ、こいつさては……入ってみたいんだな……。
その証拠に聖女さまの目がさっきからキラキラしている。っても、もちろん俺との情事を求めているわけではないとは思うけど、変態聖女としては大衆がいったいどのような場所で情事を行っているのか見たくて仕方がないようだ。
「あ、あそこの建物……聖堂によく似ていますね?」
と、そこで聖女さまがとある宿を指さす。指さす方向を見やると確かにそこには建物はまるで聖堂をミニチュア化したような建物が建っている。
なんという罰当たりな……こんなもんミナリアで建てたら打ち首獄門だぞ……。
が、そんな罰当たりな宿に聖女さまは罰当たりにも興味津々のようだ。
「な、なんだか実家のような安心感のある宿です……」
「まあ実家みたいなもんですからね……」
「リュータさま、今宵はあそこに泊まりましょう」
「正気ですか?」
と尋ねた俺だったが、聖女さまは俺の腕を掴むと引きずるようにミニチュア大聖堂の方へと歩いていった。
※ ※ ※
「なっ……」
そしてミニチュア大聖堂へとやってきた俺と聖女さまだったが、部屋に入ったところで俺は目の前の光景に愕然とする。
二十畳ほどの部屋はなんというか大聖堂の内装が再現されていた。って言ってもそれもまたミニチュアサイズなのだけど、壁にはいくつもの宗教絵画が飾られており、奥には祭壇のような物も設けられている。
そして部屋の中央にはダブルサイズのまん丸のベッド……。
回転ベッドってここにもあったのかよ……。
壁のいたるところには発光石がはめ込まれているようで、赤やら黄色などの色とりどりの発光石が室内を幻想的に演出していた。
間違いなくここはラブホだ……。
「わぁ~キラキラして綺麗です……」
と、そんな罰当たりな内装だが、聖女さまの方はなにやら満足げに目をキラキラさせている。彼女の瞳には無数の発光石の光が反射しており、彼女の瞳まで輝いている。
「あの……こういうところに聖女さまが泊まるというのはあまりよろしくないような気がするのですが……」
と、信仰心の薄い俺ですら、聖堂風のラブホに本物の聖女が泊まるのはマズいと思うのだけど、彼女は一切気にしていないようだ。
「どうして聖堂に聖女が入ることがよろしくないのですか?」
「いや、ここは聖堂ではなくてただのラブホなので……」
「ラブホ?」
「い、いえ……なんでもないです……」
とにかく聖女が聖堂だと言い張ればここは聖堂らしい。その証拠に彼女は安くさい祭壇の前に跪くと神に祈りをささげた。そして、再び立ち上がると近くのテーブルに置かれた職を注文するよう木製のメニューへと目を落とした。
「何かお召し上がりになるんですか?」
「いえ……」
と、聖女さまは何やら複雑そうな表情で板を眺めている。気になった俺は板に目を落とすと、彼女の表情の理由が理解できた。
「いや、これはさすがにマズいでしょ……」
『祭服お貸しします。詳しくは一階窓口までお申し付けください』
いやいやコスプレまで貸しているのかよ……。つまりあれか? ここに泊まるカップルの多くは聖女プレイをしてるってことなのか……。
「はわわっ……」
どうやら聖女さまはその文面からとても生々しい光景を想像してしまったようだ。頬を真っ赤にして俺から顔を背けている。
「ま、まあ、こういうことをする輩ってのはどの世界にも存在するものです。あまり、お気になさらないでください……」
と、彼女を慰めてやると聖女さまは首を横に振る。
「いえ、それはかまわないのです……」
「本当にかまわないのですか?」
結構、聖女さまを侮辱しているように思いますが……。
「ええ、聖女をどう捉えるかは信者の方々のお気持ち次第ですので、ですが、問題はこれです……」
と、聖女さまは再び板を指さす。そこには『大司教も真っ青のスケスケ祭服で熱い夜を』と宣伝文句が書かれていた。
「リュータさま、私、ちょっと窓口に行ってきます……」
どうやらさすがの聖女さまにも堪忍袋というものがあるようだ。
が、さすがにそんなクレームを付けて目立つような真似をするのは得策ではない。ただでさえ俺たちは危ない橋を渡っているのだ。聖女がこんなラブホに泊まっているなんてことがバレたら……。
「り、リーネさま、憤るお気持ちはわかりますが、さすがにそれはマズいです……」
と、入口へと歩いていく聖女さまの腕を掴む。
が、
「い、憤るとはどういうことですか?」
「いやだってさすがに大司教も真っ青なスケスケ祭服は……」
「わ、私……フロントに言って祭服を借りてきます」
「リーネさまっ!?」
あーなんとな~く、そんな気はしていたけどやっぱり今の赤面は怒りではなく、興奮だったようだ。
かくして俺と聖女さまの秘密のコスプレパーティが幕を開けた。
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