第31話 王国の危機とエロマンガ

「大司教がミナリアを発ったっ!?」


 何を言い出すかと思ったらとんでもないことを口にする聖女さま。が、焦る俺に彼女は「リュータさま、落ち着いて下さい」と優しく諭す。


「これはもとより決まっていたことです」


「決まっていた?」


「はい、大司教は年に一度、イソワリア半島の各国をまわって各国の信者のために祈りを捧げます。ですから、今回もそのためにザクテンへと向かわれました」


「な、なるほど……」


 ミナリアを発ったとか言い出すから、てっきり他国に亡命でもしたのかと思ったが、どうやらそういうことではないらしい。


 だけど、だとしたらどうして聖女さまはそんなことを今、俺に伝えたんだ。それにどうしてそんな深刻そうな顔をする。


「リュータさま、このイソワリア半島は元々聖堂領であったと以前にお話ししましたよね?」


「はい、覚えてますけど……」


 ボルボン城で王女様とロンノルの4人で話をしたときに聞いた話だ。そのあとイソワリア半島で内戦があって、今の国境に決まったとかなんとか……。


「聖堂の存在はミナリア以外の国とっても、神聖なものなのです。もちろん、イソワリア全ての人間が同じ神を信じるわけではありませんが、聖堂の存在は大きいのです。そして大司教の存在は特別です」


 と、説明を始める彼女。が、俺には少し引っかかることがあった。


「ちょっと待ってください。けど、この聖堂で一番偉いのは――」


 が、そこまで話して俺は自分でその質問の答えにたどり着く。


 そうだ。聖女はあくまでこの国の最高権力者というだけであって、他国にとっては聖堂のトップは大司教なのだ……。だからこそ訪問するのは聖女ではなく大司教なのだ。


「あくまで聖女が特別視されるのはミナリアの中だけの話です。それどころかただの巫女でしかない私が聖堂の代表者として振る舞っていることを他の王国民はよく思っていません」


「なるほど……。で、ですが、どうしてそんな話を急に?」


「リュータさま、ミナリア王国も一枚岩ではないことは以前にお話ししましたね?」


「え? あ、あぁ……アングル人がどうのって話ですか?」


 それはこの間、ポーションの備蓄庫で聞いた話だ。ユリワスにはアングル人が多く住んでいて、領土問題が存在していると話していた。


「はい、幸いなことに多くの国民が私を大聖女であると認めてくださっています。ですが、そう思わない国民もいるのです。軍の中にも……」


「ま、まあそう思う人がいたとしても……」


 つまり、この国の統治の問題で最高権力者となった聖女さまだったが、このミナリアの中にもそのことを快く思わない人間がいるということだ。


 俺には聖堂のことはよくわからないが、当事者にとっては大きな問題なのだろう。これまで聖堂のトップにいたはずの大司教がその座を奪われ、それまでただの巫女と思われていた少女が突然トップに立ったのだ。


 そのことに拒否反応をしめす人間が国内にいたとしても何もおかしいことはない。


「この国の国王は私を大聖女であると認めています。いや、大聖女を聖堂の頂点に据えたのは国王自身なのです」


 と、そこで国王のことを話し始める聖女さま。


 ちょっと待ってくれ。結局、聖女さまは何が言いたいんだ。確かに、聖女さまを快く思わない人間がいることはわかった。だけど、それは今に始まったことじゃないはずだ。それなのに、彼女はわざわざ俺を別室に呼び寄せて、そのことを深刻そうに話している。


 いったい、彼女は何が言いたい?


 頭の中が混乱していく。そして、その混乱は聖女さまにもわかったようだ。彼女は俺の両肩を掴むと、俺の顔を覗き込んでくる。


「リュータさま、情報を整理してください。大司教は国内を脱出しました。さらには国王軍の半数はガルナの警備を手数にしてまでユリワスへと遠征に出かけました。そして、突然出てきた私への疑惑の書かれた新聞。そして軍からザクテンへと情報を流す者の存在。私に不満を持つ者が立ち上がるにはあまりにも条件がそろっていると思いませんか?」


 そこまで尋ねて彼女は俺から顔を背ける。


「そ、それに私はポーションを納品した直後で魔力を使い果たしているのです……」


 と、彼女がそう口にした瞬間、俺はようやく事態を理解した。


「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!? それってかなりマズくないですかっ!?」


 つまりこれはザクテンにとってかなり都合がいいということだ。


 もしも聖女さまの魔力が枯渇していることや、軍の半分がユリワスに割かれていることがザクテンに漏れているとしたら、ザクテンは好機だと考えるに違いない。それに突然出てきた聖女さまへの疑念。


俺には新聞記者がそこまでリスクを犯して聖女さまをバッシングする理由はわからなかったが、もしも誰かの意志に基づいたプロパガンダだったとしたら、リスクに見合ったメリットがあるかもしれない。


「リーネさま、すぐに国王軍をユリワスから連れ戻した方がいいんじゃ――」


「ご安心ください。国王軍はユリワスへは向かっていません。そもそもユリワスで捕まえた間者はザクテンが送り込んだ囮の可能性が高いとロンノルも見抜います。ロンノル率いる王国軍の軍団は、すぐ近くの山奥で密かに野営を張って待機しています。何かがあればすぐにガルナへと引き返す準備もできています」


 と、そこで彼女は一度深呼吸をすると真剣な目で俺を見つめた。


「国王陛下と王女殿下は命を賭けて大聖女の正当性を守るつもりのようです」


「それって本気でザクテンとやり合うつもりですか?」


「敵はザクテンだけではありません。国王はあえて信頼のおける者たちをユリワス遠征に選抜しました。国王は何も気づかないふりをして陽動になるおつもりです」


「さすがにそれは危険すぎるでしょっ!? ってか、そこまでわかっているなら、先回りしてザクテンとの内通者を捕えた方がいいんじゃ……」


 わざわざそこまでのリスクを犯す必要はない。ザクテンが攻めてくることがわかっていて、さらには国王軍内にもザクテンとの内通者がいるのだ。下手したらクーデターを起こされた上にザクテンからも攻められてしまう。


 だが、そんな俺の言葉に彼女は首を横に振る。


「それを証明できる確たる証拠は存在しません。証拠もないのに国王軍の中枢に近い人間を捕まえてしまってはそれは単なる粛清になってしまいます。国王とて聖女同様に国民からの信頼において成り立っているのです。それにザクテンを今攻めてしまったら、それは侵略行為です。他の国も黙ってはいません」


 政はよくわからない。だけど、ここまでわかっていても、それが事実であるという確たる証拠がなければ国民や、諸外国の理解は得られないようだ。


「ですが、国王も考えておられます。仮に自身の身に何かがあったときのために王女殿下を聖堂へと密かに避難させたのです」


 なるほど、王女があんな地味な格好で聖堂にいるのは変だと思ったが、彼女は国王の保険のような存在らしい。仮に自分が死んでも王女さえ生きていれば速やかに王位は彼女に継承されるはずだ。


 と、そこで彼女は俺の両手を掴んだ。


「リュータさま、私は争いごとは望みません。ですが、王女殿下の身に危険が及ぶのであれば、それを全力でお守りするつもりです。そのためにはリュータさまの力が必要なのです」


「俺の力ですか?」


「はい、王女殿下をお守りできるのは私しかいません。そして、私に力を与えてくださる方もリュータさまをおいて他にはいらっしゃらないのです」


 つまり俺にエロ漫画を描いて欲しいということだ。


「だ、だけど聖女様のお話だと時間の猶予はないみたいですが……」


「ええ、そのためにスラム街の子どもたちも聖堂にご招待しました」


「なっ……」


 なるほど、さっき聖女さまが子どもたちの画力について尋ねて来たのはそのためだったのか……。


「リュータさま、ご無理は重々承知しております。ですが私にはリュータさま以外に頼れるお方も、信頼できるお方も知りません。どうか、私に力をお与えください」


 そう言って彼女は握りしめた手にぎゅっと力を入れた。


 どうやらこの国の存亡は俺の描くエロマンガに懸かっているらしい。

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