第23話 テゴ竜の吸盤付きの尻尾……キモイ……
あぁ……全然ダメだわ……。こいつらエロというものを全く理解していやがらない。
エロショップのエロ書物コーナーの棚を眺めていた俺は絶望していた。棚には絵画や絵巻物など無数のエロ書物が並んでいたが、そのどれも俺の想像していた物とは違っていた。
なんというかそこに陳列されていた物の多くはエロ本というよりは、芸術作品と言ったほうが正しかった。
確かに書物やキャンバスに描かれた裸婦たちは俺なんかよりも圧倒的に画力に優れている。だが、美術の教科書の裸婦を見たところで今一つ興奮できないのと一緒で、エロという意味ではパンチ力に欠ける。
なんか違うんだよな……。エロってのはただ美しいだけじゃダメなんだよ。多少汚くてもいいから、いやむしろ美しいものに土足で足を踏み入れるようなタブーさが欲しいんだよ。
などなど商品を眺めながら一人幻滅していた俺だったが、ふと我に戻る。
そ、そうだ……。別に俺が自分の好みのエロ本を探しに来たわけじゃないんだ。問題は聖女さまの性癖にぶっ刺さるかどうかだ。
と、そこで俺の隣で同じく書物を眺める聖女さまを見やった。さっきまで俺の背中にしがみついてダンゴムシになっていた彼女だったが、やっぱり好奇心には勝てないようでいつの間にか食い入るように商品を眺めていた。
が、しばらく絵巻物を眺めたところで聖女さまは「ちっ……」と聖女らしからぬ舌打ちをして書物を棚に戻した。
「全然ダメです。ザクテンの人々はこの程度のもので満足しておられるのでしょうか。私はこれらの書物から魂に訴えかける何かを感じることができませんでした……」
どうやら彼女も俺側のようだ。
なんだろう。俺は初めて聖女さまと心を一つに出来たような気がする。
「リュータさま、ザクテンにはこの程度の物しかないのでしょうか?」
エロに対して貪欲な彼女は自分が聖女であることも忘れて、態度悪く「はぁ……」とため息を吐く。
と、そこへ……。
「何かお好みの商品は見つかりましたか?」
と、カウンターからゴマをすりながら店主の男が歩いてくる。
そんな店主に聖女さまは首を横に振る。
「店主さま、この店にある書物はこれで全てでしょうか?」
と、聖女さまは首を傾げた。そんな聖女さまに店主は少し動揺したように目を見開く。
何故かさっきまで「はわわっ……」と言っていた彼女が、こんな凛々しい態度で自分に話しかけているんだ?
店主はそんな顔をしている。
「一応、この店で取り扱っているものはこれでほとんどですが……」
「ほとんど? ということはまだ他にもあるということですか?」
「え? ま、まあ、ありますけど」
「それを我々に見せていただけませんか? 金に糸目はつけません」
と、堂々たる態度で店主と交渉する聖女さま。どうやら彼女はいつの間にか聖女モードに入っているようだ。
いや、ホント聖女モードの無駄遣い……。こんな光景を信者が見たら泣くぞ……。
が、彼女は一歩も引く様子はないようだ。これこそエロに対して真摯に向き合う性女の鑑である。
「か、金に糸目って……。お客様、大変失礼ですが、この棚以外のものはどれも高価な物で、そう気軽に購入できるような代物では……」
「誰が気軽に購入すると申し上げましたか? 私はどこまでも真剣に申し上げています」
と、そこで聖女さまは懐へと手を突っ込んだ。そして、何やら服の中でもぞもぞすると、何かを懐から取り出した。
「こ、これは……」
取り出されたものを見て店主は目を見開いた。
「お金ならあります。ですので、この店でもっとも高価な書物を私にお見せください」
聖女が握っていたのは札束だった。それは少なくとも俺が一年間一生懸命働いても到底稼ぐことのできないような大金。
「あなたが思う変態とはこの程度のものですか? 私にあなたの思う最高の変態を見せてください」
いや、この聖女大金ちらつかせて何を言っているんだ……。ホント、信者が泣くぞ……。
そんな聖女の言葉に店主はしばらく黙っていた。が、不意に「俺だって……俺だって……」と呟くと目を輝かせて聖女を見つめた。
「俺だって、こんなものが変態だなんて認めていないです。お客様のおっしゃる通りです。この程度の物を見せてお客様に満足いただけるなんて私の傲慢でした」
どうやら店主は聖女の言葉に心を動かされてしまったようだ。店主はなにやら熱く訴えるように語り始める。
「何が裸婦だっ!! 何が崇高なヌードだっ!! そんなものは俺の求めるものじゃねえっ!! 俺が求めるのはそんな美しいものじゃないっ!! もっともっと俗物で他人には見せられないような汚いものを描く、本能的な変態性だ。お客様、あんたの心意気はわかりました。見せましょう。私が心から変態だと感じる、最高の逸品をあなたに見せましょう」
なんか火がついてしまったようだ。これが聖女の力なのだろうか。彼女の言葉は民たちの心の叫びを引き出す謎の力を持っているらしい。
「お二方、あなたがたに私の秘蔵コレクションを見せましょう」
そう言うと店主は俺たちを二階へと案内した。
※ ※ ※
かくして俺たちは倉庫になっている二階へとやって来た。倉庫には様々な絵画や絵巻物、さらには口には出せないような淫乱な玩具が所狭しと保管されている。
無数の在庫を漁りながら何かを探す店主。そんな店主を横目に、俺は在庫の山を呆然と眺める。
と、そこで俺はなにやらへんてこな物を見つける。
なんじゃありゃ……。
それは何かの尻尾のようなものだった。おそらく小型の竜か何かの尻尾だ。そして、その尻尾は切断されているというのに何やら粘液のような物を出しながらうねうねと動いている。
いや、気持ちわる……。
「あ、あれはきっと……テゴ竜の尻尾です」
と、そこで聖女さまが何やら恥ずかしそうにそう説明した。
「あ、これのことっすか……」
どうやらこれがテゴ竜の尻尾とやららしい。確かにしっぽの表面には小さな吸盤のような物がついている。
なんとなくその形状から何に使用するのかはわかるような気がしたが、とてもじゃないが手に取ろうという気はしなかった。
そんな不気味なテゴ竜の吸盤付きの尻尾を眺めていると「これだっ!!」と店主が在庫の山から絵巻物のようなものを取り出した。
何やらとても嬉しそうな顔をして絵巻物をこちらへと持ってくる店主。
「これが私の考える最高の変態です」
そう言って店主は俺たちに絵巻物を見せてきたのだが、俺はその絵巻物になにやら強烈な既視感があることに気がついた。
おい待て……これって……。
「これは『傾国の聖女と罪深き森のオーク』という絵巻物の三巻です」
あ、やっぱり……。これ……俺が描いたやつだ。しかも、聖女さまがまだ読んだことのない三巻じゃねえかよ……。
「こ、これは……」
と、聖女さまは信じられない物でも見るような目で絵巻物を眺める。
「ど、どうしてこれがここにあるのですか?」
「もしかしてお客様もこの書物をご存じなのですか?」
聖女さまはコクコクと何度も頷く。
「それはお目が高い。これはミナリアの闇市場で流通しているというとても貴重な絵巻物です。私はこの書物を始めに目にしたとき、自分の中の価値観というものが全てひっくり返りました。それまで見て来た物がいかに価値のないつまらない物だったのか思い知らされるような気持ちになったのです」
と、原作者の前でエロ漫画への熱意を熱く語る店主。そして、聖女もまたそんな店主に共感するように何度も何度も頷く。
「店主様のおっしゃる通りです。これはこの世界の価値観を全てひっくり返すような名著です。これこそが私が追い求めていた物なのです」
と、たかがエロ漫画に対して世界レベルの会話をする二人。
いや、もちろん原作者としては嬉しいよ。ここまで俺の作品を好きでいてくれる人が少なくとも目の前に二人もいることに幸せを感じるさ。
だけどさ……だけど、俺の想定してた読者の反応とは少し違うんだよな……。
「店主様、この書物を譲っていただけますか? もちろんこれほどの物です。店主様のご満足いただける金額を出すつもりです」
「わかりました。ではあちらのお席におかけください」
そう言って店主は応接セットを指さした。
かくして、聖女さまは未入手だった『傾国の聖女と罪深き森のオーク』の第三巻を手に入れることとなった。
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