第33話 自信作
明朝、俺は何とか20ページのやや短めの濃縮版エロ漫画を持って聖女さまの部屋を訪れる。
幸い、子どもたちが手伝ってくれたおかげで何とかこの時間までに間に合わせることができたが、あくまでアシスタントは育ち盛りの子どもたちだ。夜が更けてくると一人、また一人と瞼を擦り始めて、最後の方は俺とティアラでポーション片手に死ぬ気で描き上げた。
ドアをノックすると中から「どうぞ」と可愛い声が聞けてきたのでドアを開けると、玄関にはいつも通り祭服姿の聖女さまがいた。
というわけで、さっそく聖女さまにエロ漫画を差し出すと、彼女は「わぁ~」と目をキラキラさせながら漫画を受け取ってくれた。
どうやらどんな状況でも、エロ漫画を目にしたときの反応は変わらないようだ。
そんなどこまでもエロに貪欲な聖女さまの反応に、一周回って安心していると、彼女は俺の両手を取って顔を覗き込んでくる。
あーやっぱり相変わらず近い……。
「本当にお疲れ様でした。リュータさまにもティアラさんにも、さらには他の子どもたちにも、いずれこの恩は必ず返します」
と、聖女さまと見つめ合っていると、俺はふと気がつく。
聖女さまの目の下にわずかにクマが出来ていた。
「リーネさま……もしかしてお休みになっておられないのですか?」
そう尋ねると彼女は少し慌てたように俺から目を逸らすと「い、いえ、おかげさまで休ませていただきました。どうぞご心配なく」とひきつった笑みを浮かべる。
嘘だな……。
どうやら彼女なりに俺を安心させてくれたようだ。
が、そんな彼女の笑みはすぐに深刻そうな表情になると再び俺を見つめた。
「今朝、ガルナの王国軍の一部がボルボン城で近衛部隊と衝突したそうです」
「やっぱりですか……」
どうやら聖女さまの予想は悪い意味で大的中してしまったようだ。
「やっぱりです。思っていたよりも動きが早かったようです。今は迎え撃つ近衛部隊に、潜んでいたロンノルたちの部隊も合流して挟み撃ちのような形で応戦しています」
が、ここまではきっと想定通りなのだろう。今のところ聖堂はいつも通りだが、少し離れたガルナの中心部では兵士たちが命を賭けて戦っているようだ。そんな彼女の言葉に俺の緊張は高まる。
「勝てそうなんですか?」
と、不安を率直に口にすると、彼女は眉を潜める。
「確実なことは言えません。ですが、賊軍はかなり意表を突かれたとは思います。彼らだけでボルボン城を落とすことはかなり難しいかと。ですが……」
「ですが?」
「ザクテンの王国軍も国境を越えたそうです……」
「…………」
これも聖女さまの予想が悪い意味で的中してしまったようだ。このタイミングの良さ。どう考えても賊軍とザクテンは示し合わせている。
「名目上は治安維持のための部隊だそうです。ですが、侵略だと考えてもよろしいかと」
「やばくないですか? ロンノルさんと近衛部隊だけで賊軍やザクテンの国王軍と対峙するなんて……」
確かにロンノルたちの登場は賊軍にとってはかなりの不意打ちだったとは思う。だけど、ザクテンの軍隊まで加わるとなるとかなりの激戦……どころか苦しい戦いになるはずだ。
「そのためにポーションを持たせています。もちろん、それは賊軍も同じことですが、少なくともザクテンの軍がそう易々と手を出すことはできないかと」
「ならばなんとかなるのでは……」
実際のところポーションが具体的にどれぐらい兵力を強化させるのかはわからない。けど、ロンノルたちも賊軍たちもポーションによって戦力は圧倒的に増強されているようだ。
となると、うかつに両者の戦いに手出しできないということなのか?
なんて戦争のことなんてこれっぽっちもわからない俺が、ない頭で想像していると、彼女は首を横に振った。
「いえ、問題はここです」
「ここ? 聖堂ですか?」
コクリと頷く聖女さま。
「はい、おそらくはザクテンは賊軍とロンノルたちが争っている間に、聖堂を落としにくるはずです。ですから、迎え討たなければなりません。少なくともロンノルたちが賊軍を鎮圧して応援にくるまでは堪えなければなりません」
「ザクテン軍ってどれぐらいいるんですか?」
「おそらく数万はいるかと」
「す、数万っ!? 聖堂の僧兵だけじゃどう考えても太刀打ちできないでしょ」
聖堂は一応は司教たちの指示のもと僧兵たちが警備をしている。が、多くてもその人数は数百人ほどだ。僧兵たちがどれほどの力を持っているかはわからないが、相手は王国の正規軍だ。それが何万人も攻めてきて、防げるとは思えない。
どんどんと不安になってくる俺。が、そこで聖女さまも俺の不安に気がついたようで、俺を安心させるように笑みを浮かべると、ポンポンと自分の大きな胸を手の平で叩いた。
「そのために私や聖女見習いがいるのです。それにリュータさまのエロマンガもあります。私が命を賭けて王女様を……そして、リュータさまをお守りしてみせます」
そうだ。聖女さまがそう言うのならば間違いない。
俺にはそう信じることしかできなかった。確かに聖女さまは圧倒的な力を持っている。今は魔力が枯渇しているが、彼女が力を発揮するためのガソリンは俺たちが用意した。
あとは聖女さまと彼女を支える見習いたちを信じるしかない。
と、そこで彼女は原稿の束に目を落とした。
「で、では、さっそく……」
と、聖女さまはまたキラキラした瞳に戻って原稿を捲る。が、すぐに俺の視線に気がついてわずかに頬を赤らめた。
どうやら俺の視線が気になるようだ。
「あの……席を外しましょうか?」
と、尋ねると彼女は何やらさらに頬を真っ赤に染めて俺を見つめた。
「いえ、見ていてください。その方がなんか良いです……」
「はぁ……」
どうやら俺が見ていたほうが、なんか良いらしい……。
が、まあ聖女さまが見ろと言うならば見るほかない。それで聖女さまの魔力がより回復して強化されるなら、これもまた俺の仕事だ。
「あ、あちらで読みますね……」
というと彼女は俺の手を取って、俺を奥の部屋へと引っ張っていく。そして、見晴らしの良いリビングのような部屋へとやってくると、応接セットのソファを指さして座るように促した。
彼女もまた向かいのソファに腰を下ろした。そして改めて原稿に目を落とすと慎重に原稿を一枚一枚捲っていく。そして、気がつくと彼女は原稿に夢中になっていた。
「あ、やだ……これすごい……」
と、ふとももをもぞもぞさせながらエロ漫画を読む聖女さま。
ちなみにガルナの中心では絶賛戦争中である。が、これもまた聖女さまがお国をお守りするために必要なことなのだ。
なんだか、何とも言えない気持ちでそんな聖女さまを眺めていると、ふと、彼女は顔を上げて自分を凝視する俺の姿に体をビクつかせる。
「み、見ないでください……」
と、さっきとは真逆なことを口にする聖女さま。
「いや、だから席を外しますと――」
「いえ、そうではないのです。見られたくないのですが、見ていて欲しいのです……」
「そ、そうっすか……」
アンビバレントな感情に苦しむ聖女さま。思うにこれは限りなく見て欲しい側の見て欲しくないなのだ。ならば、俺は心を鬼にして聖女さまを凝視するしかない。
※ ※ ※
ということで王国の平和のためにエロ漫画に夢中な聖女さまを10分ほど眺めたところで、彼女は原稿をテーブルに置いた。
さあどうだ? 俺としては聖女さまの好みに合わせて濃厚なのを描いたつもりだ。
少し緊張しながら「あの……どうでしょうか……」と尋ねると彼女はわずかに笑みを浮かべた。
「え? と、とても素晴らしかったと思います……」
と、素晴らしいと言ってくれる彼女。が、その笑顔がわずかに無理をして作っているように俺には見えた。
「リーネさま? どうかいたしましたか?」
「…………」
なんだよ……なんだその微妙な反応は……。
俺は自信をもって聖女さま好みのシーンを散りばめたはずだ。それなのにどうしてそんな微妙な顔をする……。
そんな彼女の反応にびくびくしていると、彼女は不意に立ち上がって俺のもとへと歩み寄ってきた。
そして、
「リュータさま……」
と、俺の名前を呼ぶと、俺の足元に座り込んだ。
そして、
「リュータさまっ!!」
と、叫ぶと俺に縋りつくように俺の太ももの間に顔を埋めてきた。
「ちょ、ちょっとリーネさまっ!?」
ど、どういう状況っ!?
あまりに突然の聖女さまの行動に俺が慌てふためいていると、彼女は俺の太ももに顔を埋めたままシクシクと鼻をすすり始める。
も、もしかして泣いてるのか?
「リーネさま、どうされたんですか?」
「リュータさま……しくっ……この情けない聖女をお許しください……。私、リュータさまやティアラさん、さらには子どもたちにまでこれほどのご苦労をおかけしたのに……」
「や、やっぱり……興奮できなかったんですか?」
「興奮できなかったわけではありません。ですがその……私が想定していたほどの興奮は……」
やっぱりそうだ。俺の作品では聖女さまが満足できるほどの興奮を与えることができなかったようだ。
「す、すみません。俺の力不足で」
なんでだ。俺は自信をもって作品を描いた。それなのに……それなのに……。
混乱する頭で自分の敗因の理由を考えていると、彼女は顔を埋めたまま首を横に振った。
「そ、そうではないのです。リュータさまは何も悪くありません。いつもと変わらぬ素晴らしいエロマンガでした。ですが、私の方に問題があったのです……」
いつもと変わらぬ素晴らしい展開……。
「どうしてでしょうか……いつもならばもっと興奮できるはずですのに……」
と、そこで聖女さまは顔を上げると、真っ赤になった瞳で俺を見上げると首を傾げた。
そして、そんな彼女を見て、俺は思ってしまった。
この女……舌が肥え始めている……。
それしか考えられない。確かに急ピッチで作ったせいで多少の荒は否めないが、それでも聖女さま好みの欲張りセットを作ったはずだ。だけど、そんな俺の作品を彼女はいつも通りの素晴らしい作品だと評した。
いつも通りなのだ。
俺はいつも通りの作品を寄せ集めたようなエロ漫画を描いてしまった。
そして、舌の肥え始めた聖女さまはそんな俺の作品に新鮮味を感じられなかった。
彼女は両手で顔を覆うと俯いてしまう。
「私が至らないばかりに……」
「い、いえ……そんなことは……」
そんな俺の言葉に彼女は顔を覆ったまま激しく首を横に振る。
「いえ、リュータさまは悪くありません。私の鍛錬が足りないのです……」
何の鍛錬だよ……と一瞬思ってしまったが、今はツッコミを入れている場合ではない。
「リーネさま、これからまた新しいものを描きます。今の魔力でどれぐらいやれそうですか? ロンノルさんたちが助けに来るまでもちそうですか?」
そう尋ねると、彼女はようやく覆っていた両手を放すと、眉を潜めた。
「正直なところどこまで持つかはわかりません。ですが、リュータさまたちの描いてくださったエロマンガは確かに私の力になっています。とにかく持ちこたえます」
と、聖女さまが答えたところで、ドアを誰かがノックした。
「聖女さまっ!!」
と、ドアの外から少女の声が聞こえてくる。
この声はおそらくアセリアだ。その声を聞いた聖女さまは慌てて涙を拭うと俺に微笑みかけた。
「どうやら聖女見習いの者たちが来てくださったようです。なんとか、リュータさまから授かった力と彼女たちのサポートでこの苦難を乗り越えて見せます」
そう言って彼女は力こぶを作ってみせた。
そんな彼女を見て俺は決心する。何とか彼女の興奮させるための最高のエロ漫画を描くしかない。ティアラや子どもたちには無理をさせることになるが、一秒でも早く描き上げないと。
俺は立ち上がると彼女に力こぶを見せて笑った。
「ご安心ください。かならずやリーネさまが満足できる作品を作ってみせます」
そう言ってドアの方へと歩こうとした……のだが、
「リュータさまっ!!」
と、そんな俺の背中に聖女さまが突然抱き着いてきた。
「リーネさまっ!?」
「リュータさま……私は誰よりもリュータさまのことを信用しています。どうか、この情けない聖女に力をお与えください……」
「わ、わかりました。死ぬ気で頑張ります」
やるしかないのだ……やるしか……。
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