第20話 成り立ち

「リュータさまはそもそもこの王国の所有者が誰かはわかりますか?」


 と、突然クイズ形式でこの国の説明を始める聖女さま。


「そりゃ……国王陛下なんじゃないですか……」


 普通に考えれば王国というのだからこの国は国王の土地だと考えるのが妥当だ。けどわざわざクイズ形式で出されたってことは違うのか?


 自信なくそう答えると聖女さまは「良く答えられましたね。賢い賢い」とやや馬鹿にされながら頭を撫でられた。


 どうやら俺はそうとう聖女さまからバカ認定を受けているようだ。そんな俺を見て王女は可笑しそうにゲラゲラと笑う。


「大聖女さまに頭を撫でられるなんて、凄い名誉じゃない。末代までの家宝になるわよ」


 あ、俺、王女にまで馬鹿にされている。けど、バカにすんななんて口が裂けても言えないので「ありがとうございます」と答えると王女はまた可笑しそうに笑った。


 聖女が再び俺に尋ねる。


「ではこの王国の最高権力者はいったい誰だかわかりますか?」


 またクイズ形式かよ。と思ったが普通に考えれば王国が国王のものなのだとしたら、最高権力者だってことになる。


「そりゃ……それも国王陛下なんじゃないんですか?」


「違います」


 が、聖女さまはきっぱりと否定した。どうやら不正解のようだ。俺の頭に乗っていた聖女さまの手が離される。


「このミナリア王国の最高権力者は私です」


「はあっ!?」


 つまり俺はこの国家の最高権力者のためにエロ漫画を描いてるってことか?


 驚いたように目を見開く俺を見て王女は再び笑う。


「あんたそれ国王軍の選抜試験で書いたら軍法会議ものの不正解よ」


「す、すみません……」


「いえ、いいのです。この王国の国民にもリュータさまと同じような勘違いをされる方が多いので」


 そんなやり取りを見てロンノルは何やらニヤニヤと楽しげに笑みを浮かべている。


 おいおいみんなで寄ってたかって俺のことをバカにしやがって……。が、周りの面々的に不貞腐れるわけにもいかないのでただただ「無知ですみません」と答える以外に出来ることはない。


「で、でも、どうして聖女さまが最高権力者なんですか? 普通に考えれば王国の土地を持つ国王に権力が集中するってのが、どこの王国でも同じだと思いますが」


「たしかにそうですね。現に私は最高権力者ではありますが、それはあくまで立間以上の話です。私の行動は王国法によって大きく制限されています。ですから実質的な権力者という意味では国王という答えは間違いではありません」


「ってか、なんでそんなややこしい仕組みになっているんですか?」


「それはこの王国が過去に悲惨な歴史を繰り返してきたからです」


 と、そこで聖女さまの表情がわずかに曇った。


「この王国、いや、この王国を含む五か国は元々聖堂領だったのです。この五か国によって形成されたこの半島はかつては全て聖堂が統治する土地でした」


 半島というのはこのミナリア王国と周囲四か国が分割するイソワリア半島のことだろう。


「つまりこの半島は聖女さまの持ち物だったってことですか?」


「いいえ違います。当時の聖堂の最高権力者は大司教です。当時の聖堂で聖女に当たる存在はあくまで単なる修道女の一人にすぎません」


「なるほど……さっぱりわからないです」


「まあとにかくこのイソワリア半島を絶対的な権力をもって統治していたと認識していただければ大丈夫です。ですが悲しいことに300年ほど前までこの土地の民は大司教による圧政に苦しんでいました。飢饉が続く中でも大司教は厳しい年貢の取り立てをし、自らは聖堂にて優雅に暮らしていたのです」


 要は大司教は圧政のせいで民からのヘイトを溜めていたってことだな。


「もちろん、こんな生活を続けていれば大司教への不満は溜まります。もちろん民たちの神への信仰が薄れることはありませんでしたが、やがて民たちは大司教を神を欺く異端者だと考えるものが増えてきました。その結果、このイソワリア半島は内戦状態に陥りました」


 私腹を肥やして贅沢な生活をする大司教と飢饉と厳しい年貢に苦しむ国民。内戦が勃発するには条件がそろいすぎている。


「その結果、このイソワリア半島は200年にも及ぶ悲惨な内戦を続けることになりました。聖堂側につく貴族たちと農業や商業を営む民を中心としたギルド軍との戦いです。ですが200年経っても戦争が落ち着くことはありませんでした」


「泥沼化したってことですね」


 悲惨だ。終着点が見えず、血だけが流れる戦争。俺も前の世界で一般レベルには世界史を学んだが、泥沼化ほど悲惨な戦争は存在しないというのはどこの世界でも一緒のようだ。


「そこで聖女の登場です。かつては聖堂内で軽んじられ、虐げられていた女性の修道女たちがギルド側につきました。その結果、戦力の均衡が崩れて聖堂側は劣勢に立たされることとなりました。そこでギルド軍は聖堂に講和を迫りました」


「かくして戦争は終結めでたしめでたし……とはいかないですよね……」


「リュータさまはお利口さんですね。確かに戦争は終結しました。その結果、このイソワリア半島は5つに分割され、各国で選ばれた国王によって統治されることになりました。そして聖堂はミナリア王国によって管理されることになりました。ですがその後も小競り合いは続いたようです」


「よくわかりませんが、なんとなくは理解できました。だけど、その流れでどうして聖女さまがこの国の最高権力者になるのですか?」


「それはこの国の民が聖堂を憎みはしても、神そのものへの信仰は止めなかったからです。神を信仰する以上聖堂は必要です。そして、国王がいつまでも平和的に国を統治するなんて聖堂の腐敗を見てきた国民たちには信じられませんでした。その結果、聖堂と王国の双方が大聖女と呼ばれる新たな神職の支配下に入ることで決着したのです」


 なるほど要するに権力を王国側にも聖堂側にも集中させたくなかった国民が形の上でも、中立的な聖女の配下に入って権力を分散させたかったってことか。


「ですがそんなお飾りみたいな統治者を置いて何か意味でもあるんですか?」


「そうですね。ですが戦争に勝ったのは王国側です。いくら大聖女を玉座に付けたところで権力が王国に集中するのはさけられません。あくまで国民を納得させるための口実だったと考えるのが妥当だと思います」


 と、聖女について一通りの説明をしてくれた聖女さま。そしてその説明に異論はないようで王女もご機嫌そうに聖女の話を聞いていた。


 それにしてもこの国は俺が思っていた以上に、不安定なバランスによって統治されているようだ。ここ100年は平和が続いているようだが、王国と聖堂、その二つのパワーバランスが崩れてしまうと、また内戦状態に陥りかねない。そう考えればかなり危ない橋を渡っている気がする。


「そこでさっきのロンノルさんの懸念というわけです」


 と、そこで聖女さまがロンノルを見やった。


「大聖女はあくまで中立の立場です。そんな私が過度に戦力を持ってしまうとその中立性が崩れてしまうのではないかというのがロンノルさんの懸念です」


「ご丁寧にどうも大聖女さま」


 と、ロンノルは皮肉交じりに聖女に礼をした。


「ですがロンノルさんのご心配は杞憂です。私は争いを求めません。これからもこの王国民が健やかに過ごせるように、毎日神に祈りを捧げるだけです」


「それはありがたいことですね。まあ、このひょろひょろの男が王国をぶっ倒すような存在ではないことは確かなようだ。俺の杞憂ってことで間違いないようだな」


 ロンノルは俺を見やった。


 かなり鼻にはつくが、そう思ってもらえるのならそれでいい。


「じゃあ俺はこの新入りがどんな人間なのかもわかったことだし、お先にお暇しますぜ」


 ロンノルは立ち上がると聖女と王女にそれぞれ頭を下げて、部屋を出て行ってしまった。


 というわけで俺と聖女、さらには王女殿下の三人が取り残された。


 そこで王女様はぴょんと玉座から飛び降りると、俺のもとへと歩いてきて、俺の顔を覗き込んだ。


 どうでもいいけどさすがは雅な人間。いい遺伝子を貰ってるのか可愛い顔をしている。


 彼女は俺のことをじろじろと眺めながら、次に聖女さまを見やった。


「ところでリーネ。この冴えなさそうな男のどこがいいわけ?」


 そう言われた聖女は何やら頬を真っ赤にすると「ど、どういうことですかっ!?」と珍しく動揺したように目を見開いた。


「どういうことって、この男、リーネの愛妾じゃないの?」


「へ? ち、違いますっ!!」


 そう言って激しく首を横に振る聖女さま。


 あら、なんかいつもと様子が違いますけど……。


「リーネ、嘘を吐くならもう少しうまく吐きなさい。この男が本当にそこまでの大魔術師だったらリーネなんかよりも先に私たちに情報が入ってくるはずだわ。こんなダミーなんか使っちゃって」


 そう言って王女はさっき聖女が出した魔導書を手に取るとパラパラと捲る。どうやら王女はこれがはったりだと気づいていたようだ。


 王女は魔導書もどきを机に置くと、聖女さまへと歩み寄る。そして、何やら不敵な笑みを浮かべると彼女の顎を人差し指で撫でた。


「あらあら、ここまで狼狽するなんてリーネちゃんったら、らしくないわね」


「はわわっ……か、勘違いです……」


 あ~あ~完全に聖女さまの威勢のよさがなくなってやがる。まあ、本当のことを口にするわけにもいかないし、かといって愛妾だなんてことにするわけにもいかない。


 俺は聖女さまに対して優位に立てる人間など存在しないと思っていたけど、この王女は俺が思っている以上に曲者のようだ。


「大丈夫。私はリーネを売ったりしないから。だからリーネも私のこと裏切らないでよね」


「わ、わかってます……」


 とたどたどしく答え恥じらう聖女さまを、まるで鑑賞するようにしばらく眺めていた王女だったが満足したようにまた俺へと顔を向けた。


「リーネのこと幸せにしてあげなきゃ斬首だから気をつけてね」


 と全然笑えない冗談を口にすると王女様は部屋を出て行ってしまった。



――――


ちょっと説明長くてごめんちゃい。。。


もう複雑な説明は無いと思います。


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