第33話 キン肉バスター!
「本当に破廉恥極りない淫婦はヤマトの側にいるべきではないわ!」
ナデシコの放った拳をイヨリが受け止め殴り返す。
さらにそれをかわし今度は蹴りを放つナデシコ、だがそれもイヨリは片手で受け止めて肘鉄を放つ。
互いに一歩も譲らない攻防一体のド突き合い。
突き、蹴り、ヒジ、ヒザ、手の平やカカト、さらには腰や肩まで使った打撃技の応酬でアリスの部屋に轟音が響きわたる。
プロの総合格闘家同士の試合でもこんなハイレベルな戦いは見られないだろう。
二人の力量は明らかにホモサピエンスの枠を超えている。
なんでお前ら普通の高校生やってるんですかと真剣に聞いてやりたい。
「千石(せんごく)大和(やまと)ぉおおおおお!!」
イヨリとナデシコの横からマモリが木刀を振りかざし駆けてくる。
だがその木刀はヒデオに止められ俺に届く事は無かった。
「オレだっていつまでもやられっぱなしじゃないんだぜ」
ヒデオはアリスの部屋にあった長さ二メートルほどの焼きゴテを薙刀のように操り見事にマモリの木刀を防いでいた。
「おのれ観国英雄!」
「久々のバトルで燃えるんだぜ!」
名家のお嬢様を守るために存在する特殊な家に生まれたマモリだからだろう、今の彼女からは並の剣道家には無い本物の刃のような危険な香りが溢れだしている。
そもそも彼女はナデシコの屋敷では真剣で剣の修業をしているのだ。
その木刀は人斬りの殺人剣を体現して必殺の威力を秘めた一撃を何度も放つが、ヒデオは全ての攻撃を焼きゴテ一本で笑いながら弾いている。
対するマモリが必死の形相であるところを見るとヒデオはかなりの実力者らしい。
薙刀の有段者らしいけどここまでとは思ってなかったな。
「それでヤマト、アタシ達も戦ったほうがいいのかしら?」
アリスは壁に飾られている剣の中からサーベルを取ると俺には竹刀と同じくらいの長さのノーマルソードを差し出してくる。
「いや、ナデシコは丸腰だしマモリも多対一にする必要ないだろ」
まあこんなどこぞの少年漫画みたいなバトルパートに突入したら戦いたくなる気持ちも分かるけどな。
アリスは「アラそう」と言うと剣を壁に飾り直してどこから取りだしたのか紙箱に入ったスコーンを食べ始める。
こいつ戦わなくていいと分かった途端完全に観戦モードに入りやがった。
「ナデシコスペシャル!」
アリスがスコーンを食べ始めて二秒後にナデシコがイヨリにナデシコスペシャルという名のパロスペシャルをかけている。
イヨリはガニ股前傾姿勢で手を吊りあげられるという女子高生にあるまじき格好になっているが、完璧にキマったソレを単純な腕力ではずしてナデシコを弾き飛ばす。
「くっ、今ので腕が千切れないなんてどういう筋肉してるのかしら」
お前はクラスメイトの腕千切る気だったのかよ。
「こうなれば我が御先祖様が朝倉義景(あさくらよしかげ)を討ち取った大和流葬殺術の至宝を使うしかなさそうね」
大和流葬殺術の至宝? そんなもの聞いた事が無いけど最近使えるようになったのか?
ナデシコはイヨリに突進しながら自慢げに語る。
「敵の頭を左腕で捕獲、同時に頭を敵の左肩下に潜り込ませる。
両腕の絡みを強固にして大地の巨木を引き抜く心構えで敵の体を高くさしあげる」
説明しながらその通りに動くナデシコ、あのう、その体勢って明らかに……
「そして相手の両内腿を抑え体の自由を奪ってしまう。
このまま鷹のごとく高く舞い上がり稲妻のごとき勢いで地面に着地すれば、首・背骨・腰骨・左右の大腿骨の五か所が粉砕される。
これぞ大和流葬殺術の至宝!! ナデシコバスター!!!」
やっぱりキン肉バスターじゃねえかおい!!
しかも大和流葬殺術なのにナデシコバスターって使用者によって名前が変わるのまで同じじゃねえか!!
「甘いよナデシコちゃん! この技は首を後ろに引けば首のロックがはずされやすいしそんな事をしなくても体を揺すれば」
「なっ!?」
落下中にイヨリが体を揺らすと二人の体が上下逆になり、今度はイヨリがナデシコの両内腿を抑えて再び落下する。
ナデシコは悔しげに「ちっ」っと舌打ちをすると首を後ろに引いて首のロックをはずして脱出、二人は別々の場所に着地した。
「イヨリ、貴方何故ヤマトバスターの脱出方法を知っているの?」
「それはこっちの台詞だよ! ナデシコちゃんこそなんでわたしの家の古跡流柔術の至宝、五所(ごどころ)断絶(だんぜつ)落(お)としを使えるの!?
この技はわたしの御先祖様が戦国時代の戦場で頑丈な鎧で身を固めて打撃技が効きにくい敵を倒す為に開発した奥義で桶狭間の戦いじゃあの今川義元を討ち取った由緒ある技なんだよ!」
どっちもおかしいだろ!! なんで朝倉義景と今川義元がキン肉バスターで死んだ事になっているんだよ!? お前らの家の歴史おかしいだろ!? それにお前らの技の脱出方法なんて今の中年男性の大半が知ってるぞ!!
「ねえヤマト、ヒマだからギロチンしていーい?」
「俺の首をどうする気だアリス!? てかなんであいつらそろいもそろってプロレス技、もとい超人プロレス技ばかり使うんだよ!?」
「そんな事言ってると肝心なシーン見逃すわよ」
「なんで全無視!? 今の俺そんなにウザかった!?」
「五所断絶落としぃいいいいいいいいいいいい!!!!」
今度はイヨリがナデシコにキン肉バスターかけてる!?
本当に肝心な場所見逃しちまったよ!
どういう経緯でイヨリがナデシコにキン肉バスターかけたんだよ誰か教えろよ!
「ぐっ、押しつけられる力が強過ぎて首のフックが……でも6を返せば9にな……!?」
ナデシコが体を揺らすと二人の体は傾くが斜めになっただけ、完全に上下が逆になることはない。
まあイヨリのほうがパワーは完全に上だしな、ひっくり返すのは無理だろ。
「ええい離しなさい愚民が!」
ナデシコが手足をバタつかせて無理やり抜けだそうとすると二人のバランスが狂う。
まだイヨリも完璧にマスターしたわけではなかったのか、二人の体は変に絡み合ったまま真横になりそのまま落下、このまま落ちれば受け身も取れないだろう。
「マズイだろ!」
俺は走った。
アリスも走る。
二人で一人ずつキャッチすればなんとか、
「足がもつれたんだぜ!」
「ちょっとヒデオ! キャッ!」
何やら不穏な声が背後から聞こえてくるとイヨリ達の目の前で急に俺の背中が誰かに押されて俺はすっ転ぶ。
そして俺が転んだ事で起こった野球式スライディングで滑り込みセーフで間に会ったがちょっと考えてみて欲しい。
いくら女の子って言っても二人分は重いんだよ。
それが数メートルの高さから落ちてきたわけで、ましてナデシコはイヨリと違って自前のクッションが無くて、それをモロに背中に受けて潰された俺の体が大丈夫なはずも無く、俺の意識は闇へと沈んでいく。
ただ、その闇へと意識が沈む間際に俺はある事を決めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます