第26話 ブルワァアアアアア!!


 ギシ ギシ

「目標確認、いっせーのーでっ!」

「ブルワァアアアアアアアア!!!」


 腹を貫通する爆痛に一瞬で眼が覚めた。


 何が起きた! 一揆か! 革命か! 下剋上か! 否、そのいずれでもない!


「起きたか馬鹿兄」


 やたらと冷めた声に首を上げると、そこには俺のみぞおちにお尻を乗っけて俺を見降ろすポニテの女子がいた。


 ていうか俺の(血が繋がった実の)妹の(まったく可愛くない)千石(せんごく)姫子(ひめこ)だ。


 年は俺の一つ下で今は中学三年生。

朝に優しく起こしてくれたり飯を作ってくれたり夜俺のベッドに潜り込んで……こないというトンデモない妹である。


 全国一〇〇万人の同志達に謝れ。


「ヒ、ヒメコ……お兄ちゃんは生モノの割れモノで非常にデリケートなんだ、あの注意事項が目に入らないのかい?」

「馬鹿の落書きに興味ないの」


 酷い! 

 俺が小学生の頃からコツコツと書き足し今ではその数は五〇を超え年表のようになっている俺の取扱説明書が目に入らないのか!


 入口のすぐ近くに分かり易く貼っておいたのに!


「それよりもうすぐお昼なんだから早くご飯作りなさいよ、あんたから家事取ったら馬鹿と妄想癖しか残らないんだから」

「兄貴とすら言ってくれないのかよ! 一度でいいからお兄ちゃんと呼びなさい!」

「変態」


 くそ! お兄ちゃんは俺が妹から言われたいセリフ第五位なんだぞ!

 お前が可愛く無さ過ぎるせいでこんな簡単な言葉が五位にランクイン、この不条理をどうしてくれる。


 千石大和が妹に言われたいセリフベスト五


五位 「お兄ちゃん」

四位 「お兄ちゃん大好き」

三位 「お兄ちゃんそんなんじゃいつまで経っても彼女できないよ」

二位 「お兄ちゃん、背中流してあげよっか?」

一位 「えへへ、お兄ちゃんあったかい」


 裏一位 「お兄ちゃん、あたし達……兄妹だけどいいよね?」


「っで、馬鹿はともかく妄想癖ってなんだよ?」

「幼馴染と妹への妄執に決まってるでしょ、ほんと、あんたと一緒にいると貞操の危険を感じてしょうがないわ」

「それは襲えってことか?」


 チョキで殴られた、凄く目が痛い。


 お願いです閻魔様、死んだら地獄行きでいいからこいつを趣味はお料理、尊敬する人物はお兄ちゃんという理想的な妹にしてください。


 フラグイベントは週一で。


「目は冷めた? 頭に脳味噌は入った? 入ったら早く昼ご飯作れよ馬鹿兄貴、あたしはリビングでテレビ見てるから」

「じゃあ俺は録画でもするか」

「無理、ビデオデッキはあたしが裏番組録画してるから」

「なっ、お前お兄ちゃんが毎週土曜日は歴テレのまる分かり日本史バラエティを観てるの知ってるだろ!?」

「知ってるよ」

「じゃあなんで!?」

「だからでしょ」


 つらっとした顔で言いやがったよこの妹は、イヨリが妹なら昼飯は作ってくれたしテレビも絶対見せてくれる! 頼めば膝枕もしてくれるぞ! 


 あいつの膝枕は母さんが騙されて買った三〇万の枕(元値五万)よりキモチいいんだからな! 俺は中学生の時に五秒で寝た記録を持ってるぜ。


 そしてその時お前がイヨリを追い返して漬物石を枕にした恨みは忘れてねーぞ!


「ちくしょう! 思い出すだけで涙が出てくる! イヨリの膝で俺は永眠したい!」

「恥ずかしい願望口にすんな馬鹿兄貴ッ!!!」


 階段から聞こえる声に思わずビクッとしちまった。


 普段は冷めてるくせにイヨリ絡みになるとあいつ急にキレるんだよな。


 ところで話をご飯に戻すが俺の親父は大学で歴史の教授をしていて母さんはその助手。


 四月に邪馬台国の遺跡がどうとか言って九州へ行き、この前戻ってきたかと思えば楽しみにしていた研究成果を聞かせてもらう前に今度は京都で新しい記録書が見つかったとかですぐにまた出かけてしまった。


 そんな感じで俺の両親は留守が多くその間の家事は全て俺がやっているというわけだ。


 もっとも殺人料理人にして破壊掃除人、汚染洗濯職人にして混沌整理職人であるヒメコに家事をしてもらおうなんてこれっぽっちも考えた事ないけどな。


 あいつに家事をやらせるなんて上杉景勝に漫才をやらせるくらい無謀だね。


 さてと、それじゃあそろそろご飯が届く頃かな。


 この家事マスター千石大和様が昼飯の事を忘れて昼寝なんてするわけがないのだよ。


 俺は飲み物の用意をしようと一階のリビングを通ってキッチンへ行くと日本茶を淹れ始めた。


 リビングでは有言実行ヒメコがドラマを見てビデオデッキは録画のランプを光らせている。


 そういえばまだヒメコには言ってなかったな。


「そういえばヒメコ、これからうちにイヨリ達が来るけどイヨリとケンカするなよ」

「はぁ!? イヨリってあのデブ女またうちに来んの!?」

「デブってイヨリのウエスト五八センチしかないし体重だって四六キロだから身長考えればむしろお前よりも――」

「あの筋肉女にあたしが劣ってるって言うの!?」

「筋肉? あいつの二の腕二四センチしかないぞ」

「なんであのデブのサイズいちいち知ってんのよ! 死ね!!」


 こえー、こりゃ刺激しないほうがいいな。


 俺は何も言わずにちゃんとヒメコも含めた五人分のお茶を淹れるとそれぞれに氷を二つずつ入れて冷やす。


 玄関のチャイムが鳴ったのは俺が茶碗をお盆に乗せたのと同時だった。

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