第8話 この担任がダメすぎる
「っと、いうわけなんですよ」
「ずいぶん大胆な事するのねぇ」
言いながら腕を組むのは道衆(どうしゅう)愛子(あいこ)、俺の所属する一年一組の担任であり歴史の教科担任でもあり俺らの歴史研究会の顧問である。
彼女の容姿を説明するなら、ロングヘアーが綺麗な目の覚めるような美人である。
年齢は二三歳と若く男子生徒からの人気も高いが相手が生徒である以前に先生は恋愛に興味が無く、死ぬまで独身を貫くと日常的に宣言している。
なんでも高校時代と大学時代の時にそれぞれ結婚し一年持たずに離婚したのが原因とか、その反動で現在は困った趣味に目覚めてしまっている。
俺らが校長室から出て真っ先に向かったのは職員室、当たり前の事だがここには今回の事を顧問のアイコ先生に相談に来ているのだ。
「それで先生には大会用に俺らの勉強を看て欲しいんですよ」
さっき説明したとおりアイコ先生は歴史の先生であり本人も俺達同様かなりの歴史マニアである。
ここで先生の協力を得られればかなり心強いのだが、
「無理ね」
あっさり断ったよこの人。
「えーっと、それは何故?」
するとアイコ先生は急に視線を落とすと寂しげな表情を浮かべた。
「そりゃ、私だって可愛い教え子のために協力してあげたいわ、だけどね、それじゃあなた達のためにならないわ、だって夢は自分の手でつかむものでしょ?
わたしの愛する坂本龍馬様だって親に頼らず脱藩してまで夢を叶えたの、先生はあなた達にもそんな子になってほしいの、そのかわり先生は別の場所で戦うわ、だからみんなも戦って勝つの、だってこれは生徒会との合戦なのだから」
「戦国幕末夏のBL同人誌祭り、ってこれなんのチラシですか先生?」
先生の机の上にあったチラシを手に尋ねるイヨリ、それを見てアリスが眼鏡をくいっと上げた。
「出店するんですね?」
「しないわ」
「締め切りは?」
「二週間後……締め切りってなんのことかしら?」
「遅いですよ!」
俺ら四人のジト目に耐えられなくなったのか、アイコ先生はイスから立ち上がると窓際へ行き空を眺めた。
「毎年この時期の合戦は燃えるわね~」
「何が合戦ですか!? ただイベントに出品する同人誌描くためにアタシ達見捨ててるだけじゃないですか!」
アリスにイヨリとヒデオも続く。
「先生の戦いってこれですか!!」
「これのどこが戦いなんだぜ!?」
「戦いよ! 他の客をなぎ倒し血を吐き走り続けてお宝グッズと言う名の戦利品をゲットしながら最果ての海(オケアノス)に辿りつくための戦いなのよ!」
くそっ、さっきの言葉に不覚にもちょっと感動した自分が憎い、そう、これが先生の困った趣味、戦国と幕末の武士にBL路線でハマってしまっているのだ。
BLとはBoys Loveの略でようするに男同士の恋愛を描いた作品の事である。
先生の部屋は武将グッズに彩られ本棚はBL同人誌オンリーという二三歳独身女性という事実を考慮しても許容できない様になっている。
確かに俺が好きな戦国時代は男色が一般的で武将の嗜(たしな)みであり織田信長も武田信玄も伊達政宗も男の愛人がいたが、だからといってそんなとこばかりクローズアップして見ないでほしいものだ。
まあ趣味は個人の自由だから俺がどうこう言えるような事ではないが、いくらBLが好きだからと言って生徒を犠牲するとはなんという怠慢王だろうか、そんな時、俺の頭にはある人物が浮かんだ。
「この今川(いまがわ)氏真(うじざね)!」
「ジョン王!」
「劉禅公嗣(りゅうぜんきみつぐ)!」
「世界三大ダメ君主そろえないでよ!!」
俺に続いてアリスとヒデオがヨーロッパと中国を代表するダメ君主の名を口にするなんて、やっぱり俺ら歴史研究会の気持ちは一つだな。
すると今度はイヨリが口をはさむ。
「まあまあみんな、先生を例えるならせいぜいネロぐらいだよ」
「それローマ史上最低の暴君じゃない!」
「じゃあクセルクセス一世で」
「それは一〇〇万の兵で三〇〇人倒すのに四日かかった王でしょ! 先生そんな無能じゃないもん!」
「何言ってるんですか先生! その三〇〇人を率いたのは古代(・・)ギリシャ最強の戦士王レオニダスですよ!!」
「そうです先生、ヨーロッパ史上最強の一人に数えられるレオニダス王を四日で倒したのをむしろ褒めるべきですよ!!」
話が古代ヨーロッパだけに二人がかりで攻め立て先生が二人の気迫に押され気味だ。
「うぅ、だってだって会場で兼続(かねつぐ)様や三成(みつなり)様が待っているんだよ! 沖田(おきた)様や土方(ひじかた)様の恋愛を描いた人気同人サークルの新作が発表されるんだよ! 自分の原稿描き上げて当日に戦利品をゲットするには自分の全てをイベントに捧げる必要があるんだよ! みんなにはこの薩長(さっちょう)同盟(どうめい)を結ぼうとする坂本龍馬様にも負けない高尚な気持ちがわからないの!?」
「日本を救おうとする英雄とただ私欲を満たそうとする自分を重ねるような人の気持ちなんてわかりません」
「はぐぅ! ヤマト君が冷たいよう、ヤマト君、君は私に歴史研究会の顧問を頼んだ時のやりとりを忘れたの!?」
校長といいアイコ先生といいなんで俺の周りの大人はこう子供っぽいんだ?
えーっと、俺が顧問を頼んだ時は……
「『五千円分のお米券でどうですか?』『いいよー』でしたっけ?」
「ちょっ! 少しは美化してよ!」
「あと新撰組を舞台にしたBL小説の原稿三〇ページ分」
「あれは出血多量で死ぬかと思ったわ、ヤマト君、あなた将来BL作家になれるわよ」
「お褒めにあずかり光栄ですが一五歳の少年に一八禁小説書かせる先生にはびっくりしましたよ」
「本当に書いてきた君が一番驚きだけどね……ところで初歩的な疑問なんだけど、生徒会相手に勝算はあるの?」
「それは――」
「そんなの楽勝に決まってるんだぜ!!」
俺を押しのけて前に進み出たヒデオが意気揚々と両手を上げた。一体こいつのどこにそんな自信があるんだ?
「いくら勉強できるって言っても通っている学校は同じなんだから歴研のオレらが歴史勝負で負けるわけないんだぜ!」
ピラっとヒデオの前にかざされた用紙を先生から受け取るとヒデオの顔が固まり、俺達も覗き込む。
生徒会メンバー 全国模試結果
生徒会長 2年 大和猛(やまとたける) 3位
副会長 1年 大和(やまと)撫子(なでしこ) 4位
会計 2年 南蛮伊(なんばい)笛(てき) 8位
書記 1年 近衛(このえ)守(まも)理(り) 6位
「相変わらず凄いレベルだな、ってヒデオ立ったまま白目むくなよ気持ち悪い」
「お、おかしいんだぜ! だってヤマトはオレらは千位にも入ってないって言ってたぜ!」
「そりゃ俺らが総合コースだからだろうが」
「コース?」
どうやらヒデオは大会の規定どころか自分の通う学校の仕組みすら知らないらしい、頭にはいくつも疑問符を浮かべて目が点になっている。
「アリス」
俺の合図でアリスが咳払いをする。
「しょうがないわね、いーいヒデオ? アタシ達の通う歩御高校は平均偏差値四〇の総合コースと六〇の進学コース、そして平均偏差値七五の特進コースに分かれていて生徒会メンバーは全員特進コースでアンタらは馬鹿の総合コースなの、だからアンタらヴァカが三ケタ以内に入るわけないでしょ! まあ特進コースのアタシは全国模試五位だけどね」
得意げに長い金髪をなびかせながら眼鏡を上げるアリス、でもナデシコには負けてんだな、口にはしないけど。
「でもナデシコとマモリって俺らと同じクラスだよな?」
「それもこの学校ならではよ、三年になるまではコースによるクラス分けをしないで学力に関係無い友好関係を築く、まあその校風に憧れてアタシもパパの母校であるこの学校に入学したんだから、これで分かったでしょ?」
ダメだアリス、ヒデオの奴耳と口から煙出して震えているぞ、おそらくヒデオの脳筋頭じゃ半分も理解できなかっただろう。
「えーっと、つまり馬鹿と天才紙一重ってことだな?」
アリスの袖口から鋭利なナイフが飛び出し両手にそれぞれ握られる。
さよならヒデオ、今度生まれてくる時はもっと頭のいい子におなり。
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