第2話 歴史大好きクラブ

 歴市(れきし)歩御(あゆみ)高等学校に入学してから春が過ぎ去り夏真っ盛りの日曜日。我ら歴史研究会の男女四人は海にもプールにも行かず恋人とのデートにも行かず(まず恋人がいねえ)いつものように歴史のプレゼンテーションを行っていた。


 場所はヒデオの部屋、ヒデオの家は学校から近いので部室を持たない俺らにとっては結構便利なのだ。


「つうわけで紀元前二一〇年七月に始皇帝は水銀中毒で死亡、結局不老不死の方法は見つからなかった。以上が始皇帝の一生なんだぜ」


 中国史グッズに囲まれた部屋の中、ホワイトボードの前で得意げに中国始皇帝の生涯を説明したのはこの部屋の住人であり俺が会長を務める歴史研究会の一人、観国(みくに)英雄(ひでお)。


三国時代を中心とした中国史バカで、三国志の英雄に憧れて必要以上に鍛えた体が自慢の筋肉野郎、中背ながら自分よりデカイ男子を片手で持ち上げたりするがとにかくバカ。


 それでもバカは風邪はおろかケガにも強いのか車にはねられても一週間で完治した事もあった。


「ヒデオ君の説明わかりやすーい、でも始皇帝さん不老不死求めながら死ぬなんてメソポタミア文明のギルガメス王みたいだね」


 ひたすら可愛い笑顔でおバカなヒデオを褒めるのは俺の幼馴染の女子古跡遺代(こせきいより)。


 古代文明にロマンを感じる女の子でエジプト文明を中心に世界中の古代文明に精通する古代史好きで、ふわふわなのに一房(ひとふさ)だけ跳ねたミディアムヘアーに目の大きな可愛らしい顔と抜群のスタイルで大抵の男子は陥落するが、イヨリの古代史トークがエジプト文明からインダス文明に変わる前にほとんどの男子は逃げて行く。

歴史マニアの俺はイヨリの古代史トークを何時間でも聞いていられるから気にしないけど幼馴染なのに朝起こしに来てくれないのが欠点だな。


 早生まれで学年は同じだけど年は一つ下だし、やっぱり妹属性に修正すべき、いや、妹でも朝は起こしに来るべきだ。


 そしてアホ毛は感情に合わせて動くべきだと思う。今度モーターを取り付けてみよう。


「じゃあ次はアタシの番ね、ママの母国グレートブリテン及び北部アイルランド連合王国の歴史を耳の穴えぐり出してよく聞きなさい」


 いや、耳はえぐれても耳の穴はえぐれないだろ。


 イギリスをわざわざ長い正式名称で言っているのは日本男児と英国淑女の間に生まれたハーフレディ、西野(にしの)・文香(ふみか)・アリスで俺らは和名の文香じゃなくて英名のアリスのほうで呼んでいる。


 イギリスを中心としたヨーロッパ史オタクで頭はサラサラ金髪ツインテール、肌が白く青く大きな瞳に知的な眼鏡を掛けこなし、ハーフ独特の顔立ちで筋の通った高い鼻や綺麗に整った眉と小さな唇を持った絶世の美少女だ。


 そして実家は裕福なお嬢様育ちで私服ではニーソックスを履き、トドメの一撃とばかりにワガママで怒ると暴力に走るというバリバリのツンデレお嬢様ギャルゲー仕立て風なのだがいつまで経ってもフラグが立たなければデレ期も来ない。


 スレンダーで均整の取れたプロポーションも相まって最初だけは男子からの人気は高いが、アリスの過激な愛情表現(と信じたい暴力行為)の前に全ての男子が撃沈したらしい。


 このドSお嬢様の責めに耐えられるのはM以外では俺ぐらいのものだろう。


 そしてこの歴史研究会、通称歴研の会長を務めるのがこの俺、戦国時代を中心に日本史全般が好きでたまらない千石(せんごく)大和(やまと)だ。


 今までの説明からも分かると思うが歴研の連中は全員世界中の歴史が好きだが、それぞれが特に好きな得意分野と言うべき国や時代がある。


 歴研の活動内容はそれぞれが得意な歴史を他のメンバーに教え、より歴史への理解を深めていくというものである。


 現に俺の小遣いはほとんど日本史関連の書籍やグッズに使っているのでヨーロッパ史は図書館とネットでしか調べられないが、こうして専門家のアリスが分かり易く教えてくれると非常に助かる。


「以上でアタシの発表を終わるわ、じゃあヤマト、後はアナタが――」

「ストップ、その前にみんなで今日は話し合いたい事があるんだ」

「話したい事? なーに、ヤマト君?」


 ぐっ、不思議そうに首を傾げるイヨリには幼児的可愛さがあって結構辛い、一度ギュッとさせろ、お米券あげるから、などという欲望を抑えつつ俺は本題に移る。


「ほら、うちの学校もうすぐ夏休みだろ? せっかくの長い休みなんだから歴史研究会として何かできないかと思ってよ」


 去年までは毎年イヨリの家族旅行に混ざっていたけど今年は歴研作ったし、やっぱこいつら全員と一緒に過ごしたいところだ。


「何かって、長い休みあったからって何するのよ? 運動部じゃあるまいし合宿でもするの?」

「わかったぜ、つまり一ヶ月間学校に泊ってただ本を黙々と読み青春の一ページを――」

「地味過ぎるわ!!」


 アリスの持った歴史事典のカドがこめかみを打ち抜き、ヒデオは床に伏したまま痙攣を始めた。


「まったくバカなんだから、イヨリは何か思いつく?」

「えっ、わたしは幼稚園の頃から夏休みは家の空手道場のみんなと一緒に北海道まで熊食べに行ってるけど参考になる?」

「へえ、熊鍋旅行なんていいじゃない、行きは飛行機?」


 興味ありげに地雷を踏むアリスにイヨリは被りを振って、


「ううん、徒歩と遠泳だよ」

「?」


 アリスがフリーズした。

 アリスはイヨリの実家の事知らないからなぁ。


「えーっとね、まず大間崎(おおまさき)(本州最北端)まで素足で走ってそこからマグロを素手で取りつつ北海道まで泳いで渡って登別(のぼりべつ)の山に登ったら段位ごとに決められた熊狩りのノルマを達成しつつ夜は自分で狩った熊でご飯、熊を取れなかった人は野草とキノコなんだけど可哀そうだったからそういう子にはわたしが狩った分の熊を分けてあげるの、あっ、今のお父さんに内緒ね、殺さざる者食うべからずのお父さんにこんな事バレたらその子達消されちゃうから」


 ちなみに俺は行きも帰りもイヨリに背負われイヨリの狩った熊を食べました。


「……ああ……そうなの……ふーん、楽しそうね」

「あっ、今度アリスちゃんも来る?」

「いや……アタシは遠慮しとくわ」


 凄い、あのアリスが眼鏡をずり落とすほど驚いている。

 そりゃ驚くだろうな、猛将加藤清正だって虎殺すのに銃使ったっていうのにこの子はまったく。


 でもなぁアリス、俺の驚きはそんなもんじゃなかったぜ、分かるか?


 七歳にして幼馴染の女の子が笑いながら熊を素手で虐殺するシーンを見てしまった俺の驚き、あんなもん普通なら一生トラウマだぞ! 


 もっとも道場の筋肉オヤジ達との入浴のほうがトラウマになって今じゃイヨリが可愛くてしょうがないけどな、同じ熊殺しなら可愛くて柔らかい美少女のほうがいいに決まっている!

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