第28話 殺人料理がうますぎる


 リビングのソファに全員が座るとイヨリはニコニコ顔で重箱のチラシ寿司をみんなの前に一つずつ並べ、テーブルの中央には大量のから揚げを乗せた大皿を用意した。


 アリスは青ざめヒデオはアゴをガクガク震わせ目を泳がせてヒメコは青筋を立てて眉を吊り上げる。


 随分とバラエティ豊かな表情がそろったもんだな、うちで昼飯食うのは事前に連絡しておいたから昼飯は関係ないよな。


「ほんじゃいただきます」

「いただきまーす」


 さすがイヨリ、今日もイヨリの料理の腕には少しの陰りも無く素晴らしい味のデパートだ、きっと将来はいいお嫁さんになるぞ。


「ヤマト君、おいしい?」

「俺の口から最高以外の言葉が出るとでも?」

「えへへ、ありがとう、そう言ってくれるとわたしも作りがいがあるよ」


 みなさん今の聞きました? どうですこの完璧なセリフ、言っておきますが作ってませんよ、イヨリは幼稚園の頃からこんな感じですよ、素で可愛い幼馴染をやれるこのクオリティこの笑顔この可愛さこれが俺の幼馴染古跡遺代(こせきいより)の実力ですよ。


 人間国宝には是非彼女を!


「あれ? このデッキ六チャンネル録画してるよ」

「ああ、ちょっと今ヒメコが使ってて」

「いつもの番組は予約録画してきたから今度観に来てね」


 神様、イヨリを生んでくれてありがとう。


「俺の妹になってください!!」

「いい加減にしろ馬鹿兄貴!」


 ヒメコがこめかみにハシを刺してきた。

 神様、ヒメコをよくも生みやがったな恨むぞこのやろう。


「はうぅ……妹から昇格したいよぉ」

「なんだそんな事気にしてたのか?」

「ふわっ! きき、聞こえちゃった!?」

「安心しろ、イヨリはただの妹じゃなくて可愛い妹だからな、すぐに上の愛しの妹に昇格できるぞ」

「いや、妹ランクの事じゃないんだけど」

「そもそもイヨリは俺らと同い年なんだから妹はおかしいんだぜ」

「ヒデオにしてはいいとこに気付くわね、分かったらヤマトもあんまりイヨリに妹を求めちゃダメよ」

「いやアリス、イヨリは一月の早生まれだから俺らより一つ年下だぞ」

「そうだったの?」

「早生まれってなんなんだぜ?」

「まったくしょうがないわねヒデオは、いーい、早生まれっていうのは次の年に生まれた子が前の年に生まれた子と同じ学年になる事で」


 アリスがヒデオと向き合いながら親切に教えている。


 だがヒデオを自分の話に集中させながら視線はヒデオに定めたまま手だけを動かし自分のチラシ寿司をヒデオのチラシ寿司に足している。


 アリスがチラシ寿司が嫌いかどうかはわからないけど説明の親切さは偽物らしい。


「つうかヒメコ、お前食べてないじゃないか、人に昼飯作るよう言っておいて昼飯が届いたら喰わないのかよ」


 するとヒメコは不機嫌極まりない顔でそっぽを向いた。


「あたしこいつが作ったご飯とか食べたくないんですけど」

「言っておくけど今日俺は作らねえぞ、悪いなイヨリ、わざわざ作ってきてもらったのに」

「ううん、ヒメコちゃんチラシ寿司嫌いだった? 今度は違うの作ってくるからごめんね」


 何も悪く無いイヨリが謝っているのにヒメコの機嫌は一向に治らない、それどころか、さらに目を吊り上げてイヨリを見る。


「あたしはこの女が作った物を食べたくないの、それにお姉さまだって食べてないのになんであたしだけ責められるのよ!?」

「えっ? アタシ? いやアタシはもうこんなに食べたわよ」


 急に話を振られてアリスは慌てて自分のほとんど空(から)の重箱を見せる。


「なんか俺のが増えてるんだぜ!?」


 まあアリスの説明が終わった途端弁当の量が二倍になってりゃそりゃ驚くよな。


「でもごめんなさい、実はアタシここに来る前にママの作った軽食食べちゃったからもうお腹いっぱいなの、まったくママったら今日は友達の家で食べてくるって言ったのにドジなんだから、残りはヒデオにあげるわね」


 こいつ残りわずかな分すらヒデオに押しつけやがった。

 でもそっか、軽食を食べてきたならしかたないな、アリスは細くてそんなに食べるようには見えないし。


「無理なんだぜ! 実はオレ様凄い小食でこんなには食えないんだぜ!」

「あれ? でもヒデオ君この前ワクドナルドでハンバーガー四個食べてたよね?」

「それは幻なんだぜ! オレ様は兵糧攻めにも耐えうる小食ぶりで――」

「ヒデオ、貴方の憧れる張飛は確か大酒飲みで酒を水のように飲んでいたそうね」

「その通りなんだぜ、張飛なら水瓶いっぱいの酒も飲んじまうんだぜ」

「つまり英雄はそれだけ飲み食いできるの、ううん、飲み食いできるだけの男が英雄になれるの、三国志の英雄達で小食の人なんている?


 ヒデオ、観国(みくに)英雄(ひでお)、アナタの名前は英雄と書いてヒデオでしょ? じゃあアナタの成すべきことは一つよ」


 ヒデオの手を握りながら優しく語りかけるアリス、それに対してヒデオは急にハシを持つと目が穏やかになって、アリスの弁当箱から残りのご飯を移した。


「余裕なんだぜ」


 アリス、お前本当にヒデオの操縦うまいよな。


「いただきますなんだぜ!」


 弁当を一気にかきこむヒデオ、弁当箱はどんどん傾きそしてヒデオが弁当箱をテーブルの上に投げ出すとヒデオは白目を剥いてアリスにもたれかかるようにして倒れた。


「どうしたのヒデオ!? えっ何? 凄く美味しいからもっと食べたい? じゃあこのから揚げもあげるわね」

「それはお母さんが作ったんだよ」

「このから揚げはアタシの物よ誰にも渡さないわ!」

「ずるいですお姉さま、あたしもこのから揚げ食べたいです!」


 から揚げ人気だなー。


「ていうかお前お腹いっぱいなんじゃなかったのか?」

「それは幻聴よ!」

「イヨリが作った物よりマシよ!」


 そして二人ともテーブルにつっぷし倒れた。


「ぬ、ぬかったわ……まさか親子揃(そろ)って同じ腕前とは……」


 そうそう、アリスの言う通りイヨリの母さんも料理上手いんだよな。


「はは、どうやらアリスは美味し過ぎて驚いているみたいだな」

「そうなの? じゃあ帰ったらお母さんに報告しておくね」

「お茶を……お茶には解毒効果があるって本で読んだんだぜ……」

「暑い中歩いてきたから喉乾いちゃったわ、アンタのお茶ももらうわね、どうせお腹いっぱいで飲めないでしょ?」


 こいつご飯は押し付けといてお茶は強奪しやがった。

 でもなんで二人とも解毒作用のあるものを求めてるんだ? それにお茶は解毒じゃなくて殺菌だった気が……


「やっぱ無理! 馬鹿兄貴やっぱご飯作れ!」

「お前はイヨリの何が気に喰わないんだよ?」


「全部に決まってるでしょ! いつも男に媚びていい子ぶってそのクセ告白もラブレターも全部断って何が『えへへ』よ何が『はうぅ』よ何が『ふわっ』よ、馬鹿兄貴が持ってるゲームや漫画の女の子の口真似なんかしちゃって恥ずかしくないの年いくつよ!? しかも綺麗な髪と肌して目大きくて中学生になってからそんな重そうなモノ搭載しておまけに格闘技で散々鍛えているくせしてそんな柔らかそうな体してあたしより身長高いのに体重とウエスト同じってどういうことよ!? シャンプーとスキンクリームは何を使っているのかしら? このから揚げ全部食べて太るがいいわこの牛女!」


 すげー早口でまくしたててたけど何言ってるかあんまり聞き取れなかったな。

 普段あれだけ冷めてるくせしてなんでこいつはイヨリにだけはこんなに怒るかね。


「シャンプーはお父さんと同じだから何か分からないけどスキンクリームは使った事ないよ、それにわたしの家系太らない体質だから――」

「あんたあたしがどれだけ美容に気を使って生きてるか分かってんの!? 華の中学三年生ナメないでよね!」

「そうよナメんじゃないわよ! エステに行ってるアタシとスキンケアゼロどころか格闘技の練習でむしろマイナスのアンタの肌ツヤがなんで同じなのよ!? 裏技使っているならさっさと白状しなさい!!」

「お姉さま」

「ヒメコ」


 互いの名を呼び合ってヒメコはアリスと抱き合い頭をなでられ幸せそうだ。


「ヒメコ、アタシは思うのよ、全ての人が平等な民主主義のこの時代に脂肪細胞を無駄に溜め込む一八世紀のフランス貴族野郎は死ねばいいって」

「そうですよねお姉さま、世の女性はもっともあたし達のスタイルを見習うべきですよね」

「そうよ、アタシ達こそが模範、アタシ達こそスタンダード、アタシ達こそが正義の証、イヨリは人を惑わすサタンなの」

「さっきからダラダラ喋ってるけど結局二人とも羨ましいだけじゃないのか?」

「そんなことあるわけ――」

「はいはい黙って食べましょうね」


 俺はほとんど手つかずのヒメコの分の弁当箱からハシでご飯を取るとヒメコの口に突っ込んだ。

 するとヒメコは泡を吹いてアリスの膝とソファから転げ落ちる。


「なんだヒメコ暑さにやられたのか? ちゃんとエアコン使っているのにだらしない奴だな、じゃあ俺らは喰い終わったしヒメコはソファに寝かせておくからみんなは俺の部屋に行っててくれ」

「じゃあわたしは食器片付けるね」

「じゃ、じゃあアタシはこの馬鹿を部屋に運んどくわ」

「階段大丈夫か?」

「引きずれば大丈夫でしょ」


 などと言いながらアリスはヒデオの足をつかむとうつぶせのまま引きずりリビングを出て行く。

 あのまま階段を上って大丈夫だろうか。


「……ん」


 俺がヒメコを抱き上げるとヒメコの目がうっすらと開く。


「気がついたか?」

「…………? !? 触るな!」


 こいついい拳持ってやがる。

 俺はアゴの痛み耐えながらヒメコをソファの上に下ろした。


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