第34話 敵対


 番組収録の二日前の金曜日、俺は放課後になるとイヨリ達を先に帰して一人である場所に向かった。


「失礼します」


 三度ノックしてからそう言って俺は部屋に入る。


「あれ、センゴク君?」

「イテキ先輩こんにちは」


 出迎えてくれたのは男子の俺より背が高い白髪紅目のアルビノ美少女イテキ先輩、だが今だけは思わず取りだそうとした携帯電話をポケットからは出さずに手を離す。

 イテキ先輩の制服姿をカメラに収めるのはまた今度だ。


「ヤマト?」

「貴様から来るとは何の用だ千石大和!」

「まあまあマモリちゃんストップストップ」


 残りのメンバーも三者三様の反応を見せてくれる。

 俺が今いるのは生徒会室、敵の本拠地であり、今の俺は徳川陣営に乗り込んだ真田幸村の気分だ。


 コの字型に配置された机の一番奥に生徒会長のタケルさんが座り、その右側がナデシコでナデシコの隣にマモリが座っている。


 イテキ先輩は上級生であるにも関わらず入り口近くの給仕セットでお茶を淹れていたがタケル先輩の左側の席に書きかけの日誌がある所を見るとそこが彼女の席らしい。


 ナデシコの向かい側とはまた運が無いがそこは薄幸の美少女らしくて良い。


「ナデシコ、今日は話があってきた」

「話?」


 さっきまでの落ち着いた表情が少し驚いた感じになってナデシコはボールペンを置いた。「先週、俺はお前に下剋上するって言ったよな?」


「ええ、言ったわね」


 不機嫌になって口がややへの字気味になる。

 やはりあの言葉はかなり気にしているらしい。


「あの時はああ言ったけど、別に俺はナデシコと戦いたいわけじゃないんだ」

言いながらナデシコに近づき、俺はナデシコの机のすぐ目の前に立った。


「確かに俺とお前は今まで色々とあったけどだからって今回みたいに強く対立した事なんて無いはずだ。

お前が俺をどう思おうと自由だけど別に俺はお前を憎んでいるわけじゃないし」


「そ、それは……」


 目を伏せて動揺するナデシコ、少しは俺の気持ちが伝わっているのか。


「頼むナデシコ、俺達はどうしても今年の夏休みにみんなで京都に行きたいんだ。イヨリは嫌がっているけどこれからも俺を勧誘していい、だから今回のクイズキングダムだけは邪魔しないでくれないか?」

「俺……達……」

「そうだ、俺達だ、イヨリやヒデオにアリスと俺は京都に行きたいんだ。

あいつら歴史研究会のメンバーと京都に行くんだ。そのためにも俺達はクイズキングダムで優勝しなくちゃいけないんだ」

「別に……どうでもいいじゃない」

「え?」


 視線を落として、ナデシコはぽつりとそんな事を言った。


「別にあんなやつらどうでもいいじゃないって言ったのよ、特にアリスとヒデオなんて今年の四月に会ったばかりじゃないの、それにイヨリなんていつもいつも一緒にいるんだから今更……そ、そうだわ、貴方京都に行きたいのでしょうヤマト? なら私が連れて行ってあげるわよ、ううん、むしろ生徒会に入れば私が夏休みや冬休みの度に好きな名所に連れて行ってあげるわ、だから私と一緒に――」


「ふざけるな!」


 自分の口から出たのは、俺自身でも信じられないくらい強い声で、ナデシコは口をつぐみ俺をジッと見たまま動かない。


 でも俺はそれだけナデシコに対して怒っていた。

 会ったばかりだからアリスやヒデオがどうでもいい?

 いつも一緒にいるからイヨリもどうでもいい?

 ふざけるな!


「ナデシコ、お前には分からないかもしれないけどな、アリスとヒデオはずっと一緒にいたい友達だ。イヨリもこれからずっと一緒にいたい友達だ。

それこそ関係無いお前にどうでもいいなんて言う資格無いんだよ!

 俺は京都に行きたいんじゃない! あいつらと一緒に旅行がしたいんだ!

 でもお前がそう言うならもういい、俺は全力でお前と敵対するからな!!」


 パシン!

 俺が言い終えるのと、ナデシコが立ちあがって俺の顔を叩くのはまったくの同時だった。


 それだけに不意を突かれて俺はまともに喰らう。


「なんだよ、そんなに自分の思い通りにならないのが――」


 ナデシコを見て俺は言葉を失った。


 泣いている。


 あのいつも凛として品格を持ち、俺やイヨリに対しては冷静さを失っても気丈さを失わない大和家のお譲様が弱々しい表情で目に涙を溜めて一粒、二粒と大粒の涙を流している。


 潤む程度なら何度か見たことがあるが、こんな風に涙を流すのを見ることなんて小学校四年生の時以来だった気がする。


「どうして……どうして貴方はいつも…………いつも…………」

「貴様よくもお嬢様を!」

「待ってマモリ」


 木刀を片手にマモリが立ちあがるが、ナデシコが急に冷静な声でそれを止める。


 右手で涙を拭い顔を上げるとそこにはいつもの、いや、いつも以上に涼やかな、恐ろしささえ感じるナデシコの顔があった。


 懐(ふところ)から取り出した扇子を広げ口に添え、ナデシコは言い放つ。


「千石大和、私、大和撫子は正々堂々と戦い貴方を生徒会に入れます。下剋上でも一揆でも好きにおやりなさい、低俗な民衆の愚行を鎮圧し正しき方向へ導くのは名家の務め、貴方の下剋上、受けて立ちましょう!」


 この瞬間、俺とナデシコは生まれて初めて互いを敵視した。

 



 その日の夜、俺は自室のベッドで天井を見上げたままぼーっとしていた。


 二日後、クイズキングダム本戦が始まる。


 ベッドの近くの棚の上に置いている写真立ては三つ、一つは子供の時に撮った俺とヒメコの写真で、俺はもう一つの歴研の四人で撮影した写真を眺める。


 そして最後に三つ目の写真を眺める。


 小学校の卒業式に撮った物で、俺とイヨリ、そしてナデシコとマモリが写っている。


 俺を挟んでイヨリとナデシコが何故か睨みあっていて、写真映りは悪いが幼馴染四人が写っている写真はこれ一枚だけなので仕方ない。


 別にあいつとは一緒に写真を撮るような仲じゃ無かったけど、確かこの時はナデシコが宿敵との記念がどうだとか言って無理やり写そうとして、そこにイヨリとマモリも混ざって来たんだったな。


 でもなんでそんなものを後生大事に飾っているのかと、アリスが初めてうちに来た時に聞かれて俺は答えられなかった。


 だけど、今から思えば当時の俺はそれほどナデシコが嫌いではなかった気がする。


 俺は幼い頃からナデシコにイジめられてて、だけどナデシコを恨んだ事は無かった。


 それはきっと、側近のマモリ以外の生徒と一緒にいるところを見た事が無いナデシコが寂しそうに見えたからかもしれないし、俺をイジめているいる時だけは年相応の女の子に見えたからかもしれない。


 だから、今の状況が嫌で生徒会室に行ったけど交渉は決裂、最初はナデシコが一方的にふっかけてきた勝負だったけど、これで俺達は生まれた初めて明確な敵対関係を築いてしまった。


 もう、俺もナデシコも後戻りはできないだろう。

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