第31話 ヒデオは犠牲になったのだぁ
言い返す言葉が無い。
本当に勝てるのか?
相手は俺らの得意な歴史の分野すら超えてくる本物のエリート集団。
俺達の目的はクイズキングダムに出ることじゃない、俺ら四人で京都に行くこと、そして夏休みの思い出を作って部に昇格する事だ。
「まあこれで貴方も身の程を弁えたことでしょう、クイズキングダム出場はやめなさい」
血が冷たくなるのを感じた。
冷えた頭が冷静な判断を始める。
こんな無駄な事をするよりも今からでも他の方法を考えたほうがいいんじゃないか。
ナデシコの言うとおりだ。
今回のテストで自分の身の程、自分の低レベルさがよく分かった。
結局のところ、俺はただ人よりも少し歴史に詳しいだけの歴史オタクで頭のデキが違うエリート様にはいくら頑張ったところで勝てないただの凡人だったんだ。
歴史に詳しいから分かる。
一番正しい判断は冷静な時の判断だ。
徳川家康は自分の城を無視して行軍した武田信玄に腹を立て城から出て戦ってしまった。
でもそれは信玄の策略で怒りに我を忘れて城から飛び出した家康軍は信玄の軍に挟み打ちにされて敗北、家康自身も死にかけた。
だから……
「返す言葉も無いようね、でもそんなに落ち込まなくてもいいわ、だって相手が悪かったんですもの」
その通りだ、戦う相手が悪い、だから今回はおとなしく戦略的撤退を…………
俺が自分の意思を伝えようと首を上げると、壁に貼った一枚のポスターが目に止まった。
織田信長、俺が一番好きな武将を主人公にしたゲームのポスターで電気屋にあったのを一週間毎日土下座して手に入れた一品であり『天下を我が手に』と書いてある。
ちがう
それから俺は改めて自分の部屋を見渡す。
本棚一杯の歴史書。
壁や天井に貼り付けたポスターや年表。
学習机の上を陣取る武将フィギュア達。
ぜったいにちがう
ベッドの布団カバーは坂本龍馬仕様で龍馬のイラストの横に『日本の未来を変えるぜよ』とプリントされている。
おれはれいせいなんじゃない うしろむきなだけだ
俺が歴史を好きになった理由、それは……
「やめない」
「え?」
「クイズキングダム出場はやめないって言ったんだよ!!」
「なっ…………」
ナデシコが驚いて後ずさり、イヨリとアリスが左右から俺の顔を見る。
冷静なのとネガティブなのが違うように滾(たぎ)るのと冷静さを失うのは違う。
今の俺に必要なのはナデシコという特大の壁を乗り越える滾りであって諦めじゃない、逃げるなんて下策中の下策、島津義弘が聞いたら殴られること請け合いだ。
「織田信長は一〇倍の数の今川軍を破った。
前田利家は顔面に矢が突き刺さっても戦い続けたし島津義弘は関ヶ原で一〇〇倍の数の東軍相手に戦ったし戦国最強本多忠勝は数百の大群に一人で戦いを挑んだ!」
諦めた英雄なんて一人もいない。
壁が現れた時に逃げるのが凡人、戦うのが英雄だ。
大学で歴史の研究をしている親父に子供の頃から聞かされた英雄譚。
ガキの俺にはそのどれもが信じられない内容だった。
彼らはどこぞの戦隊ヒーローみたいなパワードスーツが無ければ巨大ロボットも持っていない。
魔法が使えなければ人外とのハーフでもないし伝説の武器も神様の加護も何も無い。
普通の人間の両親から生まれて普通の仲間達と普通の道具を使ってゲームや漫画のスーパーヒーロー達にも負けない活躍で戦い人々を救い自分の夢を叶えていった。
今は気を失っているヒデオも前に話してくれた。
鑑真(がんじん)は地図もコンパスも無い時代に中国から日本へ来ようとして辛い旅を五回も失敗して、五回目の旅で失明してなお日本へ行こうとして六回目の旅で日本に辿りつき死ぬまで日本で仏教を教えた。
三蔵法師は国境越えが禁止されている時代に中国からインドの天竺へたった一人で誰にも頼らず一六年も旅をして辿りついて、二〇年以上も修業してから荷車一杯の経典を引きながらまた一人で九年間旅をして中国へ帰った。
二人の行動原理はただ一つ『苦しむ人を救いたかったから』その思いだけで二人は壁をぶち破った。
夢を叶えるために滾り続けたんだ。
「ナデシコちゃん知ってる? 古代ギリシャのレオニダス王は三〇〇人で一〇〇万人のペルシャ軍と全員死ぬまで戦って四日も足止めして、そのおかげで他の国は戦争の準備を整えられてギリシャ半島は救われたし、マケドニアって言う小さな国の王様に過ぎなかったアレクサンドロス大王はみんなと一緒に戦って人類史上最大の帝国を築いたんだよ」
「イヨリ……」
「それを言ったら一〇〇年戦争でフランスは国土の半分をイギリスに取られたけどジャンヌ・ダルクは仲間達と一緒にイギリス軍を撃退したしハンニバル将軍なんて五万の兵と三七頭の象と一緒に絶対不可能と言われたアルプス越えをして見事ローマを打ち破ったわ」
「アリス……」
もう二人に動揺した様子は無い、力強い視線でナデシコと対峙して自分の意思を表す。
「ナデシコ!」
「な、何よ……」
「戦国時代、小国の大名だった織田信長は天下のほとんどを手に入れて農民出身の豊臣秀吉は天下を統一、子供の頃人質生活だった小国三河の大名徳川家康は豊臣家を滅ぼして天下人になって徳川家は二〇〇年繁栄した。
逆に名家の今川、浅井、朝倉、足利はみんな信長に滅ぼされた!」
「だから何が言いたいのよ!!」
「下剋上だ!!」
俺の叫びにナデシコはさらに後ずさって、顔からさっきまでの余裕が消えている。
「これより俺達歴史研究会はお前ら生徒会に下剋上を行う!!」
「げ、下剋上ですって……?」
「ああ、俺ら庶民なめんじゃねえぞ、俺が今言った信長だって一向一揆止めるのに一一年もかかったんだからな、見てろよナデシコ、一週間後、俺らはクイズキングダムに出る!
そしてお前達を倒して優勝する! 分かったか!!」
「ぐっ……うぅ……」
ナデシコはうつむいて何も言わず肩を震わせる。
どうやら俺達の態度が効いたらしい、今までの偉そうな態度はどこへやら、まるで万策尽きて追いつめられた三成のような表情だ。
と思ったが様子がおかしい、硬く握った拳を震わせて歯を食いしばり、背後に怒りの炎とも言うべきモノが見える。
この圧力は中学の時剣道場でカミヤ八段と戦った時以来だぞ。
「なんで……なんで……」
「あのう、ナデシコさん?」
「なんで!?」
ナデシコがいきなり顔を上げるとそのまま高く飛び上がる。
「何で貴方は私の物にならないのよ!!?」
鋭く放たれたドロップキックをかわし俺達はそのままベランダへと走る。
今のナデシコからはいつも以上に危険な匂いがする。
俺らの戦場はあくまでクイズキングダムで別にプロレス大会に出ようってわけじゃない。
だからこれは逃げじゃ無い、後ろ向きに前進するだけ、俺の魂は今でも滾ったままだ。
俺はベランダのヒデオを担いでその間にアリスとイヨリは下に誰もいないのを確認してからベランダから飛び降りる。
「マモリ! すぐに起きないとナデシコバスター喰らわすわよ!」
喰らったら無事じゃ済まない技放ったのお前だろ。
「はいお嬢様!」
マモリも苦労してるなぁ。
「待ちなさいヤマト!」
「やべ……受け取れ!」
俺はヒデオをベランダから投げ飛ばしてから自分も飛び降りた。
「危ない!」
アリスがバックステップ
↓
ヒデオがコンクリにヘッドダイビング
↓
アスファルトに広がる血だまり。
「なんでかわすんだよ!?」
「だって危ないじゃない! アタシに当たったらどうすんのよ!? それにこういうのはイヨリの仕事でしょ!」
「みんなの靴持って来たよ」
玄関から裸足の俺達に靴を持ってきてくれるイヨリ、うん、その気配りはありがたいけど今だけはやめて欲しかったな。
ヒデオの死相が雪だるま式に深くなっていく。
「ヤマトォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」
こえー! 超こえー!! 何今の!? 何が起こったの!!? ベランダから大魔王がこっち見てるじゃねーか! あんな壁乗り越えなくていいからさっさと逃げよう!
「とりあえずアタシの家に行きましょう!」
「それがよさそうだな、イヨリ、ヒデオを頼む」
「うん」
ヒデオの足をつかんで走るイヨリ、ひきずられるヒデオ。
運び方を指定しなかった俺も悪かったけどまさかアリスの真似をするとは、だが俺らに持ち直している暇は無い、そんなことしている間にナデシコが追い付いてくるからだ。
そうなればきっとイヨリとアリスもただでは済まないだろう、今のナデシコにはそれぐらいの殺意を感じる。
だからこれは決して保身のための行為ではないのだ。
そんな事を考えながら俺らは走りヒデオは引きずられ続けた。
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