第10話 ヒデオは生きているわ、私たちの胸の中で
「それよりもヤマト、今日は交渉に来てあげたわ」
「交渉?」
「そうよ、貴方を生徒会に入れたら徹底的にコキ使ってあげるつもりだったけど、もしも大会出場をやめて私の下へ来るならそれなりに優しく使ってあげるわ」
「随分と上から目線だな」
「どうせ勝つのは私達だもの、当たり前じゃない?」
どこまでも余裕に満ちた声にイラ立ちを覚えるがここは穏便にいこう。
部に昇格しても部費の振り分けや各処分申請受理など部活に対して強い影響力を持つ生徒会の機嫌を損ねても良いことは無い。
軍門に下らない事で既に手遅れかもしれないがこれ以上は刺激したくないし少しでも穏やかに話を進めるべきだ。
「せっかくのお誘いだけど断るよ、俺らが負けるわけないって俺は信じている。これでこの話は終わりだ」
自分の誘いをけんもほろろに断ったのがよほど癪(しゃく)に障ったのか、ナデシコはいつもの涼やかな表情を崩し、下唇を噛んで怒りをあらわにする。
「貴様よくもお嬢様の誘いを断ったな!」
マモリが右手の木刀を両手で構えて殺気を飛ばす。
抜き身の刀にも似た本物の殺気はさすがプロのボディガードと言ったところだけどマモリの強さなんてイヨリに比べれば可愛いもんだし噂をすれば影だ。
「ヤマト君!」
イヨリに続きアリスとヒデオも来てすぐに俺らとナデシコ達との睨み合いになる。
こうしているとなんだかバトル漫画みたいで興奮するけど残念ながらこの中に異能力者は一人もいないんだよな。
「き、貴様それはどういう格好だ!?」
マモリの大声にヒデオが首を傾げる。
野郎の服装はどうでもいいが今日のヒデオの服装を説明すると額に〈魏呉蜀〉とプリントされた赤いハチマキを締め胸に〈三国無双〉と金文字でプリントされた黒いノースリーブのシャツを着て腕の筋肉を見せびらかしつつ茶色い短パンを履きその両ももの部分にはそれぞれ〈弱肉強食〉とプリントされていた。
それだけでも暑苦しいのにスネ毛まるだしの足には靴では無くサンダルを履いている。
最近ではこいつのファッションセンスに何も感じなくなってきた自分が恐ろしいがやはり初めて見るマモリにはかなりショックが強かったようだ。
まあ私服が剣道着のマモリには言われたくないけどな。
「アラ副会長、うちの会長になんの用かしら、それともストーカー?」
この状況を無視するなんてさすがアリス、ミニスカとニーソックスから形成される絶対領域は伊達(だて)じゃないぜ。
「言ってる人間の底が知れる質問だけど答えてあげるわ、ヤマト、そんな馬鹿達と一緒にいるのはやめて生徒会に入りなさい」
みんなの前で再び勧誘するナデシコの言葉に、アリスは一層語気を強めて一歩進む。
「ヤマトさん」
「なんだ?」
「アンタじゃないわよバカヤマト!」
今ヤマトって呼んだのに……
「まったく紛らわしい名前して……とにかく人の事をバカ呼ばわりなんてたいした副会長ね、それこそ生徒会の底が知れるわ」
「馬鹿に馬鹿って言って何が悪いのかしら? 一度小学生からやり直したら?」
「それは酷いよナデシコちゃん!」
「そうだぜ、せめて中学生からに割増して欲しいんだぜ!」
それ割増って言うのかヒデオ?
「そうよフザけた事言ってんじゃないわよ! あんたこいつらがどれだけバカだかわかってるの!? エッフェル塔と東京タワーの区別もつかないぐらいバカなんだからね!! 小学生どころか幼稚園からやり直したって足りないわよ!!」
失礼な、それぐらい俺だってちゃんと分かっているぞ、確かエッフェル塔を赤いペンキで塗り直したのが東京タワーだから改装前と後の違いだろ?
「そのくらいオレ様だって知ってるんだぜ、エッフェル塔は塔だけど東京タワーは塔じゃなくてタワーなんだぜ」
「バカ! エッフェル塔は一八八九年フランスの首都パリに建設された高さ三二四メートルの塔で東京タワーは一九五八年日本の首都東京に建設された高さ三三二.六メートルの塔で使用目的は両方電波塔! 分かった!!?」
「そそ、そうだぞ! それぐらい常識だぞヒデオ!」
危ない危ない、危うく俺が恥かくところだったぜ。
「ところでヤマトも何か間違った覚え方してなかったかしら?」
「ソンナハズナイジャナイデスカ、ヤダナアリスサン」
「ああうん分かったわ。アンタは後で締(し)める。それよりナデシコ!」
締めるって何を!? 言ってくれないと分からないじゃないか! 刑罰方法はあらかじめ伝えないと恐怖が増してより辛いんだぞ! まさかそれ狙ってるのかお前は!?
「これでこいつらのバカっぷりが分かったでしょ? つまりそのバカ達と会話できる私は天才なのよ」
最低だ、散々人の事貶(おとし)めておいて結局最後は自分だけカッコよくしやがった。
「天才? 同レベルなだけでしょ?」
「なんですってこの市松人形!」
「お嬢様に向かってホラー人形とは無礼にも程があるぞ!」
マモリにとって市松人形はホラーだったのか、まあ気持ちはわかるよ、俺も深夜に田舎の婆ちゃんがくれた市松人形見た時は反射的に右ストレートで首折っちまったからな。
怒り心頭のマモリが木刀を一振りして一歩進むと、こちらからは前回マモリに首をへし折られたヒデオが進み出た。
「おいおい、今度は前みたいにはいかないぜ、へいヤマト、薙刀を持ってくるんだぜ」
「本屋に薙刀があるわけないだろ」
「じゃあ二メートルくらいの棒的な何かを」
「竹竿屋まで走れってか! って、ヒデオ、マモリが迫って――」
「ぎゃああああああ!!」
マモリの振るった木刀はヒデオの左わき腹を思い切り打ち抜きヒデオは倒れる。
続いてナデシコがこちらに向かって駆けてくる。
「西野さん、模試の順位も家柄も私に劣る貴方が私に逆らおうなんて何年経っても早過ぎるわ、喰らいなさい、これぞ大和流葬殺術(そうさつじゅつ)!! エグゼキューショナー!!」
「西野って呼ぶんじゃないわよ! 必殺ヒデオバリアー!!」
「ブロウ!!」
ナデシコが大和流葬殺術エグゼキューショナーブロウを発動すると同時にアリスが意識の無いヒデオを投げ飛ばし生贄に捧げて回れ右ダッシュ、俺とイヨリも釣られて振り返り走る。
「ぎゃああああああ!!」ズドバシゴーン!! ミリミリメギョギョッ!
背後からはやたらと強そうな技名とアニメやゲームでしか聞いたことがないような効果音がしたがすぐに背を向け逃げる俺達には何が起こっているか分からない。
「って、あれでよかったのか!?」
「大丈夫、ヒデオは生きているわ、私達の胸の中で!」
「それ死んでるだろ!」
「大丈夫、きっとヒデオ君はお星様になっていつまでもわたし達を見守ってくれてるよ」
「イヨリお前いつからソッチ側の人間になった!?」
「そんな小さい事はどうでもいいわ、それより買った本はみんなの家に届けるよう手配しておいたから今日はこのまま帰るわよ」
ヒデオ、お前の死は小さい事らしいぞ。
こうして俺達は友の尊い犠牲の果てに逃亡に成功、俺は秀吉に殿(しんがり)を任せて逃げる信長の気分に浸りながらそのまま美少女二人と一緒に走り続けた。
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