開戦前の控室

 下級生の部を始め対抗戦の三日目が開幕する。


 ベスト4を決める今日は、これまでの二日間よりも全国から観光客が集まる。

通常8時からの入場だが、午前5時の時点で長蛇の列が会場前に出来たことで通常よりも二時間早い開門となった。

 しかもネット中継されているサイトは無人のフィールドを流しているにも関わらず、視聴者数は8時を回らずして900万人を突破。

 世間からの注目度がどれほどのものかをありありと示していた。


「始まったで! うちらの紹介V」


 開戦一時間前になると各校の軌跡が纏められたVTRがネットと地上波放送にて流れ始めた。二つとも当然内容は違うもののファンにとっては二つ同時に視聴したいほどに魅力的。対象となっている遥たちは、格好良く紹介されていることにちょっとだけ恥ずかしくもあるようだ。


 優衣に至っては熱くなった顔を手で仰いでいた。


「2回戦でここまで派手にやるんだな」


 呑気に画面を眺めていた亮太の下に、クールな少年が近寄った。お互いに天井から吊るされているモニターに視線を向けたまま。


「まあ、残ってるチームがチームだからな」

「確かに。3/4が始祖関連だもんな。なんか、そんな中に俺がいるってマジすげー変な感じ」

「それ前も言ってなかったか?」

「自分で言っててすげーデジャヴ感じたよ。でもよ、マジで去年じゃ全然考えられなかったから。亮太と遥には感謝してる。遥にはぜってえ言わねぇけど」

「なにこれ最終回?」


 亮太が笑って雪彌を見ると雪彌も照れるようにはにかんだ。ずば抜けた戦闘能力を持つ友には心のハードルが下がるのか、ついついクールな少年にとっては余計なことまで喋ってしまうようだ。


「まぁた青春してるん?」

「なに食っての?」

「飴ちゃん。亮も食べるか?」


 乱入してきた遥の頬は丸く膨らんでいた。遥が差し出した手には赤、黄緑、黒、白色の小さな袋が四つ。亮太は黄緑の小袋を摘むが、どこにも何味か記載されてない。


「メロン?」

「ううん。生の雨蛙味」

「「生の雨蛙味⁉︎」」


 珍しく亮太と雪彌が揃って部屋中に響く声量で反応した。


「そんな味の飴ってあり⁉︎」


 度肝を抜かれた亮太が声を発すると王子と優衣が三人の傍まで来ていた。新しく来た二人は興味津々の様子。


「なになに⁇」

「この飴、生の雨蛙味だって」

「それってどうやって味の再現するんだろう?」


 顎に指を当てた優衣の頭上にはクエスチョンマークが浮かんでいる。それは男子三人も同じ。


「亮太、食べてみろよ」

「俺? 王子食えよ」

「なんで僕⁉︎ ここは真っ先に掴んだ亮太くんでしょ⁉︎」

「えぇー」


 遥も含め期待の目を向けられる亮太。これは無理にでも食べる流れになってしまった。小袋を開けて、恐る恐る口元へ持っていく。


「食べなきゃだめか?」

「戦いん時は全然そんなんちゃうのに、こういう時はチキンなんや」


 痛烈な遥からの批判に対抗するように、最後は躊躇わず口内に放り込んだ。


「っっっっっっっっっっっっっっ」


 秒速でトイレに駆け込み朝食から何から何まで下水へ返した。


 帰還し青ざめた少年の顔を見て、心配するどころか全員漏れなく笑いを堪えている有り様だった。


「少しは心配しろよ」

「亮倒す時はこの飴仕込んだら勝てるんちゃうか?」

「魔王にすら勝てるわ」


 やつれるくらいにダメージを受けた亮太は真面目な顔で分析する関西少女へ突っ込んだ。それに王子が声を出して笑った。


「あははは。まさかの飴が原子級アイテム?」

「実際すげーぞ。亮太のこんな顔初めて見た。……変な汗出てね?」

「というより、これから試合だけど大丈夫なの?」


 唯一、心配してくれた優衣の不安を払拭するように痩せ我慢の笑みを浮かべる少年。


「心配ないよ。今回の相手は遥の姉貴よりマシだからな」

「言っても次の相手、黒田の分家だよね? 侮れないんじゃ?」

「確かに。油断は禁物だぜ。亮太」

「でも黒田家の奥義も炎帝クラスも使ってこねーだろ」

「使って来たらどーすんねん」

「普通に負ける」

「負けんのかい‼︎」


 水で口内洗浄を終えた亮太は、それでも眉間に皺を寄せていた。


「遥の姉貴レベルがまだいるとは考えたくないけど、あのレベルにはこの状態では勝てんよ。チームの総合力は大阪より上だしな」

「九州のトップが集まってるチームやもんなぁ。つか、ホンマに大丈夫か? 全然顔色良くなってへんけど」

「あと30分あるしなんとか戻すよ。とりま水くれない?」


 素早く動いた優衣に手渡された500ミリリットルのペットボトルの半分を一気に飲んで、念意少女へ返した。


「あんがと」

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