第11話 弟妹(八人目の魔王)
「それはそれとして。……ちょっとこれ見てくんね。見た上で爽の意見を聞きたい」
少年は軽くタブレットを操作してから爽に手渡した。少女は逸らしていた視線をタブレットへと移した。
「稜華に見せるなよ。かなり過激だから」
「? わかった」
爽は末の妹を隣に座らせて問題の画面を注視した。すでに一回タップすれば動画が再生されるようになっていた。
俯瞰での映像から場所が誰かの披露宴だと判別出来るがそれ以上は何も分からない。
「ニューヨークにあるカミラが創ったホテルだ。その動画はカミラが編集してくれたものだから事態の把握はしやすいと思う」
それを耳に入れながら再生する。最初は変哲もない披露宴の光景だ。幸せそうな新郎新婦と彼らを祝福する友人たち。
兄の思惑を読み取れず訝しみながらも一つの映像から可能な限りの情報を集める。
だが、集中せずとも兄が何を持って過激と称したのか答えはすぐにはっきりと出た。
始まりは男が椅子から落ち、膝をついたところからだ。それがサプライズでないのは彼の苦しむ姿や周囲の動揺を見れば一目瞭然だった。
定点カメラは数カ所に設置されているようで画面が切り替わった。二つ目の画角からは友人たちや主役二人の表情が判別出来た。一人目の男が蹲った続きで他の人たちの顔には混乱や困惑の色が強く、傍に駆け寄り容態を案ずる者もいるが多くは眉を顰めて遠目に見ていた。
一人の男の容態悪化は、ほとんどの者たちにとって関係のない話であるはずだった。女が吐血するまでは。
「! ……」
爽は双眸を見開いて食い入るように見始めた。女の吐血を境に式場内はさらなる悲劇に包まれた。ある男は目から。別の男は耳から血を垂れ流した。そして顔が膨れ上がり破裂した。
音声がないのが唯一の救いか。悲鳴が聞こえない分、心に重く伸し掛かることはなかった。それでも怯える顔をただ見るのは辛いものがある。
誰一人として助からず、まさしく血の海と化した披露宴になったところで動画は終わった。
「……兄さん。これって……?」
凄惨な内容に上手く言葉が出ない。
「どう思う?」
「……」
少女は考えを短い時間で纏めて伝える。
「内臓を刺激しての体内爆発ってところかな? もしくはバイオテロ? ただ、バイオテロならニューヨーク中に広がっていてもおかしくないはずなんだけど、そんなニュースはないし。流石にカミラさんのホテルとは言えここまで酷いのを隠し通すのは無理だろうから、情報操作にはアメリカ政府も関わっているはず。政府がカミラさんのテリトリーで起こった問題を隠蔽したってことは、カミラさん以上に国の脅威と見做した。……敵は何なの……? 兄さんの知らない勢力がまだ世界には居るってことだよね?」
「そういうことだ。俺の知らない脅威がこの世のどこかにある。最悪なのはその正体を知らないこと。俺もカミラも、アナスタシアさえもな」
亮太は妹が同じ結論に至ったことに満足していた。
会話が途切れたタイミングで涼夜が戻って来た。部屋を出る前より心なしか生き生きしているように感じられた。
「涼夜、ちょっとこれ見てみろ。カミラの領域で起こった」
亮太からタブレットを渡され動画を見た涼夜の顔はニヤけたものからどんどん青ざめていく。
どうやら弟より爽の方が肝が座っているらしい。
「大丈夫か?」
「ええ。兄上はどう解釈しておられるのですか? テロはテロでしょうが、どの種のテロなのでしょうか。というより爆発系の魔法なのかバイオ系統の魔法なのか、そこからですが、後者であればこの式場外にも広まっていそうですが」
涼夜はタブレットを兄に返してソファーに腰を落とした。
「そもそも不死の女王に喧嘩を売るってどんな馬鹿なんですか?」
「正体は分からん。たぶんアメリカ政府も追っているだろうが、カミラは表立って動けんし俺も情報を集めるには時間がかかる。一応アナスタシアにも調べてもらってるけど、手がかりはない状態だ」
「あの人の情報網使っても捕まらないって相当やばい奴らじゃないですか。そもそもこのテロリストはどうやって式場内だけの人間をターゲットに攻撃したんでしょうか? 被害に遭ったのは彼らだけですよね? というより魔法による攻撃と見て問題ないんですよね?」
爽も目力で亮太にその回答を求めた。兄であれば全てが分かっているような気がしていた。
「そうだな。まあ式場内の攻撃なら範囲指定で可能だろう。爆発系ならカメラに映ってないだけで近くに術者がいるだろうしな。問題はバイオ系でかつ魔法によるものの場合だ。そこだけに殺傷能力のある菌を撒くこともやろうと思えば可能だと思うけど……」
「バイオ操作の魔法ってこと?」
「いや俺が危惧しているのはバイオを生成する魔法だ」
爽は両眉を上げて、涼夜は唇を触った。弟妹は瞬時に兄の思考をトレースした。
「八人目、ですか……?」
亮太は深く頷いた。
涼夜の言う八人目とは、この世に存在する魔王の人数。その者だけが操れる固有魔法を使う魔法師の王様たち。
現時点において確認されている固有魔法は七つ。先の話に出てきたカミラは、Saint・Nightという組織を束ねるリーダーで、世界魔法師序列第七位。効果範囲内の仲間を不死身にする領域魔法の使い手から不死の女王と呼ばれる王だ。過去にはアメリカ・カナダ連合軍二十五万相手に僅か五百で立ち向かい、これに勝利した。この戦いは当然、世界各地で報道されカミラの名と組織の名は人々の記憶に明らかな脅威として鮮明に記された。
一方で、アナスタシアは真ロシア帝国五代目皇帝、世界魔法師序列第二位の女。相手の魔力を封じるその能力から魔滅の聖女として名高い。自国で起きた反乱を自らの手で治めた実績は周辺国のリーダーたちから称賛された。
他にも一位と六位は始祖の一族本家の現当主で、五位は日本の新興宗教の教祖。四位はアメリカ大統領であると確認されている。
されど、三位に位置付けられている王だけは、固有魔法以外のほとんどが知られていない。
彼、もしくは彼女は世界の民にこう呼ばれる。計り知れない畏怖と最大の敬意を込めて『第三皇帝・双剣の空移魔法師』と。
その王たちの中にまた一人、加わろうとしている。それは世界を揺るがす事実となるだろう。魔法界の均衡を壊すことに成り得るだろう。表立って行動し始めたということは玉座に座る日も近い。
その時には、カミラの首を携えて。
彼女の庇護下にある場所を襲ったのはそういう意味合いがあった。分かる人間には伝わる、宣戦布告だ。
「カミラと会った時はみんなかなりピリついてたよ。当然と言えば当然だがな」
「でしょうね。自国の領土を侵略されたも同じですから。
神妙な面持ちで涼夜は賛同し、そのまま兄に問いた。
「下の連中はその腹積りだ。けど、カミラや幹部連は慎重だな。相手が分からん以上仕方ないが」
「好戦的な人たちにしては珍しいね。あの人たちなら心当たりのある敵に片っ端から攻撃しそうなのに」
「あいつらも直感で感じてたよ。新しい敵は未知過ぎて強大だとな」
兄の深刻な現状把握に二人は固唾を呑んだ。普段から敵の分析には慎重すぎる面を見せる亮太だが、常にそこには勝利の道筋を立てていた。けれど、この敵にはその自信が見受けられない。
「プラン変更ですか?」
「いや。このままで行く。……これから五年でさらに力をつける。残りの五年で王たち屠る。十年で世界を取らなければ。……俺の命が尽きるのが先か、世界が闇に呑まれるのが先か」
「……タイムリミットは十年ですか」
暗い声音で弟は呟いた。左手に座る愛らしい妹の頭を撫でながら。
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