第12話 幼馴染み

 12月31日 始祖一族・北条家本邸


 一年を締め括るこの日。始祖一族の各本邸では親族を集めたパーティーが催されていた。

 北条では、小笠原、菅原、進藤、加賀谷、水野、結城の分家が集結している。

 亮太は一通りの挨拶を終えて談笑する大人たちを見ながら一人壁際でジュースを口にしていた。


 そこへ一人の少女が歩み寄る。肩甲骨のところまで伸ばした黒髪を揺らせながら歩く様は、さながらランウェイを歩くモデルのようだ。


「久しぶり」

「久しぶり。直に会うのは優梨の葬式以来だな。……良いかの放っておいて」


 少年は先程まで彼女が立っていた場所を見た。そこには長身長髪の男がシャンパングラスを手にこちらを睨みつけていた。


「別にいいよ。ずっと言い寄って来るだけだし。てか、普通20過ぎた男が中学生誘う?ホントありえないんだけど」


 不機嫌さを露にして亮太の隣に来たのは、少年の幼馴染みで菅原家の次女であるれい。今年の夏開催された中学生魔法師選手権で全国二位の成績を出した関東最強の天才中学生だ。

 北条の力を誇示するのにうってつけの広告塔であり、少年が尊敬してやまない優梨の妹でもあり、守りたい存在の一人。


「あれは悲しいほどに馬鹿だからな。……なんか、まだ睨んでんだけど何言ったんだよ?」

「あんまりしつこいから、亮と寝てるって言った」


 愉快そうに笑みを零しながら怜はオレンジジュースを含んだ。十五歳の彼女が揶揄ったのは、同い年の亮太と六歳年上の本家の嫡男秀時ひでときだ。彼は二流の魔法師で子供の頃から誠実さと直向きさには無縁の男だった。故に分家からの支持は微塵もない。


 父の善時は愛息子を溺愛して次期当主にと考えている。が、分家の当主たちは怜を本家の当主にしたい。それらの思惑は当人もひしひしと感じている。だから秀時は自分の地位を確保するべく怜を自らの物にしようと言い寄り、一人でも戦える力を持つ彼女は心底うんざりしている。


 そこに丁度良く見た目でお似合いの少年が居た。つまり少女は幼馴染みを利用したのだ。ひとまず関係があるとだけ言っておいて、今晩にでも少年と二人でいればそれが事実となる。おまけに分家六家はそれを大いに歓迎するだろう。小笠原と菅原の婚姻は一族安泰に最も必要な措置なのだから。


 少年は少女の置かれた状況に半ば同情すら覚える。長い間、一族との関わりが薄かった亮太にしてみれば怜の背負う重圧もしがらみも知らない。だから、利用されて怒りも恨みもない。それを示すように亮太は笑って冗談で応える。


「ハハハ。殺気が混じってると思ったら。俺が闇討ちされたら怜のせいだからなー」

「あれに闇討ちされたところでどーせ無傷でしょ」


 少年は口の端を吊り上げて、少女の腰に手を回した。少女の顔に自らの顔を近づける。鼻と鼻が触れ合う距離まで接近して、優しく穏やかに妖艶さを出来る限り醸し出して告げる。


「まーね。じゃあ、今夜は俺のベッドに来るか?」


 恨みも何もないが、利用されたお返しとばかりに少女の心臓が跳ねるような言葉と動作を選んだ。されど少年の思惑とは裏腹に彼女は動じることなく、軽く鼻で笑い腰に回った手の甲をつねって、嘲笑うように返す。


「あいつには無理でも、私なら片腕落とすくらいは出来るけど試したいの?」

「やめとくよ。痛いの嫌いだからね」


 少年が顔を遠ざけると少女は満足そうにジュースを口にした。


「……そろそろ離してくんない?まじで痛いんだけど」

「あっ。ごめんね。忘れてた」


 怜はわざとらしく口元に手を当てた。それと同時に解放された右手を少年はさする。今度は恨めしさを込めた視線を送りながら。


「お前、本当変わんねぇなぁ」

「亮は少し、雰囲気変わったよね。やっぱり魔核を吸収したから? お葬式の時よりお姉ちゃんの感じが強くなってる気がする」


 怜は少年の顔をまじまじと観察する。亮太は幼馴染みの顔を見つめ返し改めて思う。成長するにつれて姉の優梨にそっくりになっている。その美しい顔を十秒も視界に入れられるほど過去と決別出来ず、立ち直れてもいない。

 亮太は視線を前に戻す。感情を悟られないためにジュースを一口飲んで、間を置いた。


「優梨の魔力も流れてるからな。それがちょっと表に出てんのかも。優梨の魔核が馴染んできてる証拠だな」


 不意に少女の手が少年の肩に触れた。彼女の手のひらからは温もりが伝わった。少年の傷口を優しく覆うのかと思いきや、怜は冷酷に言い放った。


「正直言うと、あんたがお姉ちゃんを見捨てて殺したことは今も許してないしこれからも許す気はない。けど、あんたがやろうとしてることには私も賛成してるから協力してあげる。お姉ちゃんもそれを望んでいるはずだからね」


 その声は冷たくもあって、されど悲しみも含まれていた。幼馴染みから僅かに放たれる姉の懐かしい雰囲気が少女の心を否応なく苛む。姉の死が亮太の責任だとは思っていなくても、彼なら最愛の命を助けられたとどうしても思ってしまう。自分よりも遥かに優れている魔法師の彼なら、全ての問題を予見して対処出来るだろうと。姉が蝕まれる前に救えたと思ってしまう。でもそれ以上に、姉が苦しんでいた時、それを知らずに遠い島国で平和に暮らしいていた自分が何よりも許せない。

 強く、どう処理すれば良いか分からない感情の行き着く先は、必ず幼馴染みへの八つ当たりだ。

 解っていてもそれを抑えられるほど精神的に強くなく、また持ち合わせている思いも小さくなかった。


「優梨のことは今でも悪かったと思ってるよ。俺にもっと力があれば救えたかもしれないことも。兄貴を完璧な人間だと思い込んでいたことも」


 覇気なく少年は呟いた。取り返せない失態をしたとずっと悔やんで来た。悔やみ続けたからこそ何をすべきかを明確に見据えられている。

 覇気をなくしても揺るがない意思は声音に表れる。


「……それでも、俺はあの時より強くなった。仲間がいれば旭歌仙あさひかせんの首も取れるだろうよ。覇王の首さえ取れれば世界の風潮を変えることもまた難しくない」

「序列第一位、ね。普通は不可能だろうけど亮にアナスタシアさん、カミラさんがいれば一縷の希望はあるかも。まあ私が気になるのはあの動画の件だけど。八人目ならこっちの形勢がまた不利になるよ」


 自分で作ってしまった嫌な流れを断ち切るように少女は話題を変えた。姉を死なせた罪の話よりも不気味な敵の話題の方が幾分、心も空気も軽い。


「ああ。ただ俺の考えは第三勢力って位置付けに変えたから必ずしも倒さなければならない敵じゃないんだ。カミラの領域に侵攻したのも、多分王たちの中じゃ序列が一番低いから、だと思うし」

「それで本当に大丈夫なの?」


 亮太の甘い見積もりに少女は不信感を拭えなかった。戦果を急ぎすぎて短絡的に考え過ぎていやしないかと。そうも簡単に視界から外していい問題とは到底思えなかったのだ。


「確信してるわけじゃないから警戒を怠るようなことはないよ。でもな、そもそも俺とカミラとアナスタシアが繋がってることを知ってるのは仲間内だけだ。カミラを攻撃したからと言って俺たち全体の敵と判断するには尚早だと思わないか?

 S《エス》は国際テロ組織として報道されていても反魔法組織としては扱われていない。敵の思惑がなんであれ、思想の違いからくる対立とは考え難いんだ」


 説明を聞いても完全には納得出来ず、怜は難しい顔をして考え続けた。が、結局何が正しいのか答えは出なかった。亮太の言うように答えを出すには時期尚早というところで腑に落とした。


 それなりの時間、離れた場所で密談のように話していると周りの目を引くというもの。特に話し相手が嘘でも付き合っている人ともなれば。

 窺うように見る目が少ないうちに話を切り上げ、どこにでもいる中学生に戻った方が安全と考えた少女は少年に提案する。


「そろそろ戻った方が良いみたいね」


 そして彼も幼馴染みの心中を察して手を差し伸べた。


「エスコートしますよ。お嬢さま」


 怜が亮太の手を取って面白おかしく笑いながら二人は晩御飯を求めた。

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