学内戦編

第13話 高校入学

 4月6日 東京 学園島


 東京湾に浮かぶ学園島は国立魔法高等専門学校東京校のためだけに造られた人工島だ。毎年200人近い新入生を受け入れるこの島は、北端から南端、また東端から西端の距離がおよそ各10km。島の中には校舎のみならず、生徒が暮らす寮が各学年男女一つずつあり、教師が住むアパート。さらには彼らが不自由なく過ごせるようにと大型のショッピングモールや娯楽施設、その他諸々が集結しており、一つの街として遜色ない。


 その街で毎年の恒例行事、入学式が執り行われようとしていた。

 前日入寮した亮太は集合時間の1時間前に部屋を出て校舎に向かった。一年生寮から校舎へは十分程度なので、この時間帯では人はほとんどいない。


 澄んだ空気の中、静かに歩くのは存外心地よく緊張も若干和らいでいった。

 亮太が配属されたのはF組。魔高専のクラス分けはそれからの魔法師人生において指標になると言われるほど重要なものだ。


 最高位はA組で、魔法リーグの一巡目指名を獲得するためにはこのクラスにいることが大前提とされている。加えて、軍や魔法省への就職など進みたい進路には間違いなく進めるのもこのクラスの特徴だ。B、Cとなるに連れて優位性も失われていき、F組にはそうした特典がほとんどない。


 全部で六クラスあるわけで、それはつまり、学校から受けた少年の評価は「まあ大して才能はないけれど、うちで育てれば1.5流程度の魔法師にはなれるでしょう。だからうちに入っても良いですよ」と言ったところだ。

 屈辱的に感じるかもしれないがこれが現実。それでも毎年F組の定員はきっちりと埋まる。ひとえに、一流になれるほどの才能もなく、家系も華やかではないが魔高専の卒業生というだけで、それは華麗な経歴となるからだ。


 ただ五年間、平穏無事に学生生活を送られるかは別の話。六クラスは制服の色によって明確に区別されていて、最高位のA組は漆黒で、クラスが落ちるにつれて薄くなっていく。最下のFは白に限りなく近いグレーの制服。一目で分かるようにしているのは高位のクラスには怠慢をさせず、下位のクラスには現状を抜け出したいと向上心を持たせる意味合いがあるらしい。

 明らかな区別は差別を生むだろうに、と白い制服に身を包んだ少年は他人事のように思っていた。


 そこへ視界に入ったのは、路肩に置かれたベンチに腰を据えた漆黒の制服を纏った少女。胸には一年生を表す金刺繍の一ツ星。


「あれ? 首席様じゃん」


 軽い口調でタブレットを注視する幼馴染みに声を掛けた。少女は稀に見る緊張した面持ちで顔を上げた。


「亮。どうしたの? こんな早い時間に。集合まで一時間はあるでしょ?」

「それはこっちのセリフだし。何してんだよ」


 珍しい状況に興味が湧いた亮太は彼女の隣に腰かけた。


「新入生の総代として答辞を読むんだよ」


 怜はタブレットを持ち上げて言った。作った笑みはぎこちなく余計に心配させる。あまり良い状態とは言えない彼女を見て見ぬふりは出来ずに、少年はなんとかして緊張を解こうと試みる。


「首席も大変だねぇ。どうせ真面目な怜のことだから準備は抜かりねぇんだろ?」

「そうだけど。……心配は心配だよ。みんなの代表だよ?」

「推薦組でトップの成績なんだからもっと自信持てよ。俺なんてマジでギリギリの滑り込みだぞ?」


 亮太は自嘲の笑みを浮かべた。少女は彼の言葉とその笑みで、少しだけ俯瞰して自分の立ち位置を確認出来た。それで幾分か落ち着けたのだろう。少年の冗談に付き合うだけの余裕は持てていた。


「いや〜ほんとにね。まともな攻撃魔法使えないから、てっきり落ちたと思ってたよ」

「俺も当落線上にいるんだろうなぁと思ってたからな。結果出る前にちゃんと寄付したんだよ。かなりな」

「あはははは。裏口かよ」


 とぼけて見せた少年に対して怜は心の底から笑って突っ込んだ。ふざけていると知っていてもこの幼馴染みなら本当にやっていそうでもあって。

 自然に笑えて少女から無駄な力が抜け落ちた。それでいかに自分の神経が張り詰めていたのかを実感した怜は、凝った体をほぐすべく両腕を上げて大きく背筋を伸ばした。手を下ろしてため息を吐くと少年を横目に見て一言。


「なーんか、亮と話してると偶に自分が馬鹿馬鹿しく思えてくるよ」


 そこに相手を蔑むような感情は含まれていない。ただ自身の不安定な精神状態を気遣ってくれた幼馴染みへの感謝の気持ちだけ。普通の友との会話であれば不適格な言葉選びも、生まれた頃から知っている双子のような彼にだけなら伝わる言い回し。近すぎる存在だからこそ、ストレートに「ありがとう」とは言いづらい。言えるのが最適だと頭では理解していても、やはり強がってしまう。そんな自分に未熟さを感じていても亮太の前だけではその弱さに甘えてしまう。彼だけは強がる自分を受け止めてくれるから。


「代表挨拶なんて、それっぽいこと言ってたら失敗したって気づかれねぇよ。そろそろ教室行こうぜ」


 彼女の反応を見てこれ以上のお節介は不要だと判断しベンチから腰を上げた。怜もまた少年に倣って立ち上がり、肩を並べて校舎へ向かった。

 二人はF組の前に来て立ち止まった。


「しばらくは話せないだろうから先に言っておくけど、馬鹿みたいに暴れないでよ?」

「俺のことなんだと思ってんだよ。この学校の風習はちゃんと理解してるよ。ま、阿呆かよとは思ってるけど。それでも怜が心配してるようなことは起こさねぇよ」


 しかめ面の幼馴染みからの無意味な忠告に、少年は分かりやすくうんざりした様子を見せた。


 この学校で起きている差別は入学を希望する者には知るところ。亮太もその例には漏れていない。そしてF組はそれを受ける側。校則にはない様々な縛りと侮蔑が毎年彼らを苦しめている。少女は少年が短気を起こさないかが心配だったのだ。過去の彼なら間違いなく、自分より格下の相手に蔑まれて黙っているような人格ではなかった。

 ただ、あくまでも過去だ。この数年の成長はテレビ電話越しにしか彼女は知らない。それだけでは伝わらない部分があるだろう。


「それなら良いけど。くれぐれも殺さないようにね」

「マジ信用ねぇ……」

「よろしく!」


 脱力する亮太に指を指して念を押す怜はA組の教室へ向かった。彼女の背中を見送った亮太は改めてF組の扉を見て大きく息を吐いた。

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