藤堂天音の真意
眠りから覚めると、縦横数十センチの丈夫な窓の先に雲海が広がっていた。
「やっと起きた」
「なんや亮、随分寝とったなあ。せっかくの遠足やのにぃ。怜、うちにもちょうだい」
「優衣も食べる?」
「ありがとう」
時折揺れる機内。隣でチップスを頬張る怜。前の席の頭から嬉々として顔を覗かせる遥。座席の間から顔を覗かせていた優衣。
怜に対して敵対心を持っていた遥も、その気配を一切見せない。むしろ幼馴染みが関西の友人へお菓子を渡す姿を見ると彼女たちも友人同士に見える。……いや、すでに彼女たちは友人なのかもしれない。男の知らぬところで女の子は女の子同士、距離を縮めたようだ。
「リョータくんって寝てる時は結構無防備だよね」
「そうか?」
眠気まなこを二つ隣の藤堂天音に移す。この二人の関係もまた、少女たちと同じように変わっていた。
「そうだよ。ね? 怜」
「どーせお姉ちゃんの夢でも見てたんでしょ」
じっとりした視線で見られた少年は、逃げるように顔を外へ向けた。
人の夢を覗き見出来るのか、と心の中で思いながら。
「てか、亮と天音っていつの間に仲良くなったんや?」
遥の一言は亮太の意識を数日前に引き戻した。
七月下旬、五日後には全国にある魔高専の代表が一堂に会して覇を競う対抗戦が開催される。
人によっては調整などの準備で忙しくなるこの頃、亮太はアイドル少女に呼び出されて学校の屋上に来ていた。
眼前には背を向けて何かの決意を固めている美顔の少女。場所も含めて、定番の告白……ということはないだろう。
告白か? と揶揄うのも一興ではあるがブチギレられそうなのでその三文字は飲み込むことにした。ただ、この気まずい沈黙を自分から打開する気もなく静観を決め込む。
「——好きなの」
「はい?」
背を向けているせいでよく聞き取れない。
天音は改めて少年を見つめる。頬は朱くなり少年には気付かれず、鼓動も早くなる。
「だから、好きなのっ」
俺を?
ということはありえない。彼女に向けられた敵意は本物。好意的に感じている相手に出す雰囲気ではなかった。……となると。
「怜が好きなの……」
やはりそうなるか。
弱々しくなって発する藤堂天音。いつものアイドル少女とは違うその姿にさしもの少年もどう対応すれば良いか掴みかねている。
「そうですか」
とりあえずそう応えるのが精一杯。自分が告白されていない以上少女に任せるしかない。そもそもこの時間はなんなのだろうか。
アイドル少女はモジモジとしながらも背に腹はかえられないとばかりに拳を握った。
「小笠原くんは、怜のこと好きなの?」
「……好きだけど?」
途端に彼女の魔力が膨らんでいく。正確には内に留めていたものが外へ流れ出ているイメージだ。暴走寸前の危うさが、対処を誤ったと瞬時に悟らせた。
「ま、待て! 藤堂! 好きってのはあくまでも家族としてだ!」
「家族?」
「そう! 家族!」
自分の勢いで彼女の暴発を収束させることに成功した。ここからは彼女を沈静化させることに注力する。藤堂天音が本気でキレたら手のつけようがないと本能が知らせていた。
「ガキの頃はよく一緒にいたし、親戚だからさ。まあ双子の妹って感じだよ」
「本当に?」
「本当に!」
疑う藤堂に念を押す。亮太の感情がどうだろうと藤堂と怜の友人関係に影響は皆無のはずだが、もし彼女の言う好意が特別のものなら話は変わってくるのかもしれない。
無作法かもと思いつつ一歩深く踏み込む。
「なあ、藤堂の好きって、そういう好きなのか?」
「そういう好き?」
「付き合いたいとかの」
「そうだよ。キスしたいし、もちろんその先もね」
あっさりと認めた。
同性愛を否定されるほど狭い世の中ではない。けれど、時代錯誤であっても優秀な魔法師であればあるだけ子を作ることを望まれる。もちろん同性カップルに子供が出来ないというわけではない。提供者さえ見つけられれば子を持つことは出来る。
今回問題なのは、世界稀有の治癒魔法師である藤堂天音の相手が、始祖一族の次期当主候補筆頭の怜だということ。周りの大人は心から祝福しないだろう。
まあ怜にも同様の感情があればの話だが。
「なんで俺に話したんだ? この手の話になると俺でも協力は出来んぞ。怜の気持ちが最優先だし」
「うん。大丈夫。それは私の力で頑張るから」
ではどうして打ち明けたのか。
「……怜にね、言われたの。学内戦が終わって代表になった以上私たちは敵じゃなくて仲間だって。仲直りしろって」
「なるほど」
喧嘩していたつもりはないが。というか一方的に嫌われていただけなのだが、怜は藤堂天音が少年にあまり良い感情を持っていないと察していたらしい。そして藤堂天音は菅原怜に従順のようだ。
彼女は安堵の息を吐いた。告白の内容が内容だけにかなり気を張っていたのだろう。
それにしても敵意を向けていた理由なんて適当にでっち上げれば良いものを。真実をありのままに話すとは。正直過ぎる。
「でも、藤堂の気持ちを俺が周りに言いふらしたら立場なくなるんじゃねえか? なんでわざわざ本当のことを?」
「? 小笠原くんなら言わないでしょ。少なくとも怜の話す小笠原くんはそんな人じゃないし」
これは自分を信用しているのではなく親友の言を信用しているのだ。もし誰かに話しこの学校、この国に彼女の居場所がなくなれば、少年は怜からの信用も失う。藤堂天音の感情を幼馴染みが知っていようといまいと関係なく。
アイドル少女はそこまで計算して話したのだ。自身の気持ちと怜に頼まれたことも含めて。
「あいつが俺のことをどう言ったのかは知らんけど、そこはイメージ通りだから安心していいよ。まあ誤解は解けたと思うしこれからは仲間でいいのかな?」
「うん! ……あの、ごめんね。私の勘違いで嫌な態度とっちゃって」
「気にすんな。恋は盲目って言うしね」
「優しいんだね。怜の言った通りだ」
「あいつ、俺の悪口ばっか言ってんじゃねえの?」
「そんなことないよ。小笠原くんをすっごい褒めるから付き合ってるのかなって勘繰っちゃうくらいだもん」
和やかなムードになって幼馴染みの意外な素顔を知った。友達に自慢してくれるくらいには認められていたと。
「ま、俺は双子の妹だと思ってるみたいにあいつは双子の弟だと思ってんだろうよ」
「やっぱ仲良いなぁ。羨ましい」
「親戚だからな」
「親戚かぁ……」
顎に手を当て何やら考え込む少女。先の決意とは別方向で覚悟を決めていた。
「あのさ、持ってないかなぁ?」
全容を掴みきれない台詞。返しに悩むと藤堂天音は待ちきれずに切り出した。
「怜が使ってた下着、持ってないかなぁ?」
……こいつ何言ってんの?
「家になくはねえけど、どうすんだ?」
「もちろんコレクションに加えるんだよ?」
こいつやべえ……。
当たり前だと言わんばかりに告げる元人気アイドルに、亮太は絶望的までにかける言葉を見つけられない。
「出来れば欲しいんだけど……」
一応の恥じらいは持っているようで人差し指同士をちょんちょんとさせている。それが余計に本気なのだと語っていた。
「いやー、流石にそれは……。バレたら俺は殺されるし、藤堂も嫌われると思うよ? マジで」
「だよねー。そうだよねー。はぁ、怜の欲しかったなぁ。見るだけで我慢しよ……」
最後のひと呟きで亮太は全てを察した。
男子寮女子寮とも個室にはトイレ風呂完備。さらには各寮に大浴場も備えられている。つまり、藤堂天音は怜の下着姿、さらには何も着けていない姿を見て、人知れず興奮していたのだろう。見るだけでは我慢出来なくなりついにはブツを欲してしまった。
思いもよらない生態に度肝を抜かれつつも幼馴染みの身を案じずにはいられない。
「本当に怜に手出してねえよな?」
「出すわけないじゃん。拒否られたら人生終わりだし。怜はそもそも私の気持ちに気づいてないと思うよ。これでも元アイドル」
仮面をつけるのは得意ということか。
「ならいいや。怜を傷つけるようなことはしなさそうだし、これからもあいつを頼むよ。藤堂」
「うん! もちろん! ねえ、折角だしリョータくんって呼んでいい?」
「ああ」
「じゃあ私のことも天音って呼んで」
「了解」
「じゃあよろしくね。リョータくんっ」
「こちらこそ」
友人関係になった二人は一緒に寮へ戻ることになった。
「そういやリョータくんって怜と結婚しないの?」
「さあな。親父たちが決めんだろ。まあ怜が北条の当主になれば力を固めるためにも俺が相手になるのは妥当なとこだけどな。
それより天音としては俺が怜と結婚するの嫌だろ?」
「愛し合うのはダメだけど政略結婚ならありあり」
平然と言い放つ天音。予想とは違い落ち着いた彼女に少なからず意外に思った。それに「愛し合う」のは駄目で「政略結婚」を良しとする考えも理解に苦しんだ。
「よく分からん」
ボソっと心の声が現実に漏れる。
「何が?」
「あーいや、政略結婚なら良いんだと思ってな。独り占めしたいのかと思った」
「んー。独り占めはしたいけど怜の立場的にそれは無理だから私は愛人って立ち位置でいいや。それにリョータくんにも怜と同じ血が流れてるんだから、二人の子供は怜度が増してるに違いない! というわけで他の人ならちょっとアレだけど、怜を家族的に愛してるリョータくんなら大歓迎!」
「怜度って……」
少年の呆れを無視して少女はさらなる胸の内を吐露し始める。
「卵子と卵子が合体すれば良いんだけど今の技術じゃ無理だからねー」
今後も無理なのでは? という亮太の内心には気づくはずもなく天音は、はっととんでもない事実に直面してなおも進む。
「待って。私の卵子と怜の卵子を結合させてリョータくんのを受精させれば完璧じゃない⁉︎ ねえ、リョータくん!」
……何言ってんのかな? ……。
「……未知の領域過ぎて、俺には分からんなぁ」
幾度の修羅場をくぐり抜けた少年を持ってしても、この状況を大きな双眸をギラギラさせる彼女と同じテンションで駆けられるほど、藤堂天音の思考回路は常人のそれではなかった。
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