第9話 弟妹(稜華)
三十畳の自室に戻るのは記憶によれば三年振りだ。それだけ期間が空いていても塵一つない。
盗聴盗撮されていないかを一通り調べ終え、ベッドにダイブした。
「ああああ。疲れたぁぁぁ」
久々の休暇に体の芯から言葉が出た。このまま目を瞑れば十秒もたたずに深い眠りにつけそうだ。
だが残念ながら意識を失う前に廊下を慌ただしく走る音が耳に届いた。足音は二人分。使用人が忙しくしているのかと薄れゆく頭で考えるとその音は亮太の部屋の前でピタリと止まった。
少しの沈黙を経て、扉がコンコンとノックされた。
「どうぞー」
むっくりと起き上がると、同じタイミングで亮太と歳の変わらなさそうな少年少女と少女が
「兄上っ」「兄さん。おかえり」
嬉しそうに時代錯誤な呼び方をするのが一歳下の弟で
涼夜は小笠原の遺伝子を良く継いでおり、優秀な魔法師の卵だ。爽は涼夜と同い年で小笠原の出身ではないものの魔法師適性はかなりあって、能力が開花してからは父親も血の繋がらない娘を愛するようになった。
それでも爽は能力開花前、正確には三年前までは納屋で生活しておりホームレスに似た状態だった。それを救ったのが兄である亮太で爽はそれ以来、兄に忠実な妹だ。
「帰って来るのなら連絡をください。空港へ向かいに行きましたのに」
「わざわざ来なくていいよ。座るか?」
少年はベッドの対面にあるソファーを指した。
弟とその隣に小さな女の子が座り、向かい合う位置に脚の低いテーブルを挟んで亮太が腰を落とした。爽はお茶の用意を手際良く進めている。
「なあ、この子誰?」
弟妹が来た時から謎だった。少年の発言を受けて弟が呆れたように「兄上……」と呟いたのを見て、何か重要なことを忘れていると察したが、何一つとして思い至らない。
顎に手を当て女の子をじっと観察しても分からない。そうしていると女の子は席を立って姉の方へ走って行ってしまった。
爽には懐いているらしい。
爽は三人分のティーカップと一人分のオレンジジュースの入ったグラスを運んできた。彼女の足には例の女の子が隠れ蓑にしようと掴んで離れない。
「兄上。たまにしか帰らなくても自分の妹の顔くらい覚えておいてください」
弟の台詞で兄と義姉の合同葬儀を思い出した。あの時、義母の腕の中で寝ていた小さくて可愛い子を。
「こんなに大きくなってんのか? もっと小さかったろ」
「子供の成長は早いんだよ。兄さん」
妹はそれぞれの前にカップを置いて自分も座ると妹を膝の上に乗せた。
「ひどいお兄ちゃんだよねぇ。家族の顔忘れるなんて」
爽は後ろから妹の顔を覗き込んで兄を揶揄った。
「いや、忘れてたわけじゃ……。つーか今五歳くらいだろ? 一、二歳の時に一回会っただけですぐに分かるのは無理あるだろ」
「開き直らないでください」
「はい。すいません」
弟の痛烈な指摘に素直に謝った。
「じゃ、改めて。亮太兄ちゃんだぞ。
自分なりの柔和な笑顔で二度目に会う妹に自己紹介した。が、稜華は姉の胸に顔を埋めて亮太を見ようとしない。
「……あのー、稜華ちゃん? お兄ちゃんだよ?」
「完全に嫌われましたね」
「シャイなだけだろ」
どうやって妹と接するべきなのか悩む兄を見兼ねて爽が稜華を優しく諭した。
「ちゃんとお兄ちゃんに自己紹介して。怖がらなくても大丈夫だから」
姉の穏やかな声と頭を撫でる暖かい手にゆっくりと心を開き始めた。本当に恐る恐る記憶にない兄に焦点を合わせた。
「……お、小笠原、稜華。五歳……」
それだけ言って末の妹は再び姉にすがった。明らかに好かれていなくても歳の離れた妹の言動は、全てが愛おしく見えてきてしまう。姉を頼るその姿は「可愛い」の一言に尽きた。
「もっと帰ってくれば良かったよ」
亮太は末の妹を見ながらしみじみと呟いた。
「高校入学まではここにいるんだよね?」
「ああ」
「じゃあ大丈夫だよ。稜華は人見知りしやすい子だけど、兄さんならすぐ打ち解けられると思うから」
「だと良いけどな」
完全に目を合わせてくれなくなった妹を見ながら、少年は一緒に遊ぶ未来を想像した。
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