第8話 父と子

 12月19日 日本 神奈川


 祖国に帰って来たのはほぼ一年振りだ。一年も経てば空港からの帰り道にも知らない店がちらほら見える。そういう景色を見るのも帰って来た時の楽しみの一つでもあった。


 小笠原邸は15LLLDDKKの洋館で周りの住宅と比べても一際異彩を放っていた。

 チャイムを押すと自動的に門が開く。玄関まではおよそ百メートル。扉の前に着く頃にはゴスロリ風姿のメードが出迎える準備を整えていた。


「お帰りなさいませ。亮太様」

「ただいまー。親父は書斎?」

「左様です」


 彼女らがゴスロリ風なのは継母の趣味だ。実家には稀にしか寄らないので未だに違和感が拭えない。

 亮太は荷物をメードに預け、父親に会いに行った。


 書斎の扉を三度ノックすると内側から開かれた。開けたのは初老の男。父親の執事を務める彼は、ただ庶務を執り行うだけの人でなく父の護衛もこなす格闘の達人だ。全く笑わず、感情を面に出さないので実はちょっと苦手だったりする。


 中に入り、久方ぶりに父親と面会した。父は執事以上に表情を変えない人だ。ポーカーフェイスが上手く、内心を読み解くのはかなり難しい。

 実際この三年、反対を押し切って商団の活動をした亮太にとって父が心内どう思っているのかは分からないのだ。

 父譲りのポーカーフェイスでいるが本当はずっと心臓が跳ね続けていた。年上の部下たちを纏めていても、どれだけ強がっても、父親の前では無条件で子供だと思い知らされる。


「どうだった。三年自由にやってみて」

「そうだねぇ。なかなか刺激的だったし大変だったけど、自分の将来を考えるいい機会にはなったと思う。それに……最初に比べれば随分立ち直れた」

「そうか」


 子が成長した一端を垣間見れて嬉しそうだった。


「怒らないのが意外か?」


 相当間の抜けた顔をしていたのだろう。笑いながら父は問いた。


「てっきり怒られるかと」

「そうだな。もし利益を出せなければ無理にでも引き戻すつもりだったが、俺の予想を超える結果を出した。褒めることはあっても怒ることなど有り得んよ。……良くやった。亮太」


 亮太は父からの賛辞を微笑みをもって返した。話はこれで終わりだと思った少年は右足を引こうとした。だが、父親が口を開く動作を見せたのでギリギリのところで止まった。


「それで、部下はどうしている?」


 やはり来たか、と亮太は心の中で呟いた。小笠原家にとって巨大な戦力となる存在をこの男が気にしないはずがなかった。


「みんな散り散りになったよ。商団に残るやつはいなかった。まあ元々は優梨の部下だし、他の奴らもレンタルしてたようなもんだから。俺が居なくなって残る理由もないしね」

「引き止めなかったのか?」


 父親の目が怪しく光った。強力な力を何もせず手放したのか? と責めているかのように感じるほどに鋭く冷たく。


「俺に引き止める資格なんてないよ。優梨と兄貴が死んだ後も傍に居てくれただけ感謝してる。それにどいつもこいつも誰かの下に収まるような良い子ちゃんじゃないよ。まあ親父が首輪のないあいつらを危険視するのなら、俺が全員殺して、その首をここに並べても良いけど?」


 息子の返答を聞き、父は目を瞑った。どの選択が有益かを考えているように見えるが、おそらくこの沈黙は諦めるための時間だ。どう考えても敵に回すのはデメリットが大きすぎる。利益を考えるのも馬鹿らしいほどの簡単な問題だった。


「敵に回らなければそれでいい」


 息子から視線を外して男は答えた。


「じゃ、もう部屋に戻るよ」

「ああ。ゆっくりしろ」


 最後は少し不穏な空気になりつつあった書斎から静かに退室し自室に向かった。

 流石に父親相手に堂々と嘘をつくのは精神を消耗する。

 野心の強い父を持つと存外大変だ。特に父子で目指す先が違えば尚更。


 小笠原家当主である父はその力で北条本家を飲み込もうとしている。しかし息子である亮太はその北条を潰す気でいた。一方は日本でも巨大な権力の一角になろうと企み、一方は権力者の存在そのものを消すつもりだった。

 ただこの野望の道のりで、父親の夢を知っている亮太に幾らか分があるのは間違いない。父の野望を阻みつつ自身の計画を着実に、知られないよう進められるのだから。


 そういう意味ではクレアやルドミラたちとの別れは父親にその力を利用させないための措置の一つだ。実際は全員が無事に非公式な方法で日本への入国を清ませ潜伏している。もちろん入国ゲートから正規の手続きで入れる者もいるが、調べようと思えばすぐに分かってしまうので密入国という手段を取らせた。

 もしかしたら先の会話で勘づかれているかもしれないので、しばらく彼女らとは連絡を取らない方が良いだろう。


 家に居る方が何かと気が休まらず、自分で肩を揉みながら少年は部屋に着いた。

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