第32話 敵対
五月下旬。開幕まで一週間に迫った日。日課のように放課後は小アリーナで訓練をしていた。五月だけは下級生、下位クラスに使用権が優遇されるため亮太たちのチームは毎日研鑽を積めていた。
「優衣。だいぶ慣れたか?」
スコープを覗き、集中して標的に狙いを定める少女に躊躇いなく亮太は声をかけた。
「扱いにはだいぶ。でも、的がマネキンだから実践でどうなるかわかないけど」
「だよなぁ。ここじゃこれが限界だし。まあ求めるのは一撃必殺だから相手が止まっている時に陰から狙うのが基本になると思うが。とりあえず、一発撃ったら五十メートル走るを繰り返す訓練に変えるか」
「了解。でもなんで移動するの?」
「撃ったら位置がバレるだろ? 狙撃手は撃つたびにポイントを変えるのが基本だ」
へー、と感心して優衣は訓練に勤しんだ。開幕戦までに狙撃手として形になってもらいたい。敵を仕留められるかは別として重要なのはこのチームに狙撃手の存在を意識させること。フィールドのどこかから狙われているというプレッシャーを与えるだけで全然違う。
八月の対抗戦ではもう少し高いレベルを要求するが今はそれでいい。
優衣の訓練を監督しながらも他の三人の動向も観察する。
雪彌と王子はひたすらに格闘戦をやらせている。本来であれば雪彌の練習にならないと思ったが、王子は思っていたよりもセンスが高い。
遥にボコボコにされた日。見た目の傷に対して彼の肉体的ダメージは少量だった。
殴っていた少女自身も手応えがないとぼやいていた。おそらくダメージを逃すのが上手いのだろうと亮太は予測した。実は戦闘能力に長けているのか、まああの体型からそれは想像しづらいが、なんにせよ倒されないのも才能だ。
そして遥は連射の特訓。彼女の魔法に関しては亮太であってもアドバイスの仕様がない。なので遥の特訓メニューは勝手に決めさせた。課題は耐久性らしく、弓を射てる回数も現時点では限界があり、それを伸ばすために一途に弓を射ている。
四人は実力を伸ばす余地があるから夢中になれるが、亮太自身の実力はすでに頭打ち。どう鍛錬を積もうと今より強くなれることはない。つまりやることがなく暇だ。
そういう暇で長い時間を過ごし、今日の訓練が終わりを迎えた。五人で寮に戻る途中、亮太の耳に微かに声が届いた。
「今、何か聞こえなかった?」
とぼけた顔で王子が明後日の方向を見る。皆がキョロキョロする中、亮太はひとり歩き出した。
「こっちだ」
闇に包まれる校舎へ踏み込む亮太に全員無言でついていく。見えないところで何かが起こっている。そしてそれは辿り着けばわかることだと言わずとも理解していたから。
校舎と校舎の間。一際薄暗く、この時間帯は人が寄り付かない場所に三人の男子生徒が倒れ込み、壁際に追い込まれる美少女が二人。
呻く男子たちと美少女の間に男子生徒が五人。学年を意味する胸の星は二つ。
「こんな場所で女子生徒をナンパですか? もはや犯罪だな」
張り詰めた空気に似合わずちゃらけた様子で少年は横槍を入れた。歯を見せて笑う亮太に先輩たち五人は、目を細める。
「なんのようだ、餓鬼ども。さっさと失せろ」
明らかな苛立ちを声音に乗せ、五人の中心にいる黒服の生徒が威圧する。そこらへんのF組生徒であれば、見なかったことにして立ち去るだろうが、相手が相手だけに誰も怯まなかった。
正確には怯むことを許されなかったとすべきだろうか。強気で自信家な関西少女を前にして、一分の怯えですら自分たちの安全を脅かすと、王子を始め雪彌も優衣も悟っていた。
それらの感情とは無関係に、亮太は柔かな眼差しと微笑みで答える。
「却下」
「ッ! 一年坊の分際で調子に乗るなよ? しかも、失敗者風情——?」
黒服生徒の恫喝を中心にいた男子が片手で静止する。苛立ちはどこへやら、冷静さを備えていた。
「お前、小笠原だな。そっちの女は関西の鈴山か。名家の落ちこぼれが揃いも揃って。……さっきも言ったが、失せろ。だが、鈴山と隣の女は残れ。五人で二人相手だといつまで持つかわからんからな。お前らも俺らの相手をしろ」
五人は仲良く品のない笑みを浮かべる。後ろで優衣が後退りしたのが察せられた。
亮太は先輩たちの標的であった女子二人に視線をやる。切羽詰まった顔をする幼馴染みと彼女に縋る元トップアイドル。
この二人を相手に問題を起こそうとするとは豪胆かつ愚かしい。
「本当に、人の欲というのは見るに耐えんな」
亮太は近くにいる友にすら届かない声量で呟いた。
「やめましょうよ、先輩方。こんなところで争ってもお互い利益にならないでしょ。どうせ来週には白黒着けるんだ。ここは引いてくださいませんか? なんでもアリのこの場でやるより、ルールの中でやる方がいいでしょ?」
亮太は故意に瞳から感情を消した。有無を言わさずにこの場を終わらせるため。光源が月光だけの独特な雰囲気を利用して、不気味さを演出する。実力を見せるのではなく、あくまでも空気を使うだけだ。
「……フンッ。まあ全校生徒の前でお前らを嬲り殺すのも一興か。行くぞ」
「いいのかよ。菅原と藤堂を見逃して」
リーダー格の男子が場を立ち去ろうとすると名残惜しそうに他の生徒が抗おうする。
「構わん。もっと追い詰めた方が楽しめる」
リーダーは、クックッと喉を鳴らして立ち去った。
どんな嗤い方も下品だな、と改めて思いながら同級生に近づいた。
「大丈夫か?」
「うん。ありがとう」
雪彌と王子、優衣は腹部を抑えて痛みに耐えている男子に駆け寄った。一人はサラサラな髪をセンターパートの小顔イケメン。そして、長髪が特徴的な長身に小柄で可愛らしい顔立ちの男子。
名前は萩野、高木、倉本。怜のチームメートたちだ。
「キレるかと思った」
感情を殺した時を言っているのだろう。昔の幼馴染みを知っている少女だからこその憂慮だった。
「言ったろ。大人になったって。それより、どうして手を出さなかったんだ?」
「手を出さなかった?」
後ろにくっついていた遥が少年に投げかけた。
「いくら相手が二年の首席チームだからと言って怜が認めた奴らが簡単にやられるとは思えん。どうせ、手を出すなって指示出したんだろ?」
「そうよ。変ないちゃもんつけられても困るもの」
「それであそこまで追い詰められてたら話にならんけどな」
怜はぐうの音も出なかった。事実、亮太たちが来なかったらどうなっていたか分からない。少なくとも強硬手段に出て抵抗するか、抵抗虚しく終わっていただろう。
無事ならそれでいいが。
「お前の仲間も大丈夫そうだな」
支えられながら起き上がる男子の状態は良好と言えないが、生活に支障をきたすほどではないようだ。
「天音」
怜の指示で藤堂が治癒魔法を三人にかけていく。自分の名前一つでやるべきことを瞬時に判断し遂行する。以心伝心というやつか。想像以上に素晴らしいコンビネーションだ。
「あんたのものにはならないよ」
そんなにも物欲しそうにしていたのだろうか。腕を組んだ幼馴染みに冷めた瞳を向けられる。
「別に、お前に忠実ならそれでいいよ」
「萩やん、大丈夫?」
怜は少年を無視して最初に回復したセンターパートの小顔イケメンに声をかけた。
「ああ。悪い、藤堂」
その後も順調に回復させて行った。
「亮。初戦頑張ってね」
それだけ言って怜は歩き出した。男子三人は目礼して、藤堂天音は亮太をひと睨みして怜に寄り添い去った。
「なんか藤堂に睨まれたんだけど」
「いやらしいことしたんちゃう? ちゃんと男の子やったんやな」
遥はニヤニヤ笑う。
「そんなんするわけねぇだろ。つーか、すげぇ疲れた。俺たちも帰ろうぜ」
「だねー。圧力半端なかったもん。主に味方からのだけど」
王子はわざと遥とは反対の方向へ顔を向けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます