第33話 学内戦開幕

 次の日、学校へ行くと以前の忌避感がはっきりと表に出ていた。だが、誰も言わないので気づかないフリをして一日を過ごし、最後の授業が終わりを迎えた。


「はよ行くで」

「急いだところで入れる時間は決まってるんだけど」


 王子がゆっくり荷物をバッグに詰め込みながら言った。


「おい」


 そこへ不機嫌そうに顔をしかめた男子生徒が王子と優衣の席の前に立った。名前は渡邊だったか。亮太はやっと来たかとうんざりしていた。


「どうしたん? うちらこれからアリーナに行くんやけど」

「それだよ。お前らマジいい加減にしろよ! F組のくせにラウンジ行ったり、学内戦に参加したりよ。立場弁えてくれねぇと俺らまで白い目で見られるんだよ」


 その言葉は強気で反抗的な関西少女の琴線に触れた。


「そんなんうちらの自由やんか。ラウンジ使うのも学内戦に出るのも校則違反やないし。それに他のクラスを気にして学校生活送るとか馬鹿馬鹿しいやろ」


 道理な答えに渡邊はたじろいだ。それでも引かなかったのはクラスを味方につけているからだろう。何割かは中立を保っているがクラスの中心メンバーは渡邊に同調しているようだ。だが、そんな状況でもお構いなしに対立出来るのも遥の強みだ。

 そもそも周りを鑑みずに行動するのが彼女だが。


「馬鹿馬鹿しいとかそういう話じゃねぇっつてんだよ! 二年なんかに喧嘩売りやがって。負ける喧嘩に何の意味があんだよ! テメェらのせいで俺らまで迫害されるんだ。マジで勘弁してくれよ!」


 渡邊は歯痒そうにして、少しだけ顔が青ざめていた。

 この少年にとって他クラス他学年からの冷たい目ほど恐いものはないと、その姿を一目見れば判別できた。

 彼の儚い姿は遥に口をつぐませた。言い負けたわけじゃない。彼の言い分が正解だとも思っていない。けれど、同級生の恐怖心には共感できた。共感してしまった。

 気力が抜けていく友を見て、亮太は席を立った。


「悪かったよ。確かにラウンジに行ったのは軽率だった。みんなの気持ちを考えずに行動したのは俺らの落ち度だ。けど、二年に喧嘩を売ったっていうのは勘違いだ。あいつらが怜や藤堂に絡んでたから助けただけで対立したかったわけじゃない。

 理解してくれとは言わないが、あと数日我慢してくれないか? 俺たちが初戦を勝てばそういう煩わしさからは解放されるだろ」

「……まあ、嫌がらせされないならなんでもいい」


 亮太本人に直接強くは言えない渡邊は、それだけ言い残して教室を出て行った。


◇◇◇


 六月。盛大な花火と共に青い制服の少年がマイクを強く握った。


「さあてッ。今年も始まったぜ野郎どもぉぉぉぉぉ! 七月の対抗戦に向けた前哨戦! 俺ら東京校の代表を決める学内戦の開幕だァァァァァ!

 今年の実況も四年C組、東山尚之が務めるぜぇ。よろしくな!

 それじゃあ早速チームの紹介だっ! 

 栄えある開幕戦を担うのは、二学年首席、水上チーム! そして、約十年ぶりにこのクラスからの参戦。あの始祖一族が率いる一年F組小笠原チームだ!

 失敗者と呼ばれる彼らがどこまでできるのか見物だが、相手が悪かったか。昨年ベスト四の水上チームにはいいとこなしで終わりそう」


 東山は少し肩を落とす。


「それでも開幕戦! 極力頑張って会場を盛り上げてくれよぉ? さあ、気を取り直して、学内戦のルール説明だ。勝敗の決め方は二通り。敵チームの全滅か設置したフラッグの回収か。武器や道具類の持ち込みは事前申請した場合のみ可能となります。基本的に殺し以外はなんでもあり! 思う存分力を発揮してくれぇ。

 それでは、今日の解説の紹介だ。開幕日の担当は魔法実技の教官を務める佐藤先生だ! よろしくお願いします! 先生」

「ああ。よろしく」


 佐藤先生は元戦闘魔法師として魔法軍に所属していた人。今年で五十歳になるベテラン教官は生徒からの信用も厚く、この十数年は開幕日を担当している。


「先生、今日は開幕戦を含めて八戦。見所はどこでしょうか」

「言わずもがな。開幕戦だろうな。水上のチームは、昨年惜しくも準優勝した石岡チームに敗れたが、同学年の中ではやはり頭ひとつ抜きん出ている。一年相手には当然、二年にも敵らしい敵はいないはずだった」

「だった?」


 含みのある言い方をする佐藤先生へ深く話すように促した。もちろん、解説の東山にはすでに理解出来ている。あくまでも会場にいる生徒たちへのサービスだ。

 佐藤先生は頷いて期待に応えた。


「そうだ。今年の一年は豊作の年。全中選手権二位の菅原に、世界的にも希少な魔法師の藤堂。他にも推薦組の中には中学魔法界で知られた生徒が入ってきた。特別待遇で迎える条件を提示していた私学への進学を蹴ってな。そいつらが組んだ菅原チームは控え目に言っても優勝候補。

 そこへ軍事の一族である小笠原と関西の名門、鈴山が組んだチームが参戦した。F組という肩書きさえなければ、彼らもまた有力な候補であることは間違いない。小笠原も鈴山も中学までの実績は全くないが、学内戦にエントリーしている時点でそれなりの自信はあるだろう。それに俺は実技の授業で彼らを見ているからな。内心期待している。

 ということで、今日の見所は失敗者と揶揄される一年生が、優勝候補筆頭チームにどうやって挑むのか。どういう作戦を立てているのか、だな」

「なるほどぉ。ちなみに下馬評では水上チームが圧倒的に有利です。本日は下級生が三戦。中級生が二戦。上級生が三戦。日程が組まれています。その他の試合もお楽しみに!」


「上は盛り上がってるんやろうなぁ」


 控室のベンチに座って遥が呑気に呟いた。

 彼女たちがいるのは学園島の地下三階。島の地下三階と四階は学内戦専用のステージが作られていた。三階は廃墟ステージ。四階は森林ステージになっている。ちょうど真上はこの島で最も大きく全校生徒が入るアリーナの一つだ。アリーナの一階フロアには特設の大型モニターが設置され、全方向の観客席から試合を観覧できる仕組みになっていた。


「は、は、は、遥ちゃんはず、随分余裕だよね。ぼぼぼぼ僕なんて、き、緊張しっぱなしで」


 小刻みに震えまともに喋れもしない王子に遥は盛大なため息を吐いた。


「王子……。どんだけ緊張しいやねん。解説の先輩も言うてるけど、基本うちらに期待してる人なんておらへんのやから緊張せんでええやろ」

「やっぱり、遥ちゃんはお気楽だ——グフェ」


 全てを言い終わる前に遥の爪先が王子のふくよかなお腹に突き刺さった。ベンチから崩れ落ち、地べたに左手をついて、空いた右手で腹部を抑え呻いた。


「優衣はだいぶ落ち着いてんな」


 戯れる友たちを微笑ましく視界に収めながら同じように見ている念意少女へと声をかけた。


「やれることはしてきたつもりだからね。亮くんにも色々教えてもらったし。それに王子くんは緊張してるというか遥ちゃんで遊んでるように見えるけど……」


 苦笑する優衣に「確かに」と同調していると時間になったようだ。


「時間だ。雪彌、準備はいいな?」

「おう」


 控室を出て入場ゲートへと続く廊下を通る。足元の間接照明が雰囲気を上手く作っている。これが家の廊下なら良い演出なのだろうが、戦場へと赴く者にとっては黄泉への道にしか思えない。

 冷たい扉の前で五人はその時を待った。


「それから作戦は変更な」

「変更?」

「最初、フラッグを獲りに行くと言ったけど……殲滅する」



「待たせたな! 野郎ども! 準備はいいか! 行くぜっカウントダウン!」


 大型画面に数字が表示される。


「「「「「Five!」」」」」

「「「「「Four!」」」」」」

「「「「「Three!」」」」」

「「「「「Two!」」」」」

「「「「「One!」」」」」


 全校生徒の息のあったコール。ゼロの表示と合わせて入場ゲートが開いた。


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