第29話 王子の悩み

 遥が魔法を披露した夜。亮太は懐かしい夢を見た。


「ふぅ……。最悪な朝だな」


 ため息まじりに呟いて、ベッドから足を出した。二度寝をするよりも顔を洗ってすっきりしたい気分だった。

 鏡に映る濡れた顔は自分が思っているよりも随分青白く酷い。

 たかが夢ごときでここまでなるとは想像もしていなかった。嫌な思い出よりも良い思い出の方が心にくることも。

 顔の血色が悪い状態で食堂に行くのは憚られたので、朝食を食べずに教室に向かった。

 誰もいない教室でニュースサイトを読んでいるとガラガラと扉の開く音がした。


「おはよう。亮太くん」

「はよ。早くね?」

「そっちもじゃん」


 王子は自分の席に座って上半身だけを亮太の方へ。


「まあね。朝、食堂にいなかったけど」

「食べる気分じゃなくてな」

「なるほど」


 亮太の短い理由に王子は深く問い詰めなかった。冴えてない顔色を一目すれば、体調が優れていないのは窺えた。


「そういえば、スクールサイト見た?」


 キメ顔少年は濁りかけた空気を一新しようと話題の転換を試みた。


「ああ。学内戦の日程が発表されてたな。来週から一週間が募集期間で。その翌週にトーナメント表の発表。六月から開幕だったか」

「あんまり乗り気じゃなかったけど、こうやって現実に感じちゃうとやんなきゃってなるよね」

「王子は最低でも優衣を守れるくらいには強くならねぇと話にならんけどな」

「さらに急に現実」


 王子はわざとらしく頭を抱えた。彼のその仕草で、今は学生なのだと実感させられる。同い年のほのぼのとした光景は病みかけた心をもとに戻してくれる。


「で、なんで王子は早く来てんだよ。ちゃんと食べねぇと痩せるぞ?」


 チッチッチッと音を鳴らす勢いで、キメ顔少年は人差し指を左右に動かした。


「一食抜いたくらいで痩せるほど僕の脂肪は甘くなよ」

「さいで」

「……食堂にも部屋にも居なかったから、もしかしたら教室かもと思ってね」


 王子は真面目な顔つきになって言葉を続けた。


「……相談事があったんだ。さっき亮太くんにも言われたけど、学内戦に僕も出る以上、チームの役に立ちたい。けれど今の僕じゃ戦闘で役に立てるとはどうしても思えないからさ。……僕はどうするのが最適なのかな?」


 まだまだ短い付き合いではあるが、こうも深刻になる王子はこれから先も希少だろう。そう思わせられるほどに、これまでの彼はおちゃらける性格を持つ少年の印象だ。

 ゆえに亮太も真剣さを心に留めて答えることにした。


「俺の考えだからまだ確定じゃないけど。優衣には探知魔法で相手の位置情報を随時取得してもらいながら、狙撃を任せたいと思う。ただ、狙撃中は無防備になりやすいから、王子には優衣の護衛をやってほしいんだ。だから、さっきも言ったけど王子には最低限優衣を守れる力をつけてほしいと思ってる」

「僕に出来ると思う?」

「出来ないと思ってることを頼んだりしないよ」


 少年の言葉は明白に告げていた。

 俺はお前の力を信じるから、お前はお前の力を信じろと。


「じゃ、やるしかないみたいだね。一ヶ月半もちゃんとトレーニングすれば痩せちゃうかもね」

「いや、普通に痩せろよ。動きやすいぞ」

「亮太くん。この脂肪はね、僕のチャームポイントでありアイデンティティーなんだ。それに僕は痩せなくても動けるよ」


 腹の肉を掴んで上下に揺すったあと、王子は親指を立ててキメ顔を作った。

 数分して前方部の扉が開くとクラスメートの男子二人が入ってきた。


「はよーすっ」「おはよう」


 亮太と王子が揃って挨拶すると彼らは不器用に「お、おう」と返した。


「飲み物、買いに行かね?」

「そ、そうだな」


 二人は自席にスクールバッグを置くなり、慌てるようにして出て行った。

 一連の流れを眺めていた二人は違和感を覚え、王子が眉根を寄せてそれを口にする。


「僕の勘違いかな? 避けられた?」

「勘違いじゃねぇよ」

「なんで⁉︎」


 少年の中で思い当たるところはあった。


「さあな」


 けれどはぐらかすことにした。近いうちにそれは明らかなものとして自分たちの前に立ち塞がるだろうと直感していたから。そしてそれよりもまず、クラスメートに避けられる理由が心底仕様も無いものだと思っているから。

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