第15話 天才少女とアイドル少女と自信家少女

 担当教師の指示でまばらに列を成し、入学式があるアリーナに赴いた。在校生や教師、新入生の親はすでに収容人数2000人を超えるアリーナに揃っているだろう。一年生たちはアリーナ入口に各クラスが列を作って入場の時間を待っていた。


「なあなあ! あれっ。菅原怜と藤堂天音あまねやん!やばいっ。やばいで、優衣!」

「す、凄いねっ。あの二人が一緒にいるって」


 寡黙な少女も関西少女に感化させられテンションを上げていた。お互いの手を握り黒服の二人を視界に収めていた。それは彼女たちだけではなく、怜と藤堂天音が仲睦まじくする光景は、15歳の少年少女を昂らせるのには充分な理由だった。


 同じA組の生徒でも彼女らには近寄り難いのか、距離的には近くとも他クラスの野次馬たち同様、好奇の目を向けていた。

 唯一無表情で傍観していた亮太の顔を関西少女はじろりと見た。


「えらく冷静やな。自分」

「んー、まあ怜は親戚だし、海外生活の長い俺からしてみれば、藤堂さんは日本のトップアイドルっていうよりは、世界有数の治癒魔法師って認識の方が強いからな。みんなほど二人の熱烈なファンというわけじゃないんだよね」

「生で治癒魔法師見れただけでも興奮するのに充分やんかぁ。やな達観の仕方やな」


 唇を尖らせて鈴山は軽口を叩いた。されど少年も全く興奮していないわけではない。ただそれを感情として表に出さないだけだ。

 治癒魔法は世界でも二桁ほどの人数しか使えない希少な能力。流石の亮太でもお目にかかる機会はそうなかった。それゆえ、心の内では喉から手が出るほどに欲しい才能なのだ。おそらく、怜が仲良さそうにしていなかったらそわそわしていたに違いない。


「てゆーか、あいついつの間に藤堂天音と仲良くなったんだ?」


 単に浮かんだ疑問は自然と少年の口から出た。それを寡黙な少女が掬い上げる。


「去年、菅原さんが準優勝した中学魔法師選手権。あの大会のイメージガールが藤堂さんだったからじゃないかな。雑誌のインタビューで仲良くなったって言ってたし」

「へー」

「にしてもあの二人の可愛さ、ほんまエグすぎやろ。あっこだけ輝いて見えるわ」


 光を直視しているかのように鈴山は双眸を細めて、清水は深く何度も頷いた。そうやって見ているこの二人の容姿も渦中の彼女らに負けず劣らずなのだが、そのクラスメートが盛り上がるほどに怜と藤堂天音の存在は格別らしい。


 そうこうしているうちに準備が整ったらしくA組から順番に入場して行く。雑な列も歩く度に綺麗に整っていく。


 会場内は一階全てが新入生の席になっており、特設ステージの真向かいの二階席が保護者。その他が在校生に与えられている。

 魔法師として何段階も成長した先輩たちに囲まれながらA組が拍手で迎えられ、最後のF組が着席した。


「これより第一〇二回、魔法高等専門学校入学式を行います」


 黒服五ツ星の女が進行しながら式は順調に進んでいった。


「新入生答辞。総代、菅原怜」

「はい!」


 良く通る声で怜が返事をして起立した。同時に二階席が騒がしくなる。

 分家でも始祖一族の一人。名門も含め有象無象の魔法師たちがどよめくのは無理もない。特に保護者席の動揺は凄まじい。自分たちの可愛い子供が、魔法界の頂点に君臨する一族と同級生となれば落ち着かずにはいられない。なにしろ、将来有望が確実視されるA組の枠が一つ埋まったも同然なのだから。事前に入学すると聞いていても、実際目の当たりにすると黙っていられなかったようだ。


 総代が怜だと聞いて静かにしていられないのは同級生も同じで、亮太の隣に座る関西少女が小声で面白がるように少年に話しかけた。


「やっぱ今年の首席は菅原怜やったかぁ。親戚が関東随一の魔法師ってどんな気分なん? あっちは首席、自分はF組って」


 デリカシーのかけらもない質問を初対面の相手に良くもまあ聞けるものだと思っていても亮太は微塵もその空気は出さない。涼しい顔をして鈴山同様に正面を向いて口を開いた。


「A組だからどうとか、F組だから他より劣ってるとか、しょーもないだろ。戦場に立てばA組とかの肩書きなんてただのゴミじゃん。つーか、結局一番強いのは俺だから」


 その瞬間、彼女は右手を口元に持って行き俯いた。肩が震えているあたり必死に笑いを堪えているのだろう。反面、少年の発言を聞いて同じF組の生徒は心中穏やかではなかった。学内で最低評価を与えられた身分でそれにそぐわない発言をすれば他クラスからの批判は免れない。心から内輪だけにしか聞こえていないことを願っていた。


 ツボに入った関西少女は笑い終えるとスッキリしたような、少年の言葉に満足したように目が躍っていた。発する声も僅かに高い。


「実はな、うち双子のお姉ちゃんおんねん。で、そのお姉ちゃん大阪校の首席やねんな」


 少年が思った以上に興味深い事実が少女から伝えられた。


「うちはFに配属されるような評価しかされん魔法師やから家の人らには忌避されてるけど……それでもな、うちは誰にも負けん自信あんねん。小笠原くんとおんなじや。うちはうちが一番やと思ってる。ましてや、A組みたいな坊っちゃんの集まりになんて負けへん」


 どうやら鈴山遥は相当勝ち気な性格みたいだ。亮太はそれを面白がった。自分とは違い実績のない彼女がどうしてそこまでの自信があるのか。彼女の強さを支えるものは何なのか。正直、同じクラスの人間には期待していなかったが実に興味深い。

 名門一家でありながらF組に回された一般的には落ちこぼれの少女。少年と立場は一緒でありながら、おそらく彼より実践経験が不足している。それでもなお、天才たちを相手に自分の方が強いと言い切るだけの物を鈴山は持っているのだろう。その全貌を、せめて一端でも知りたいと心が躍った。


「ハハ。すげー自信。双子のおねーちゃんにも勝てんの?」

「さあな。戦ったことないし知らへん」


 返ってきたのは意外にも曖昧なものだった。だが、続く言葉は変わらず強気。


「でもな、うちの魔法は特別なもんや。師匠から教わったお姉ちゃんにはないうちだけの魔法があって、今は完璧に使いこなせるしな。やから、小笠原くんとやったら行けそうな気すんねん」


 彼女の言おうとしていることが良く分からず、疑問の視線を送る。


「学内戦や。うちと組まへんか?」


 期待を宿した瞳をを亮太に返した。


「考えとくよ」

「……期待して待ってるわ」


 本当のところ、彼女の存在には惹かれるが今後の諸々を左右する大事なイベントを実力の不確かな他人に委ねざるを得ない状況に置くのは不安でしかない。それに前からずっと怜をチームメンバーに入れて、彼女が推す生徒を三人加えるつもりだった。それであれば二年生までが参加するトーナメントでも勝ち抜けるだろうと考えていた。怜と鈴山どちらかなら迷わず怜を選ぶ。鈴山の実力次第ではメンバーに入れることもあるだろうがここで即答するほどではない。


 それよりも頭の中を埋めるのは彼女の師匠の存在だ。鈴山はどう見ても海外の血が入っていない日本人。猩猩緋しょうじょうひ色の髪は自ら染めたもののはずだ。もしそれが師匠から受けたインスピレーションなのであれば少年にはその師匠とやらの存在に心当たりがあった。むしろその心当たりが正解なら鈴山よりも濃い時間を過ごしただろう。隣に座る少女よりもその師匠に対する想いは強い。亮太の内にあるこの愛憎が消えるほど希薄な関係ではなかった。


 そうこうしているうちに幼馴染みの晴れ舞台は終わった。その後も入学式は順調に進んで行き、目に見える問題は起こらず終了した。

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