第16話 ティータイム

 入学式が終わり、生徒は各自クラスへ戻ってガイダンスを受けた。入学式とガイダンスだけのこの日は昼過ぎに解散となった。

 親が来ている生徒はこのままお昼を食べに行ったりひとまずお預けとなる親子の時間を過ごすだろう。両親が来ていない亮太はスクールバッグを片手に自室へ戻ろうとした。


「なあ、小笠原くんこの後予定あるん?」

「いや、ないけど」

「ほんならうちらとカフェ行かへん? うちも優衣も親来てへんから一緒にお昼食べ行くんやけど」

「いいの?」


 鈴山にではなく彼女の一歩後ろに居る清水への問い掛け。関西少女とは僅かに距離が縮まったが寡黙な少女とはほとんど会話をしていない。控えめな彼女にしてみれば接点のない男も居る食事は、もしかしたら心地良いものでないかもしれない。


 ただ断る勇気があるかは別問題。

 それでも自己主張の弱そうな少女は静かに頷いた。


「じゃ決まりやな」


 鈴山が選んだのは学校から徒歩五分程度の個人でやっているカフェレストラン。シックな内装は来た者に落ち着きを与える。中学を上ったばかりの彼らには分不相応な店にも思えた。本来の利用者は上級生や大人たちなのかもしれない。


 時間帯的にこれからちょっとずつ人が減っていくタイミングだったのか入れ替わるように数組がレジに並んでいた。

 店員に促され窓際の席に着いた。亮太はアイスコーヒーを鈴山はオレンジジュース、清水は紅茶を、水を運んできた店員に注文してパスタの写真が載ったページを見ていく。

 各々が好みのパスタを注文し運んで来るまで手持ち無沙汰になった。


「なあ、小笠原くんがこの学校選んだのは、やっぱ家の言いつけなん?」

「ああ。鈴山さんもそうじゃないの?」


 そう問い返すと彼女は少し困ったように頬を掻いた。


「うちはちょっとちゃうな。みんなが魔高専には行くなって言うから来たんや。ま、ただの反抗やな。魔法量はそれなりにあるんやけどあんま器用ちゃうねん。今の魔法も自由に操れるようになるまでに八年くらいかかったからなあ」


 彼女は自嘲して笑いながらそう言うが、亮太の考えでは誇れることだと思えた。

 世間一般的にはより高威力の魔法を使えた方が評価される。この学校の評価基準も現時点でどれだけ高位の魔法が使用可能か、という点が重要視されているのは間違いない。鈴山の得意魔法が何なのか不明でもその魔法はおそらく高位には位置付けられていない。そうであるのなら、家から見捨てられるのも頷け、少女が自嘲するのも納得出来る。けれど、亮太もまた高位の魔法が使えない魔法師の一人。

 だからこそ、八年掛かって自分の物にしたその胆力は並大抵ではないと解る。何度も挫折しかけたはずだ。一人で直向きに向き合い続け、ボロボロになりながら進んだ結果が今の彼女。

 ゆえに関西少女に付き合って笑ったりはしない。彼女の努力を笑うつもりはない。亮太は一歩踏み込んで鈴山に尋ねた。


「師匠はどうしてんの? 鈴山さんがこっちにいる間は他の人教えてんの?」


 鈴山はストローから口を離し、頭を振った。


「師匠に教えてもらったんは夏休みの一ヶ月くらいやねん。それにもう……師匠は亡くなってるんや」

「余計なことを聞いた。悪い」

「気にせんでええよ」


 現時点でこれ以上の収穫は難しそうだと判断した亮太はこの流れを断ち切った。そして、もう一つ、今朝から気になっていた対象に焦点を合わせる。


「清水さんはなんでこの学校にしたん? やっぱ親の望み?」

「うん」


 淑やかにそう言うと口を噤んだ。人と喋るのが嫌いというより必要最低限の言葉で余計なことを言わない印象を受けた。


「学費も寮も私立に比べれば全然安いしな〜」


 鈴山が理由を付け加えるという奇妙な現象を目の当たりにした。


「そーいや小笠原くんは一人部屋? 相部屋?」

「俺は一人部屋だよ。もしかして相部屋?」


 亮太は二人を交互に見ながら聞いた。二日前から入寮を許されているが同級生と絡む時間はそうない。会った時から距離が近かった二人はそうなのかもしれないと思いながら。


「せやで〜。月五千円やからなっ。めっちゃお得!」


 親指を立てた手を彼女は前に突き出した。

 そのタイミングでパスタが運ばれ一度話は中断。それからは昼食を食べながらアイドルの話を中心に盛り上がった。清水もその話には良く乗っていたので鈴山が寡黙な少女でも口を挟める話題を選んでいたようだ。タイプは正反対と言って良いほど違うが中々相性の良いコンビなのかもしれない。


 初日にここまでクラスメートと近づけるとは思っていなかった少年は満足していた。この二人とはこれからも長く付き合っていくことになるだろう。そう直感していた。


 鈴山も打ち解けていると感じたようで、お互いの呼び名を決めることとなって、彼女曰く「せっかく仲ようなれそうなのに苗字にくん付けはもったいない!」ということらしい。

 亮太は親戚や同格の同志から呼ばれている愛称の“亮”と名前呼び捨ての二通りあることを教えた。当然同志の所は“友達”と言い換えたが。

 結果遥は亮と呼び、優衣は半ば遥に強制される形で亮くんとなった。代わりに亮太は二人のことを名前で呼ぶようになる。


 この変化は少年にとっても意外で、なんとなくではあるが心理的な部分で大きく前進出来そうな気がしていた。特に優衣と。

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