第35話 怜の評価

「両チームフラッグを設置—小笠原チームは半ば捨てていますが、ここからはどう動くのがベストなのでしょうか?」

「チームの方針にもよるだろうがベターなのは、近距離戦の前衛が二人に中距離戦のフォローが一人、フラッグを守りつつ遠距離からサポートできるメンバーが二人と言ったところか。

攻撃に特化した水上チームなんかは前衛四人とかなり偏っているが、去年結果を出しているだけに侮れんな。なんにしても複数人で動いて孤立しないことだ。一人になればいい鴨になる」


 東山の質問を受け佐藤が一年生に教示するように語った。


「と、いうことですが、小笠原チームは三人が早くも単独行動に出ているようです……。これについてはどのように?」

「三方向から同時に同じ地点に到達すれば、前方からや後方からだけの攻撃より相手の意識を拡散できる分、翻弄はしやすいだろう。上手くいけば殲滅も。だが、それには圧倒的な火力がいる。三対一ならともかく、今の状況から予測すれば三対四、もしくは三対五になる。余程自信があるのかはわからないが、上手く行くと思って作戦を立てているのだろうから興味深い。小笠原の真価が見られるかもしれないな」


 先生は一度区切り、ふふふ、と歯を見せず笑った。東山が不審に視線を送るが、特に気にすることもなく理由を明かした。


「それにしても面白いのが、小笠原たちが水上の位置を完璧に把握しているところだな」

「完璧に、ですか? 事前申請で両チームともにマイク付きイヤホン。小笠原チームはライフルを水上チームは小型ドローンを申請しておりますので、水上選手側は居場所を特定するのは容易ですが、小笠原選手たちは逆に特定するための道具がありません。その状況下で、水上チームの位置特定は無理なのではないでしょうか?」

「ああ。だから面白い。小笠原も鈴山も遠坂も、ゲートから動いた水上チーム五人の移動位置に迷わず向かっている。小笠原が指示を出している様子も見られないから他のメンバーが教えているのだろうが、この広範囲かつ遮蔽物の多い廃墟ステージでライフルのスコープを使っての特定は無理だ。実際、建物が邪魔でお互いは視認できないしな」


 大きく戦況が動かないためか、カメラの映像が頻繁に切り替わる。水上たちが持ち込んだドローンを飛ばし映像を確認している場面から、ライフルを背負う優衣と王子がペースを合わせて走る映像へと変わった。優衣が右耳にのみつけたイヤホンに指を当て、口を動かしたところを見て、佐藤が口角を上げ「なるほど」と呟いた。


「先生?」

「どうやら、小笠原のチームには探知魔法の使い手がいるみたいだな。決して希少ではないが、高校一年のこの時点でその役に徹せられるほど成熟した子供はいないから見落としていた」

「あぁ。そうですね。去年のチームを見ても下級生の中に索敵を専門にしたメンバーはいませんでした。むしろ四年、五年でチラホラ見るくらいでしょうか。ただ精巧な索敵ができる魔法師は高校生、大学生、社会人問わずトップリーグのドラフトに必ずかかる重要ポジション。団体戦では必要不可欠な存在ですね」

「ああ。範囲の決まったステージ戦をよく理解している。……いいチームだ」



「と、言っていますが、どう思いますか? 菅原さん?」


 実況と解説のやりとりを聞いて小柄で可愛らしい顔立ちをした倉本が楽しむように歯を見せた。二つ隣の席に座る怜は、腕を組んで大型のモニターを見下ろした。


「うちだって天音が索敵できるし。てゆーか索敵できないメンバー入れてないとか論外でしょ。ドローンじゃ手間もかかるし操作で両手も塞がる。見るのは亮のチームだけでいいよ」


 男子たちは笑みを抑えきれなかった。中学時代、自らを完璧に打ちのめした菅原怜が、手放しに無名の選手を称賛した。唯一認めた女王が警戒する相手がどれほどの強者なのか。世代を代表すると言っていい彼らは興味をそそられた。

 その中で元トップアイドルが可愛い顔から愛想をなくしていた。


「そこまで警戒する人なの? 小笠原くんとあんまり会ってなかったんでしょ? 昔は強くても今そうだと限らないじゃん」

「そんな顔しないの〜」


 むすっとした友の顔をほぐすように、怜は頬を両手で挟んで動かした。形が崩れても美少女ぶりが揺るがないのだからさすがアイドルだ。

 怜たち五人の周りを固めるクラスメートはその距離感に少しだけ嫉妬した。周りにいる皆が皆、怜ともっと近づきたく、天音ともっと仲良くなりたいと思っていたから。


「藤堂の気持ちも解らんでもないがな」


 その微笑ましい光景を見て、長身長髪の高木が低い声で言った。

 怜は天音と遊ぶのをやめて高木に視線をやる。クラスメートの視線を集めた高木は説明を求められていると察して、みんなだったら解るだろう? と言いたげにだるそうに口を開いた。


「俺らは菅原が魔高専に行くっつうから私学の推薦蹴ってこの学校に来たんだぜ? その菅原が一個上の首席チームじゃなくて同学年のF組を見ろってよ。まあ興味は湧くぜ? 小笠原がどんなもんかはな。でも、面白くねぇ。女王には女王らしくどっしり構えててほしいんだわ。そうだろ、藤堂?」

「そういうことだよ。怜」


 高木に同意を求められた天音は力強く頷いた。間近でアイドル少女が天才少女の瞳を覗き込む。

 他のクラスメートたちも似たような感じで、彼らの思いもよらぬ反応に困り果てた。眉をひそめる怜に真後ろの席から一人の少女が声を出した。


「怜と小笠原くん、どっちが強いの?」


 単刀直入で明快な質問。そして口にはしなくても知りたいこと。それを気兼ねなく聞けるのは、質問した菜子という少女が女子の中では天音の次に発言力があるからだ。


「こういうルールありの場だと私。でも、ルールなしの戦場だと亮だね」


 対処に困っていても少女は振り返って迷わず答えた。友たちの反応を気にするよりも正直さを優先した結果だ。


「戦場だと小笠原なんだ」


 小顔イケメンの萩野は、怜の言わんとすることを完全には理解できずにいた。どちらも同じような気がして。


「戦場ってゆーか、殺し合い。本気のそれなら私は亮に勝てない。それ以前にこの学校に勝てる人なんていないよ」

「そんなに?」


 真後ろから冗談でしょ、と半笑いな菜子が前のめりになる。他の者たちも疑わずにいられない。


「まあ、この試合見てれば解るよ」


 最も簡潔な言葉だった。怜を取り囲むクラスメートは真剣な目をモニターに向けた。

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