外伝 episode of Lea・Lauthelburg
私たちは徒歩で移動した。目指すのは最前線の先。敵本営から最前線へ赴く兵を排除するのが役目だった。
たった九人で分断出来るほど甘くないはずだけれど、どうするのだろう。
「基本はヒット&アウェイだ。一殺して潜伏する。こちらは少数だが上手くして大部隊に欺瞞する」
「本営を叩かなくて良いのでしょうか?」
どうせ前線を越えるのなら敵の将軍首を狙った方が話は早い。難易度は跳ね上がっても暗殺部隊としても動ける私たちなら不可能ではないはずだ。
技術も精神も、嗚咽するほどに鍛えられた。
ターゲットを殺すため半永久的に、同じ箇所に留まれる。
それが出来る狙撃手が九人いるのなら、この膠着を打開するには悪くない手に思えた。
けれど、大尉には別の考えがあるようだ。
「想定よりも、アルジェリアの魔法師が強い。君たちが来る三日前にもアボット少佐が討たれたばかりだ」
「アボット少佐がですか⁉︎」
かの少佐はヨーロッパチャンピオンズリーグに出場経験のある軍人魔法師。ヨーロッパを代表するその彼が討ち死にとは、不吉な話だ。
「本営を叩いたところで、前線にいる強力な魔法師が健在なら意味がない。アルジェリアの強みは、将軍ではなく前線にいる魔法師たちだ。
よって、連合軍はアルジェリア魔法師の殲滅を最優先事項とした」
「前線を孤立させて、仲間が敵魔法師を屠るのをサポートするのが、私たちの役目ということですね」
大尉は頷いたけれど、懸念があった。
「ですが補給部隊や増援を悉く食い止めれば、最前線の魔法師の標的は私たちに移るのではないでしょうか?」
「そう簡単に戻っては来られないだろうし、来るのならそれはそれで前線が下がるだけだ。こっちにとっては前線を押し上げ街を解放するきっかけにもなる」
解放……。廃墟と化したこの街を解放して何になるのだろうか。市民は、喜んでくれるのだろうか。むしろ故郷を戦場にした私たちを憎んでいるのではないのだろうか。
墓場も同然の街を歩くと、そう思わざるを得なかった。
「二人一組になって狙撃ポイントに移ろう。ラウテルブルクは俺とだ」
「はい」
敵が使っている補給路を狙えるビルにそれぞれが陣取った。
四方向からの狙撃で壊滅させる。道路の中央に障害物を置いて、車から出てきたところを狙うのが今回の案。
「ラウテルブルク。人を撃ったことは?」
「ありません」
「他の奴らもか?」
「はい」
足手纏いを押し付けられたとでも思ってそうだ。
反論は出来ない。初めて踏む戦地。私たちが実弾で相手にしてきたのは的ばかり。人相手にはペイント弾しか使っていない。
人を殺したことがない私たちには、本当に人を殺せるのかさえ怪しいのだ。仲間の中には引き金を引けずに再会する子がいるかもしれない。
大尉はそれを心配しているのだろう。最初の任務で失敗すれば後に響くのは目に見えて分かっている。
でもそれ以上言われることはなかった。心得だとか、私の身を案じてくれることも。
四十分以上、コンクリートにうつ伏せになって待っていた。訓練の時とは違って常に緊張を維持していると体力の消耗が激しい。切れかかる集中を必死に維持して待ち続ける。
もしかしたら誤った情報でここにいるのではないかと疑い始めた。……敵がわざと流した情報でこの場にいたら、確実に死ぬ。
「大尉」
「なんだ」
「情報は正確なのでしょうか? 敵の錯乱であれば今の私たちは絶好の的です」
「それはない」
大尉は言い切った。
彼を信用するのなら情報戦では確実に勝利していると言うことか。ならば、あとは作戦通りに敵を排除するだけだ。
辛抱して、敵を待つ。
それから二十分して右方に車列が見えた。
数十秒で正面に来る。距離は八百メートル。
自然と音が消えた。私にとっては最高に集中出来ている証拠だ。狙撃手としてこの状態が良いかと聞かれれば肯定は出来ないが、確実に獲物を仕留めるためには、必要な空間なのだ。
障害物を見つけた敵は無警戒に車の外に出た。苛立ちながら何やら叫んでいるのは敵の責任者だろう。
私の獲物だ。
スコープに敵を収め、トリガーを引く。
頭から血を噴き出し倒れるのを確認しながら次弾を装填。
その間に、三人倒れた。
慌てふためく敵の脳天を私の弾丸が貫いた。
次を装填。
密集して、見えない敵に対応しようとする敵へ三発目。
死んでいく。面白いように、死んでいく。
「あはっ」
知らずのうちに、私の口角は吊り上がっていた。訓練の成果が発揮されているからなのか。それとも、もっと純粋で本質的なものなのか。
明後日の方向を警戒する敵へ、弾丸を打ち込む。
引き金を引いた分だけ、敵を殺せる。私はこんなにも恵まれていたのか。人を殺す才能に。撃ち殺す才能に恵まれていたのか。
ドキドキ? ワクワク?
この胸の高鳴りは、何なの?
「ラウテルブルク!」
「ッッ」
肩に痛みが走るくらいに強く掴まれ揺らされて、大尉に呼ばれていることに気づいた。
「もういい! 撤退するぞ!」
「まだやれます!」
「必要ないと言っているんだ! これ以上留まれば敵の的になる! 撤退だ」
上官の命令に背くほど精神を乱していない私は撤退準備を終えた大尉に倣った。
ビルの階段を降りている途中で、ひゅるるるる、と聞きなれない音と「まずいな」という大尉の一言が聞こえた。
何だろうと心の中で色々想像を膨らませていたら、轟音が鼓膜を襲いバランスを崩される強烈な衝撃がビルを揺らした。
「大尉!」
「まずはここを出るぞ!」
それからビルを飛び出して合流地点に向かった。東の空には、もくもくと灰色の煙が昇っていた。
重い銃を背負い走った。高揚は鳴りを潜めて、漠然とした不安だけが心に住み着いていた。
陽が沈んだ。
焚き火の前では誰も口を開かない。七人もいて沈黙が続いた。
二人欠けたまま、陽が昇る。
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