第40話 総評

 スピーカーが切れると気を失っている水上から離れて、救護班を待つ敵チームの一人に亮太は近づいた。遥に腕を射られた二年生だ。呻く男の口を鷲掴みにして意識を強制的に自分へ向けさせる。


「良く聞けよ、先輩。あんたらのことはある程度知ってる。どんだけクズいことをやってきたのかをな。今まではお前らが学年の頂点だっただろうから上級生を怒らせないように好き勝手やってきたんだろうけど、今日からは後輩の機嫌も窺え。

 そういうわけで、お前らが襲おうとしていた怜は俺の家族だし、優衣と遥は仲間だ。そして俺は何より家族と仲間を大事にしてる。

 だからさ、今回はこの程度で許してやるけど、もう一回はねぇぞ」


 少年はそこで一区切りして手に力を入れる。「うっ」と苦しそうな声を出して先輩は亮太を怯える目で注視した。


「次、俺の家族に手ぇ出してみろ。こんな緩く終わらせねぇからな。それから、水上にはこれも言っとけ。優梨の悪口言ったら、どんな理由があろう殺すって。解ったか?」


 うんともすんとも言わないが脳裏に焼きついたのはわかった亮太は、頬をぺしぺし叩いて一言した。


「お大事に」


「圧勝だったな」


 リプレイ映像が流れるモニターを見ながら長い脚を組んだ長身長髪の高木が呟いた。


「怜の言う通りだったね。観るのは小笠原くんのチームだけでいい」


 前屈みで口元を天才少女の左耳に寄せた菜子は得心した声音だった。怜とは別のチームでも彼女自信チームを率いている身だ。魔法師としても優秀な少女は一戦観ただけで亮太の実力を完全に見抜いていた。諦めの笑顔とともに率直な感想を口走った。


「わたしじゃ勝てそうにないかなぁ」

「そう? オレとして思ったよりもはパッとしなかったね。もっと派手にやるかと思ったけど地味だ」

「地味だから弱いとかじゃないじゃん。萩やんバカなの?」


 自分よりも強い男子に下に見られようで菜子は痛烈に言い返した。馬鹿呼ばわりされた萩野がムッと反論しようとしたところで女王が席を立つ。


「行こ。亮とやるよりも初戦勝たないと意味ないよ」

「怜が正しい。ま、怜がいて負けるとは思えないけどね」


 女王の腕に手を回した天音は甘ったるい声で自信を表した。

 怜が正しく、天音の意見が尤もなので天才少女に従うクラスメートは同様に席を立って、実況と解説のやりとりを聞き流しながらアリーナを後にした。


 開幕戦が終わっても怜たち以外は基本的にその場に残った。まだ試合は残されているので一戦目だけで帰る方が珍しいのだ。次の試合までの場繋ぎとして先の試合のリプレイ映像とともに総括をしていた。


「まあ、観るからに小笠原の一人勝ちだったが、何より特筆しているのは魔法をほとんど使っていないということだ。彼が使ったのは身体強化や加速魔法といった初歩的な魔法のみ。あいつは攻撃魔法を一度も使わなかった」

「確かにそうですね。軍事の小笠原の印象に比べれば存外渋い戦い方だったでしょうか。日本のトップリーグで活躍された彼の父や叔父は、強力な攻撃魔法を多数使用していましたから、そういう心象を持っても仕方ありませんが」

「そうだが、ここにいる魔法力が劣る生徒にしてみれば朗報だろう」

「ん?」


 要領を得ず中途半端な返しになった東山を気にせず、佐藤は回答を用意した。


「だって、そうだろう? 奴が示したスタイルはこの場にいる誰もが習得可能なものだ。魔法力が劣っていようと努力で到達できる。

 君らの多くがトップリーグや軍人などの戦闘魔法師に憧れていると思うが、そこらで活躍するのは一握りの天才たちのみだ。だが、小笠原のスタイルを完璧に物にすればトップリーグだろうが魔法軍だろうが好きなところに行ける。もし、対抗戦に出れば数多くの組織の目に留まるだろうな」

「先生が仰ることは正しいですが一つ言っていないことがありますよね?」


 無知な下級生が無謀な夢を見ないよう東山は善意からそう言った。彼も特別な才能があるわけではない。それでも高みを目指し足掻いてみせた。三年生にもなれば大抵の現実は見えている。自分が今年度どころかそれ以降もトップリーグのドラフトにかかるような魔法師ではないことを。


「途方もない努力を前提に、命をチップにし際限のない修羅場を潜り抜けてあの域に到達できる。まあ四十代で到達したいのであればもっと楽だがな。あくまでも十五での話だ。

 だが、気を落とすこともない。小笠原もそうだが、鈴山もまた努力であの域に行った。具現化魔法に魔法の才能なんてほとんど関係ないからな。要はどれだけ修練を積んだかだ」

「つまり、血の滲むような特訓は最低条件ではあるが、それさえ出来れば夢へ限りなく近づけると? 事実、小笠原選手と鈴山選手は夢に手をかけている状態だと?」

「ああ。断言しよう。魔法軍の元戦闘魔法師として、絶え間ない努力は過酷で辛い物だが、実を結ぶ。彼らがそれを証明しているようにな」


 佐藤は嬉しそうに語った。才能がないと言われ続けた少年少女が、大事なイベントでその力を完璧に示したのだから、教師としては良い日だろう。

 願わくば、自分が育てた生徒がそうなることが一番なのだろうが、それでも満足なのは変わりない。そして彼の心を豊かにする理由がもう一つある。


「過去にも彼らのような生徒がいた」


 突然の話題転換に東山は対処の方向性を見失った。それを気にしないのが佐藤でもあった。


「『剣姫』と呼ばれ愛された、彼女もまた、F組の出身で一年次で対抗戦優勝。国私戦でも強さを示した。この学校を卒業すると同時にトップリーグからも身を引いたが、今でも多くの人の記憶に残っているだろう。四年前の訃報は俺にとっても辛いものだったが、短い人生の中で彼女が体現した戦闘スタイルは、小笠原のものと良く似ている。……まあ当然だがな。

 俺が嬉しいのは彼女の遺伝子がしっかりと受け継がれていたことだ。だから、小笠原のスタイルが誰かに受け継がれることを願うよ。同い年だと抵抗があるかもしれないが、教えを乞う勇気も時には必要だ」

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