外伝 episode of Lea・Lauthelburg

 一人、また一人と静かに床についた。残ったのはルカと私だけだった。

 疲れているはずなのに眠くならない。


「俺、あいつに女の子紹介するはずだったんだ……」


 おもむろにルカは言った。戻って来ない彼とルカは士官学校時代、兄弟のように仲が良かった。私よりも、ずっと友を理解していた。悲しみも苦しみも、私よりはるかに大きいはずだ。


 ルカは涙を溜めていた。


「紹介してやる約束だったのにっ」

「しなくて正解だよ。可愛い女の子だとがっつくんだもん。女の子が引いちゃうよ」

「彼女作るのに必死だったからなぁ。……ははっ。懐かしいな。まだあの平和から一週間も経ってないんだぜ?」


 泣きながらも明るく振る舞おと努めていた。悲しみに暮れるには、時と場所が悪すぎた。そういうのは母国に戻ってからだ。


「なあ、レア。俺たち生きて帰れると思うか?」

「さあね。……生き残っても気が狂わないか心配だよ」

「狂う?」


 膝を抱えて燃え盛る火を眺めた。


「敵兵を殺した時、心が昂ったの。魔法が使えない私たちは、どう足掻いても凡人で特別じゃない。それでも称賛されたくて軍人になった。国を守るのが役目だと思っていたのに、違う国で、他国のために戦ってる。

 それなのに、求めてたものとは違うのに、敵兵を殺して興奮したの。このまま殺し続ければ、私は変わってしまう。不変であってほしい。心が不変ならどんなに楽か……」


ルカは何も言ってくれなかった。私でさえ、私に何と言えばいいのか分からないのだから当然だろう。


「先に寝るね」

「レア」


 テントに向かう私を彼が呼び止めた。


「生きて帰ろう。たとえ君が狂っても、俺たちは友達だ」


 少年の顔をしていた。こんな戦場で、そんなに優しさを出せるのなら彼はきっと大丈夫だ。


「うんっ」


 私も釣られて笑えた。学生をやっていた頃のように。


「そういえば、子供いつ産まれるの?」

「半年後くらいだな」

「そっか。じゃあ何としても帰らないとだね」

「ああ。絶対帰るよ」

「大丈夫。私が必ずあなたを故郷に帰してあげる。アンジーは私の親友でもあるしね。結婚一年目で、あの子を未亡人にさせる気はないから」

「頼もし過ぎるよ。一緒に帰ろうな」


 精一杯の振る舞いだった。明るく居られるのはこれで最後。


 私には解っていた。どう頑張っても心は不変ではいられない。

 自分を守るために、友の命を守るために。

 無垢な少女であった私を、殺さなければならない。


 誰からも称賛されなくていい。私は、私を守るために、変わるんだ。


「ルカ。ありがと」


 人生最後の笑みを、どんな私でも受け入れてくれると言った親友に捧げた。



◇◇◇


 あの夜から二ヶ月が経った。


 私たちは未だにガベスで戦闘を繰り返している。前線は押したり押し戻されたり。私たちの補給路を断つ作戦も人数的に限界があった。


 あれからさらに三人が殺されて四人になったけど、ルカは生きている。


「止まれ」


 私が人の気配を感じた後に大尉が隊列を静止させた。直後に上空を数名の人間が飛び去って行った。前線から本営の方向だ。


「奴ら、本営に戻ってるぞ」

「前線が崩壊したの?」


 ルカともう一人生き残ったララがそれぞれ上空を見た後、さっきの小隊が前線の方向へ戻って行った。


 違和感が私を襲った。魔法師たちは前を見て飛ぶのではなく、下を見回しながら飛んでいた。まるで、何かを探しているような。


「違う」


 上空で停滞した魔法師小隊は確実に探していた。


「私たちを探してるんだ」

「なんで⁉︎」


 ララが飛びつくけど理由は明快。


「補給部隊も援軍も、全部じゃないけど潰しすぎたんだ。前線の魔法師部隊が対処しないといけなくなるくらいのダメージを与えたから」

「それっていいことだよな?」

「大局を見ればね。でも、私たちにとっては最悪だよ。四人であの部隊に勝てると思う?」


 ルカもララも首を縦には振らなかった。

 魔法師に勝てるのは魔法師のみ。小さい頃から自然と植え付けられた魔法師至上思想は、敵兵を何十人殺したところでそうそう変わるものではない。


「とりあえず隠れてやり過ごそう」


 大尉に従って廃墟に身を隠した。真夜中になるまで気配を殺し続けた。


 翌日は魔法師の数が倍になって空を飛んでいた。


「大尉。反撃しましょう。このままでは埒が明きません」

「俺たちに魔法師は殺せない」


 常識の範囲を出ない回答。

 でも常識を覆さなければならない。人生の中でそういう場面に幾度か出会うものだ。常識に従うか、常識を打ち破るか。明快な二つの選択肢で、その先の人生が大きく変わる。


 平凡で優秀な狙撃兵として終えるか、魔法師を殺した人類初の平凡な狙撃兵として終えるか。


 名誉を求める訳じゃない。選んだ道の終着点は結果に過ぎないのだ。


 私は心の赴くままに進む。ルカとララを守るには魔法師を倒さなくてはいけない。自軍の魔法師の援護は当てにならない。

 ならば、私がやる。友を守り常識を打ち破る。


「上に行きます。大尉たちはここにいてください。いつでも逃げられる準備を」

「何をする気だ」

「上で機会を窺います。もし仕留められれば私たちでも魔法師を相手に出来ますし、無理なら坐して待つのと結論は同じ。私たちを待ち受けるのは、死です」


 大尉は私を送り出してくれた。


 この二ヶ月、戦果は私の方がいい。彼が数年で積み上げた数に達しようとしている私には、大尉と言えど強く否定出来なくなっていた。


 だからといって彼を軽んじるような真似はしない。純粋に軍人としての役目を担うだけだ。


 最上階に登った私は伏せて機会を待った。


 近くの空を魔法師が通過するたびにヒヤヒヤした。流石に狙撃体勢を解いて隠れたけど、それ以外は狙い続けた。敵が少しでも油断しないか見定め続けた。


 途中ララとルカが食料を持ってきてくれて三日が経過した。


 戦果はゼロだ。


 ずっと魔法師を観察していて思った。放った弾丸は彼らに当たる。けど、殺気を漏らせば敏感に感じ取って、狙った箇所を防がれてしまう。


 要はどれだけ殺気を内側に収められるかによる。


 外ではなく、内に意識を集中させるのだ。自分の中にある無を極限まで拡大させる。飼い慣らしてこそ一流になれる気がした。


 それを理解した五日間はひたすらに無を求めた。己と対峙して敵の隙を見抜き続けた。


 そしてわかった。


 魔法師を殺せるタイミングを確実に掴んだ。

 ゆっくりと目線のやや下を飛ぶ魔法師部隊。数は四。最後尾を行く一人に照準を合わせた。


 彼だけが明らかに熟練度が低い。どんな理由があるにせよ、試すには丁度いい相手だ。


 距離は一三七〇メートル。トリガーに指をかける。


「ふぅ」


 人差し指に力を入れて、無音の中、銀色の弾丸が上空を走った。


 私の意思を乗せた弾は敵の頭部を貫き、彼は抵抗叶わず、地に落ちた。


 位置を特定される前に撤収。階段を降り切ってルカたちに合流した。


「やったのか?」

「ええ。一人だけね。見つかる前にここを離れないと」


 切羽詰まった私に感化されて三人とも急いで荷物をまとめた。

 今にして思えば、場所を転々としていたものの何日も良くもまあ見つからなかったものだ。


 運も私を認めてくれたのか。


 天が後押しをしてくれたから凡人で初めて魔法師を討てたのだろうか。


 少し前の私ならウキウキワクワク気分でいられたはずなのに、天に味方されても今は何も思えない。


「隊長、これからどうしますか?」

「ラウテルブルク。お前ならやれるのか? 魔法師を相手にできるか?」

「やれます」


 確信を持って私は答えた。

 魔法師は無敵じゃない。


 戦車を生身で潰せようが、目の前から来る銃弾の幕を弾き返そうが、そんな事実はもうどうでもいい。


 私の弾丸は、彼らを穿つ。

 絶対的な自信が伝わった結果、大尉は私を中心に動くことを決めた。



 私が敵を倒せるポジションを選んで時を待つ。最初は一人を撃ち落としたら離脱を繰り返していた。流石に二人以上をまとめて相手取るのは難しい。


 それでも確実に一人ずつ消して行くことで敵にダメージを与えられていた。


 十日も経てば私たちを探す魔法師部隊はいなくなっていた。けれど代わりに、この十八日間は増援や補給部隊の食い止めは叶わず、前線は停滞していた。


 ガベス攻防戦。街の中心地にある政府役所を拠点にするアルジェリア軍は、四重に張った防御線を二つ突破されながらも数ヶ月前線を維持している。

 一端の軍人でしかない私でも、このままでは駄目だとはっきりわかっている。残念ながら、進言できる立場にないし、膠着状態を打開する妙案も浮かばない。


 やはり私には殺すしか能がない。


 これから先、もしこの戦争が終わったとして、私に未来はあるのだろうか。軍人として生きていくと決めても未来がないように思う。私には他に必要なのだ。何が、と問われれば分からない。


 人を殺しても感情が動かない私には、自分に足りていないものが分からない。

 出会う状況全てが私を苛ませる。


「レア、大丈夫?」

「ええ」


 ララが心配そうに私を見る。そんなに酷い顔をしていただろうか。


「じゃあ本陣に戻ろ」

「本陣に?」

「一度戻れって指示があったの。聞いたなかったの?」

「うん」

「……本当に大丈夫?」

「大丈夫だよ。本当に」


 ララは私の頬に手を添えた。戦友でありながら姉妹のように心を許せるララは、彼女もまた、たぶん同じように思ってくれている。


 手から伝播する暖かさは、体温の温もりだけでなく心の在り方も伝えてくる。


「こっちに来て全然笑ってない。仲間が死んで辛いのはわかるけど、少しは笑わないと。戦場で感情が死んだら、元に戻れない。だから無理にでも笑ってよ。レア」

「どうしてララが泣きそうになるのよ。私は大丈夫だから。感情がなくなったわけじゃない。意図して制御してるから、心配しないで」

「……」


 彼女の手が優しく離れた。

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