VS 大阪A代表
少年の左手に触れた球炎はその手から飲み込もうと圧力を加えて来るが亮太がそうはさせない。炎の圧をギリギリのところで食い止める。
Sランク魔法を真正面から止めたことで会場は大盛り上がり。間違いなく、テレビの向こう側でも子供たちが興奮していることだろう。
ただ、当事者たちにはそんなものを気にしている余裕など一切ない。雅はひとえに手元から離れた自分の魔法に祈りを伝え続け、亮太は次手に移ろうとするのに必死。
一進一退。少年にとっては一手の過ちが死へと直結する。
左腕全体の魔装。肩口の魔力を徐々に指先に移していく。本当に微小。少しでも焦って速度を誤れば左腕諸共全身が霧散する。
その紙一重の技術を汗一つかかずに成していく。
そして、ある程度指先の保護が成った段階で、ちょっとずつ第二関節を曲げる。
亮太は魔装したその指で、球炎を鷲掴みにしようとしていたのだ。だが、今はその異常な対応に気づく者はいない。
むしろ、爪から炎に飲み込まれていく様を視認して興奮と驚愕に支配される。
亮太は炎を掴んだ感覚を得ると徐々に左腕を引いていく。もちろん指と頭の距離は最長を保つ。
球炎の威力を利用しながら意図して炎を動かしていく。客観的には、亮太がただ圧されているように見える現状。
だが、時間が過ぎるにつれて奇妙な光景に気づき始める者も出てくる。なぜなら、灼熱の炎が一向に少年を飲み込む気配がないから。
興奮、熱狂は冷めてゆき。動揺が取って代わる。ざわめきは異様なものに変化する。
球炎は亮太の意志で弾道を変える。
頭との最長距離を保った瞬間、二の腕から指先にかかっていた魔装の一割を球炎の内部に注ぎ込み、九割を左半身に満遍なく施す。それを同時に一瞬でやり遂げる。
すると、亮太の魔力が球の内部を刺激して、球炎が爆ぜた。
観客席にまで届く暴風と熱波。当然それは最も近い距離にいる雅をも襲う。
熱波から顔を守るため、本能的に雅も観客も腕や手で顔面を死守した。
そして熱さと風が止み、皆が視界をクリアにするとたちまち愕然とさせられる。
S級魔法と対峙した少年の状況がまさに絶句の一言に尽きる無惨な姿となっていた。
亮太の足元には失血死するのではと心配になるくらいに夥しいほどの血溜まり。
炎帝の威力はやはり相当なものだと、攻撃を間近で受けた彼は実感していた。
魔装で完璧にガードしていたはずなのに、魔装のかかっていなかった左腕はともかくとして、左半身の一部も欠けてしまった。
関西の強敵は疲労と痛み、現実とは思えない少年の身体状況を見て、空中で固まっていた。
最初から最後まで殺す気でいた。その一点に迷いは微塵もなかった。その後の自分がどんな境遇に置かれようとも主人が約束を守ってくれるのなら、構わないと思っていた。
とことんまでやるつもりでいたしやれると信じていた。けれど、小笠原亮太は覚悟の次元が違った。いや、それ以前に何もかも、レベルが段違いに違った。
ゆえに、勝ち筋は完全に途切れた。
だが相打ちは決定的。チームの勝利は最後の一人、館山桔梗に託すことが出来た。規格外の怪物、小笠原亮太を戦いから外せた。
魔法師があの程度の傷で死ぬとは思えないが、左腕はもう復活しない。
殺すことは出来なかったけれど、最低限の仕事はしたはず。どんな怪物でも片腕を失ってしまえば始祖一族の郡山柚葉の障害にはならない。
欲を言えばもう少しダメージを残したい。左腕同様に残る傷をつけたい。
少女の目から見て少年は一歩たりとも動けない。それは全ての攻撃を避けられないということ。
魔装すらも満足に行えないだろう。
今なら拙い攻撃でも僅かに魔力が篭っていれば大打撃を与えられる。
雅自身も最後の力を振り絞る。
右腕を動かしたその刹那、視界が暗転した。
気を失った雅を抱えて、亮太は地に戻る。
少年は険しい表情だが、それは自身に積もったダメージに対してではなくライバルが負ったダメージが当初の予定よりも酷かったから。
予定が狂ったのは雅が最後に使った炎帝。唯我独尊からの炎帝を想定していなかったためだが、その甘さが少女に後遺症を残させるかもしれない痛手を与えてしまった。
自分の甘さに少年は後悔していた。
雅を優しく寝かせてから止血に入る。攻撃魔法としては使い物にならない火を右手から出して自分の身体に押し当てる。
「さて、始末をつけるか」
雅が大魔法を使った直後でも、こちらを静観せずに戦闘を続けていた遥たちの方へ歩いていく。
まるで傷を負っていないかのように変わりなく、歩みを進める。
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