第2話 胎動(2)

「これも大丈夫だな」


 武器類の検品をあらかた終えた少年は木箱の蓋を閉めてエリザベスに顔を向けた。


「あとは俺がやっとくから、ベスは料理作ってこいよ」

「良いんですか?」

「ああ。こっちはリーグが始まる前には終わんだろ。それよりもご飯ねえとクレア怒るし、美味い飯頼むぜ」

「はい!」


 彼女は元気に返事をして、足早に厨房へ向かった。その後ろ姿を見送って、残る五つの木箱を少年は視界に入れる。

 腰に手を当て、首をポキポキ鳴らして気合いを入れ直してから目の前の蓋を開けた。



「若! こっちですよ!」


 検品作業を終えて大部屋に入ると、すぐに少年の存在に気づいたクレアが手を振った。

 大部屋は普段、食堂としても使用している場所で長机と椅子が人数分設置されているが、今は隅に寄せられて部屋の中心には座椅子が並べられていた。

 前方には大型のスクリーンが、後方にはバーカウンターが併設されている。

 クレアの二つ隣の座椅子には彼女と歳の近い金髪碧眼でハリウッド女優並みの美貌をもつ女性が口元を緩ませこちらを見ていた。その二人の間に少年は腰を落とした。


「ボス、飲み物はいかがしますか?」

「烏龍茶」


 金髪のメンバーは少年の答えを聞くと近くを通りかかった別のメンバーに烏龍茶を持って来るように指示を出した。

 右隣にクレア、左隣には金髪碧眼の美女。まさしく両手に花の状態でリーグが開幕するのを待った。時間が近づくにつれて、周りに並べられた椅子にも徐々にそれぞれの仕事を終えたメンバーが集まり始めた。普段は別々に卓に着く彼らが一堂に会しているのは、おそらくクレアが呼びかけたからだろう。

 クレアも金髪美女も両サイドから楽しそうに少年に寄り添う。


「ボス、烏龍茶です。どうぞ」

「あんがと。エドワードもありがと」


 金髪美女に礼を言ったあと、烏龍茶を運んでくれたちょび髭を生やした白人メンバーへ彼女より丁寧にお礼を告げた。エドワードは静かに頭を下げてカウンターに戻った。


「今日の開幕戦って一位と何位の試合なんだ?」

「確か、四位ですね。得意魔法で言ったら優位なのは四位ですかねー」


 クレアは端末の画面をスクロールしながら返答した。その会話で金髪美女が提案する。


「賭けしましょうよ!」

「好きだねぇ。お前はどっちに賭けんだよ」

「私は四位ですね。ボスは一位ですか?」

「そうだな。つか、本当にやんの? 俺、ちょい金欠気味なんだけど」

「じゃあ、今日勝ちまくってお小遣い増やしましょっ」


 賭博の話にクレアが賛同するかのような言葉で入って来た。


「増やしましょって……」


 賭博で金を増やす考え方はもはや破滅の道を辿る博打打ちのようで少年は軽く引いた。

 引き笑いでクレアを見ていると彼女は構わず話を進めた。


「私は一位に千ドル賭けます。若は一位にいくらにしますか?」

「もう賭けるのは決定事項なのね」

「良いじゃないですかー」

「ルドミラはいくら賭けるんだ?」


 甘ったるい声で少年を口説くクレアから顔を背け、金髪美女、ルドミラに焦点を合わせた。


「私はとりあえず二百ドルですね。ボスと同じで金欠なので」


 金欠なのに賭けんのかよ、と賭け狂いに発したところで意味を成さない台詞は体内に飲み込んで、二人の賭け金から自分が出す値を決める。


「じゃあ俺は一位に千二百ドルでいいや」

「金欠なのにしっかり賭けるんですね」

「優位なのは四位だろうけど一位は戦闘経験豊富だからな。得意魔法の優劣なんてほとんど関係ないだろ。というわけで、勝つ方が分かってれば問題なし」


 少年は席を立って座椅子の間を抜けながらスクリーンの前に立った。少年が話しやすいようにクレアは音量を下げる。大部屋に集まっているメンバーは各自話すのを止めて少年に注目した。


「ルドミラの案で今日の魔法リーグ全十試合で賭けをすることになった!」


 部屋に居るメンバーの瞳に分かりやすく輝きが灯った。船内の生活は存外退屈で魔法リーグやスポーツを利用した賭博はみんなの楽しみの一つでもあった。仲の良い者同士で狭く楽しんでいても、メンバー全員で行う賭けは盛り上がりが別格だ。ただ、全員を巻き込んだ賭けは少年が周知させない限り始まらず、たまにしか開催されない。

 今回はそのたまにがやって来た。賭け好きの大人たちには堪らない時間なのだ。


「参加する奴はいるか?」

「「「「「はい!」」」」」


 間髪入れずに何十人と元気よく手を挙げる。これが学校の授業なら先生は大喜びに違いない光景だ。

 現実は、少ないお金を捨てようとする教育に良くない挙手だが。

 残念すぎるほどに見慣れた光景には失望やら気落ちやらのマイナスな感情はとうに消え失せ、自分だけはこうならないようにしようとする決意を毎度の如く抱かせるものになっていた。


「ほんじゃ、集金係と記録係やってくれる奴」

「俺、やりますよ」「わたしも」


 一人目に褐色肌の刈り上げイケメンが、二人目に全てが綺麗に手入れされている髭も髪も真っ白に染まった渋めのおじさんが立候補した。

「じゃ、集金はピーターに。記録はウィルに任せるよ。あとはよろしく〜」


 少年と入れ替わるように褐色肌のピーターと五十歳を過ぎながらも鋼のような肉体を持つウィリアムが前方部に長テーブルを設置して、そこに列が成った。


「みんな好きだよね、賭け。まあ俺としては配当金以外が活動資金になるから良いけど、ああはなりたくない。マジで」

「まあみんな負けてもボスのためのお金になるって知ってますから。抵抗感薄いんじゃないんですか?」

「いや、最初は俺もそう思ったけどさ、カジノで七万ドル擦った話聞いたあとだと疑問しか残らねぇよ?」

「あれは悲惨でしたねー」


 とても悲惨とは思えない口調でクレアが言う。少年としてもクレアの軽さに同感だったのでさして指摘はしない。

 全員の賭け金の確認が終わるまで茫然と音の出ないスクリーンに目を向けていた。自室で見ていた時とは違って司会者の熱弁は終わり、数名のゲストとのトークに変わっていた。

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