第1話 胎動(1)
月日は流れ、小笠原亮太 十四歳の年。
「トゥットゥルットゥルウウウ〜」
「若。どうぞ」
少年が変な歌を口ずさんでいると、ブラウンの瞳に胸の位置まで伸ばした艶やかなブルネットの若い女性が通信用端末を渡してきた。
「もっしもーし。聞こえてます? 聞こえてますよね。貴様の仲間が俺の前に宙ぶらりんになりかけてます。今は土台あるから大丈夫だけど」
少年の目の前には首に縄が巻かれ、少しだけ喉を締め上げられた男女が五人。爪先を伸ばせばぎりぎり届く位置に台座が置かれている。
それがあるだけで彼らは生き延びているのだ。
生きるための執念を全面に出しながらもこの状況をセッティングした少年への殺意は凄まじいものを感じる。手を近づけようものなら噛みちぎられそうだ。
その感情も楽しみつつ、通話相手へ語りかける。
「……もうさあ。俺にちょっかい出すのやめろよ。鬱陶しいからさ。お前が停戦するっつたら、こいつらは生かして帰してやる。でも五秒以内に結論を出さなければ全員殺す。はいっ。ご〜。よ〜ん。さ〜ん。にぃ〜。い〜ち。ぜろ。……時間切れだ」
少年は左端の台を躊躇いなく蹴飛ばした。
「あがっ。うっ——」
足をバタバタさせてもがく女に端末を向けて声を聞かせた。
他の四人も首を吊らせて、迷いなく命を奪った。
「聞こえたか? 仲間の最後の声だ。どう頑張ったって俺には勝てねぇんだからいい加減諦めろよ。あんまりうぜえと上海のくそ野郎どもみたいに吊るすからな」
それだけ言い放って少年は端末を握り潰した。
◇◇◇
一時間前。
『世界中の魔法を愛する皆さん! お待たせしました! いよいよ、日本魔法リーグが開幕しますっ。今年はこの世界に、この国に魔法が誕生して百周年の記念すべき年です! 百年前、我々の祖先が夢を現実に! そして七十年前、思い描いた理想は我らが手中に収まりました! 今となっては魔法バトルで勝敗を決めるリーグスポーツが世界で隆盛を極めています。中でもこの日本は名実ともに世界トップ。魔法を生み出した国としてその力を誇示し続けています! 本日はその最高峰の魔法バトルを思う存分お楽しみください!
さて、ここからは今年一月のドラフトで指名された新人の紹介です。今年度は七十六人の若き魔法師がリーグに参戦します。
絶対に外せないのはこの人! 魔法を生み出した始祖の血を引く少年。魔法高等専門学校福岡校四年、黒田
続いては一昨年、昨年と怪我に苦しみ、前回のドラフトでは指名を見送られたものの、今回は堂々の一巡指名を得た、魔法高等専門学校大阪校五年、橘
三人目は魔高専以外で唯一の一巡指名を獲得したこの男! 私立敬聖高校四年、佐野唯斗! 近年、魔高専に劣らぬ力を付けてきた私立勢の星がその実力を見せつけることが出来るのか⁉︎』
テレビの中でアナウンサーが力の入ったリポートを続けていく。少年は自室のソファーに浅く腰を掛けて、愚かだと思いながら眺めていた。
魔法師とは大衆の憧憬を集める対象なだけでなく、有事があった際の戦力になる。そうであるのにこの国は、その戦力を世界中に公開しているのだ。
他の国も同様にリーグを発足し興行しているのでどこもかしこも似たようなものだが、自国を危険に晒しているのを自身の目で見るとどうしてもため息を吐いてしまう。
少年が息を漏らした直後に廊下を走る音が耳に届いた。
「若。襲撃です」
大学生くらいの白人ブルネット女性が内容とは裏腹に落ち着いた様子で扉を開けた。
「海賊?」
「はい。どこの組織かは分かりませんが。とりあえず捕縛の指示を出して迎撃に当たらせました。皆殺しに変えます?」
「変えなくて良いでーす。尋問するから話聞ける状態で捕らえるようにみんなに言っといてよ。ちゃんと言わないと酷いことになるし」
「了解です。じゃ、先に行ってますね」
ブルネットの女は小走りに離れていった。少年は彼女の背中を自分のペースで追う。
数分後、船内から出ると目を刺すような強い日差しが少年を襲った。この太陽の光に慣れている彼は、いつものようにサングラスを掛けながら船首を目指した。
目的地に着くと、かなりの量の血溜まりと飛び散った血痕が目立つ中、二十人前後の二十代前半から四十代までの幅広い世代の男女が、跪いた男たちの周囲を囲んでいた。立っている側の中には腕を組んで見下ろしている者もいて威圧感を感じさせる。
「終わってるみたいだな」
「はい。とりあえず軽症者は縛って並べておきました」
「OK。OK」
取り囲んでいる仲間が開けたスペースに入り、少年の問いのような独り言に反応する男の声に答えながら、跪く男たちを見下した。中心にいるのがこのグループのリーダーだろうか。
全員がアジア系の顔立ちをしているが、自分とは同郷でないことはすぐにわかった。
そこでふと頭によぎった疑問を、右後ろで控えているブルネットの女に口にする。
「なあクレア。軽症者以外はどこにいんだ?」
「殺しましたけど?」
当たり前じゃないですか、と続かんばかりに平然に言って退けた。
「あ、そう……」
ほとほと呆れながら、少年は標的たちに目線を合わせる。
「さて。どうしてこの船を襲ったか教えてくれるかな?」
最初は穏便に進めていく。いきなり恫喝して余計な抵抗を生めば真相からは遠くなるので、極力穏やかに情報を集めていくと決めていた。
そもそもからして少年は無駄な殺しや
そう願っていても敵対者は簡単に物事を進めさせてくれない。
男たちは口を真一文字に結び、一人を除き目を合わせようとしない。
「ねえ。話してくれないとさ、こっちも困るんだけど? 手荒な真似はしたくないし、穏やかに行こうよ」
「……」
何があっても口を開こうとしない意志が、少年を強く見据えるリーダーの瞳からありありと伝わった。
流石にどこに所属しているのか不明の集団から情報を得ずに終わらせるのは危険なので、少年は好まない決断をする。
「じゃ連れていって」
彼は振り向きざまに言い放って船内に足を向けた。その後ろにはクレアを始めとした十一人の仲間が続き、残りのメンバーが海賊たちを船内の拷問部屋に連行しようとした。
甲板にいた全員が気を緩め外側に向いていた警戒がなくなったタイミングで、彼らの目の端に、影が下から上へ駆け抜けた。
上空へ目を向けると浮遊する集団。
一同驚きで目を見開くがすぐに唇を歪めて不快そうにした。
「チッ。こんなとこまで追いかけてきたのかよ。めんどくせぇなぁ」
舌打ちとともに発した少年の言葉が総意だった。ここ数年、少年たちを執拗に狙うサイコパスが先導する一団。全員、太陽の刺繍が施されている白いローブを羽織っている。
その姿を見れば世界中の誰もがある組織を想像する。日本で最も有名かつ過激な宗教団体。
どこにいても居場所を突き止められて襲撃される。数回に一度は仲間も死ぬので少年は彼らの存在を心底鬱陶しく思っていた。
完全に潰したいと思っていても教祖の居場所は不明で全体の構成数も掴めていない。その歯痒さが余計に少年の負の感情を助長させていた。
だからこそ、少年が自身に定めていた掟は彼らに適用しない。敵の命より仲間の命の方が圧倒的に大事だから。
パワーバランスがどちらにも偏っておらず、なおかつ敵対している相手には容赦なく刃を向ける。
「撃ち落とせ」
少年の命令と敵の攻撃は全く一緒だった。
特製銃に魔力を込めた彼らの大砲のような攻撃がメンバーを襲った。
飛行魔法を使用していて、他の強力な魔法を併用するには高度な技術を要する。さすがに天敵の部下と言えど全員が全員優秀でないらしい。
代わりに厄介な武器を装備しているがこの程度の威力なら恐れる必要はない。
少年は着弾して陥没した甲板を見ながら呑気にそんなことを思った。仲間が防護壁を張ってくれているので怪我を負うことは一切ない。
透明で分厚い壁越しの敵は、銃撃を繰り返しながらも巧みに動き回り的を絞らせてもらえない。おかげでこちらの攻撃は空振り続きだ。
敵との距離は五十メートルを有に超えている。少年が得意とする魔法の効果範囲外だ。
「若。こちらを」
ダークブラウンの髪色をした女が、携えた銃を少年に渡した。膨大な魔力量を持たない少年にとって得意な魔法が使えない状況では必需品と言って良い。
「防壁解除」
「ハッ!」
火縄銃のような形をしたそれから発射した魔弾は一人の男の額を突き抜け、額に穴の空いた男は真っ逆さまに広大な海へと落下した。それが反撃の狼煙となり、仲間たちの攻撃が面白いように当たっていく。
そうして生き残った五人を捕らえて、少年は彼らの首に縄をかけさせた。
◇◇◇
メンバーが死体の後片付けを行うのを眺めているとクレアが甘い声で体を寄せてきた。
「若。これからみんなで日本の魔法リーグ観るんですけど、一緒にどうですか? ベスにご飯作らせますよ」
「たまには自分で作りなよ。あいつ他の仕事があるんだしさ」
「でもでも、ベスの料理が一番美味しいじゃないですか。それとも一人で寂しく観るつもりですか?」
クレアは少年から返ってくる言葉が分かっているかのように意地悪っぽく笑った。彼は諦めたように軽く息を吐いた。
「みんなと観るよ。まあ大部屋に集まる前にベスの仕事手伝ってだけどな。お前も手伝えよ?」
「いやー、私も自分の仕事残ってるんで。そこは若にお任せします」
「おい」
可愛く舌を出しそうなほどちゃっかり逃げるクレアを恨めしく睨めつけながらも、仕事の手伝いは慣れている上に、クレアには人の数倍は仕事を任せているので悪い気はしていない。
ただ、数倍の量を与えても余裕にこなして、手伝いから逃げる彼女を見るとついつい一言くらいの恨みを言いたくなってしまうものだ。
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【読者の皆様へ】
第一話を読んで頂き、誠にありがとうございます。
「面白い!」「面白くなりそう!」と思って頂けましたら、目次の下にありますレビューから★を付けて頂けますと大変嬉しく思います。
☆☆☆を★★★にして頂けるとこの上なく嬉しくです!
もちろん★★や★でも最高であります!
今後ともお付き合い頂けますと幸いです。
よろしくお願いいたします。
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