第52話 各校の思惑
京都 始祖一族・
スクリーンに映し出された映像を一時停止する。
着物を着て、
「これが小笠原亮太と菅原怜ですか……。落ちた北条の両翼を担う次期当主たち……」
「貴方はどう思いますか? 雅さん」
着物の少女はゆったりとした口調で、呟いた男子から黙っていた女子へ目を向ける。座敷の中で上座に一人座る着物の少女と、彼女から離れて正座で座る黒服一ツ星刺繍の二人。
雅は渇いた喉から無理に音を出す。
「菅原怜は、雷帝装を使えるとは言え対処の仕様はあります。ですが、小笠原亮太の方は未知数としか。遊んでるとしか見えへんので。……あの、柚葉さまはどう思われているのでしょうか?」
「そうですねぇ。潰れかけの北条に二人の存在はかなり邪魔です。特に、雅さんが言うように小笠原さんの実力は未知数です。なんせ小学六年生の頃から何一つとして成長していないのですから。ふふふ」
上座に座る少女は上品に口元を手で隠しながら不気味に笑った。
「ほんまに、昔から頭にくる人ですねぇ。それで本題ですが————」
少女は湯呑みで一口お茶を飲んだ。
「殺してください」
「————え?……」
「あの柚葉さま。今、なんと」
声の出ない少女の代わりに少年が聞き返した。彼女の言ったことが到底信じられなかった。隣に座る少女と同じだ。非現実的な指令。喧嘩中勢いで出る心無い言葉とは違う。
絶対的な重みのある、主人からの命令。家臣として忠誠を示すため何が何でも成し遂げなければならない。さもなければ自分の首が飛んでしまう。
出来るなら聞き違いであってほしい。
「せやから、小笠原亮太を殺してください。我が家にとって北条の再生は害でしかありません。これからの北条を創る小笠原さんをここで排除出来れば、明るい未来への道に落ちる小石が、一個減ります。わかりますね?」
鋭い眼光が二人に向けられた。ただでさえ息詰まるこの空間で、少女の瞳は首を絞めると同様の効果を与えた。
「はい。しかし、どう……」
「今度の対抗戦で誤って殺してもええですよ? これまでにも事故で亡くなられた方はいますし、不慮の事故ということで。わたくしは二年生以下の部には出られへんので。まあ、路地裏でやってもええですけど、どうせやったら大衆の面前で無様に死んでほしいですからねぇ」
上座の少女は無垢な笑みを浮かべた。
「……心得ました」
「それではよろしく頼みます」
少女は着物の擦れる音だけを発して厳かに退室した。
彼女の気配が遠ざかり完全に消えたのを何度も確認して、残された二人は大きく息を吐いた。
「で、どうすんねん、雅」
「どうもこうもないやろ。柚葉さまの命令は絶対。対抗戦で小笠原亮太殺さな、わたしらの命がないで」
「だよなぁ。……はぁぁぁ」
「「……最悪」」
◇◇◇◇
福岡 魔法高等専門学校福岡校 視聴覚室
「以上が、東京校、一、二年生の部、決勝戦となります」
音もなく、巨大スクリーンが天井に収納されていく。暗かった部屋の明かりが点くと、壇上に立つ黒服三ツ星ポニーテール少女の前に、十人以上の黒服が思い思いの場所に座っていた。
大学の教室のように階段状になっている視聴覚室。
最前列の中心に座すのは、両サイドを刈り上げた五ツ星の黒服青年。福岡校を支配する始祖一族、黒田家次期当主内定、黒田如永だ。
「ちょっと待って! 天音ちゃん可愛すぎん⁇ これ生で会えんだろ? 興奮してくるばい」
如永の斜め後ろに居る同じ五ツ星の長い髪を結んだ青年は、トップアイドルに興味を唆られていた。メインはもちろん、亮太と怜だが如永は特に咎めない。
かの青年が発したあとは静寂。皆、如永の一言を待っている。王の機嫌を窺わずに、気楽になれるのは最初の男だけだ。
「藤堂天音が可愛いのは同感だが……小笠原亮太をどう見る? 英太郎」
如永の指名を受けた一ツ星の刺繍を持つ、坊主頭の少年が勢いよく起立した。緊張からか、背筋は伸び切っていて、視線はほぼ天井を向いている。
「は、はい! 小笠原くんは実力の一部しか見せてないため要警戒です! 本気がどれくらいか分かりませんが、理想としては三対一の状況に持っていければと思います! あと、藤堂さんは自分も可愛いと思います! はい!」
「勝てる確率は?」
「二〇%前後です! はい!」
如永は立ち上がって皆の注目を集める。
「五年の部、三、四年の部、一、二年の部、全てで優勝する。俺たちは今年、三冠を狙う。
去年は橘と旭が立ち塞がり、結局優勝出来たのは俺らのチームだけだった。今年の要注意人物は、改めて言う必要もないだろうが、小笠原亮太だ。俺たちが日本で平穏に暮らしている間、奴は世界中の戦地を歩き回っていた。家業の手伝いとは言え、その経験は想像を絶する差となるだろう。
……だが、負けるわけにはいかん! 一、二年生で最強の連合チームを組ませたが、英太郎が言ったようにまだ足りん。今日から一ヶ月かけて小笠原と旭に勝てるチームを作り上げる! いいな!」
「「「「「はい!」」」」」
下級生たちが威勢良く返事をした。
対抗戦で優勝するために、学内戦を操作するのは東京校とは違う福岡校の特色だ。二学年から生徒を選抜して本命を一チーム作る。本命を作っても去年の結果は芳しくなく、如永最後の年は前例のない一校で三部門独占優勝を狙っている。
如永の心内を知っている上級生は、下級生を強くすることに前向きで、下級生は下級生で期待に応えようと意気揚々。
福岡の団結力は一つの強みだ。黒田如英が築き上げた強さだ。
「でもよ、如永。邪道もありはありだろ? 公式戦以外でケリを着けるとか」
「俺のやり方じゃなか。そういうのは柚のやり方だ」
「郡山柚葉?」
如永は頷いた。
「理由は知らんけど、小笠原に執着しとるから、勝手に何かしらのアクションを起こすやろう。裏でやるんならそれはそれでいい」
「んじゃ、俺らがやることは一、二年チームの強化だけでよかと?」
「ああ」
「郡山は無視ってことね」
長髪一つ結びの青年は、笑いながら壇上の少女に目をやった。
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