第4話 胎動(4)

「若、ありがとうございます」


 廊下を歩きながらタレ目の少女は感謝を伝えた。


「礼は不要だよ。セギョンの同胞、殺しちゃったしね」

「どーせ、セギョンが居るってバレなきゃ解放するつもりだったんでしょ?」


 甘い! と言いたげな表情でルドミラは少年を横目で見た。


「そんな顔しないでくださーい」

「若、こんな女の言うことなんて気にしないでください! 若は若の思うように行動すればいいんです!」


 クレアが激しくルドミラを睨みつけ、彼女もクレアの圧に負けず睨み返す。この船内で最も気の強い二人に挟まれ、誰にも知られずに冷や汗をかきながら、早く収まってくれと少年は心の中で願い続けた。セギョンと言えば無言ではいるものの、クレア側に着いている。


 二人が対立する度に良い加減にしろよと思う。普段は歪みあっていなくても、船内では二つの派閥があって、その中心にいるのがクレアとルドミラ。三年前から少年の側近として仕える二人だ。

 クレアは少年の実兄がこの集団の長を務め、義姉が副長をしている時からの古参メンバーで、ルドミラは少年が長になってからのメンバー。だからこそ、呼び方も古参メンバーたちが“若”、新参メンバーらが“ボス”と分かれている。

 そもそもの対立理由は新参メンバーが少年を若ではなくボスと改めろ、というものから始まっている。少年としてはどうでもいいと思っていたことなので、放置していたら問題が全体に広がっていて収集がつかなくなっていた。

 ここはやはり長である自分がしっかり解決しなければならない。

 二年くらい前に提案して即断られた案をもう一度出してみることにした。

 歩くのは止めずに首だけを後ろに回す。


「なあ、俺の呼び方だけど、もう亮太呼びで統一しね? もしくは優梨みたいに亮でさ」

「「それはダメです!」」

「さいですか」


 クレアもルドミラも威嚇し合うのを止めて綺麗に言い放った。

 息ぴったりじゃないですかぁ、とさらに感情を昂らせそうな失言は胸にしまう。

 少年の言葉をきっかけに堰が切れたかのように言い合いを始めた。こうなってしまえば年下の少年に止める術はない。

 唯一、この場を沈静化させられる彼女を頼ることにした。


「セギョン」


 小声で呼んでちょいちょいと手を動かして傍まで寄らせる。


「あいつら止めてくれない? 俺には無理だからさ。立場的に同格なのはお前くらいだし」


 セギョンは死の最前線で大国に立ち向かい三年以上生き延びた天才的な魔法師。多くの強者が乗るこの船でも一目置かれる少女なのだ。少年も一対一でセギョンとはやり合いたくないと思っているぐらいの実力は持ち合わせている。ただ唯一の欠点は。


「私にも無理ですよぉ。流石にあの二人は別格です。私じゃ止められないですよ」


 セギョンは皆が認める実力を有していても自信というものが欠けている。

 今回は相手が相手だけに仕方ない部分もあると理解はしているが。

 彼女は口元に手を当て小声で続けた。


「ウィリアムさんに頼んでみてはどうですか? 最年長ですし、あの二人もウィリアムさんにはしおらしい一面を見せる時がありますよね」

「ああ。だから俺も一回ウィルに頼んだんだけど。『龍を御する自信はありますが、じゃじゃ馬を乗りこなす自信はありませぬ』って言われた」

「あー」


 分かるなあ、と聞こえて来そうな深く得心する声をセギョンは出した。


「ま、セギョンがクレアにボス呼びで統一するのもありじゃない? って一言言えば解決するかもだけどな」

「それだけは絶っっっっ対に! 無理です! クレアを敵に回すのだけはNGです!」


 半ば冗談に口にしてみると必死の形相で断られた。小声ながらも受け入れられないという確固たる意志を感じさせた。

 クレアを怖がり過ぎだろうと思わなくもないが、若干賛同出来る気もして「だよな」としか返せなかった。

 改めて水と油な二人を見て少年は諦めた。どうせ、すぐ元に戻るだろう。クレアとルドミラの仲は悪くても、ルドミラとセギョンは仲が良く、他のメンバーも基本的には信頼し合っている。それに百人前後の集団で全員が親友になるのは無理な話でもあるのだ。


 クレアは少年の義姉である優梨が八年前に連れてきたメンバーで、その一年前から現在進行形で最重要国際指名手配犯。罪状は現アメリカ大統領の二代前大統領暗殺。つまり彼女は八年前、一国のリーダーを殺した魔法師なのだ。

 どういう経緯で義姉が仲間にしたのかは知らないが、クレアが心から優梨を慕っているのは見ていれば分かったので詰問したことはない。

 そのクレアに対抗出来るルドミラは世界最大の帝国、真ロシア帝国相手に反乱を企て、革命戦争を巻き起こした革命戦士。乱は鎮圧され、ある者の手引きで亡命、少年の部下となった。

 この二人は世界的に有名な犯罪者と革命家。セギョンも有名度で言えば同レベルだが、彼女が二人を別格だと言うのも納得出来るほどに名実ある魔法師なのだ。


「いつも通り時間が解決するのを待ちますか?」

「だね」


 セギョンも同じ考えだったらしく敵対する二人を放置した。

 大部屋に戻ったのは出てからおよそ五十分が経過した後だった。


「どうしたんだ? ピーター」


 入り口の前には褐色肌のピーターが壁に寄りかかって腕を組んでいた。


「一試合目終わりましたよ」

「え? マジで?」


 てっきりまだ続いていると思っていた。


「ダンのせいで見逃したじゃん。あいつあとでシバこ」


 ルドミラと揉めている最中の燃えるクレアに揮発油をタンクごと投げ入れてしまったようだ。

 南無三。

 ダンの無事を適当に祈りつつ室内に入った。今は二戦目に入っており、この試合も全員賭けているようで傍から見ると熱気が凄まじい。


「で、どっちが勝ったんだ?」


 少年は自分の椅子に戻りながらピーターに結果を求めた。平常心で聞いてはいるが結果の予想はついている。長期戦になれば四位、短期なら一位。そして短期で決した事実を少年の推測に当て嵌めると勝ったのは一位。どこまで膨れているかまだ知らないが、今月のお小遣いを増やすことに成功したと確信した。

 跳ねる心が声音に出ないようにするので精一杯だった。


「ボス、ニヤけすぎですよ」

「に、ニヤけてねえよ」


 声音に集中しすぎて表情を作るのを忘れていた。


「一位が勝ったんですか?」

「一位に決まってんじゃん」


 少年の嬉しそうな顔から一位が勝ったと思ったセギョンがピーターに問いて、彼が反応するよりも早くクレアが僅かに機嫌を直し、確信した様子でセギョンに答えた。少年は急かすようにピーターへ視線をやった。


「あー……いえ、勝ったのは四位です」

「「マジかよ!」」


 若干言いづらそうに吃りながら結果を報告すると、少年とクレアは息ぴったりに反応した。まるで本当の姉弟かのように。

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