第32話 夜のコーヒー
過去を聞き、花菜さんがなぜ恋愛に対して冷めているのかを理解した。
恋愛と結婚を分けているというよりは、はじめから恋愛というものを毛嫌いしている。
その立場や考え方はよくわかった。
しかし残念ながら僕の気持ちはむしろ高まって来てしまっている。
そもそも気になる女子とひとつ屋根の下で暮らせばどうしたって気持ちは強くなっていってしまう。
料理をするときの真剣な表情、お風呂上りの少し火照った顔、テレビを見ながらうつらうつらしてきた時の様子。
そんなものを毎日見せられていたら、好きにならない方が難しいだろう。
もちろん好きになってはいけないというルールはない。
とはいえ今の婚約者としての立場だと花菜さんは僕の好意を断れない状況だ。
それはなんだかズルい気がした。
自分の気持ちが暴走しないように自室で勉強をして過ごしていると、コンコンとノックをする音が聞こえた。
「はい」
ドアを開けると以前僕がプレゼントした花柄のワンピースに着替えた花菜さんが立っていた。
「どうしたの?」
「これ見てください」
少し得意気な顔をした花菜さんが背中に隠したぬいぐるみのシャーロットさんを見せてきた。
「あ、これって」
「お揃いです」
シャーロットさんは花菜さんと同じような花柄のワンピースを着せられていた。
「自分で作ったの?」
「はい。同じのはなかったんですけど似た柄の生地を見つけて裁縫してみました」
腰の括れやふんわりとしたスカートのボリュームまで再現されている。
「上手だね」
「ありがとうございます。これは我ながらなかなかいい出来だと思いまして、ぜひ蒼馬さんにお見せしようと」
自慢をしない謙虚な花菜さんにしては珍しく誇らしげだ。
確かにベルトの金具や裁縫の位置などディテールまでこだわっている。
「よくここまで再現したね。まさか裏地までリアルに再現してるの?」
「きゃあ!? な、なにしてるんですか!」
スカートをペロッと捲ったらものすごい目で睨まれた。
もちろん捲ったのは人形の方のスカートだ。
「シャーロットさんは女の子ですよ!? スカートを捲るなんて最低です!」
「え? あ、ごめん。よくできてるなーって思って、つい……」
花菜さんはシャーロットさんを守るようにギュッと胸元に抱き締めてこちらを睨む。
怒られてるのに不謹慎だけど、その姿がやけに可愛くてドキドキしてしまう。
「普段からぬいぐるみの服を作ってたの?」
「そうですね。色々作りました。でもここまでのクオリティははじめてです」
「すごいなー。これもひとつの才能だね」
「誉めすぎです。子どもっぽくてちょっと恥ずかしいんですけど、今回はかなりのクオリティだったのでどうしてもお見せしたくて。勉強中なのに失礼しました。それでは」
「え? それだけ? なにか用事があったんじゃないの?」
「いえ。これだけです。ご迷惑でしたか?」
花菜さんはやや申し訳なさそうに眉尻を下げる。
「いや。全然迷惑じゃない。むしろ嬉しいよ。ありがとう」
「よかった」
「そうだ。ちょっとコーヒーでも飲もうか、三人で」
「三人?」
僕、花菜さん、シャーロットさんの順番で指差すと、花菜さんはパァッと笑顔に変わった。
「はい! そうしましょう」
シャーロットさんを椅子に座らせると、花菜さんは軽やかな足取りでキッチンに向かう。
この家に来て2ヶ月程度。
すっかり花菜さんも馴染んでリラックスしてくれているようだ。
それがなにより嬉しかった。
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まったり微糖な同棲生活の回でした。
確かにこんな素敵な女の子と同棲していたら普通恋しますよね。
頑張れ、蒼馬くん!
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