第31話 朝のバトル

 いつもと同じように愛瑠を迎えに行き、学校へ向かう。

 朝が弱い愛瑠は今朝も眠たそうに開ききらない目をボーッとさせていた。


「昨日はまた遅くまでゲームしてたんだろ?」

「そーだよ。裏切り者の誰かさんが最近来てくれないから一人でやってるの」

「ごめんごめん。今夜はやるから」

「別にいいし。足手まといがいない方が勝てるし」


 今朝はちょっと機嫌が悪いようで、いつもよりブスッとしている。

 それでも学校に行かないと言わないから、成長している。


「例の財産目当ての女狐転校生とはその後よろしくやってるわけ?」

「花菜さんのこと? そんな古くさい上に失礼な言い回しするなよ」

「だって事実じゃない。お金目当てで結婚しようとしてるんでしょ?」

「親が決めたことだよ。花菜さんだって被害者なんだ」

「ふぅん。やけに庇いたがるんだね。ま、いいけど」


 今日の愛瑠はずいぶんと刺々しい。


「それに少なくとも花菜さんはお金目当てで僕と結婚しようとしてるんじゃないよ」

「なんでそんなこと言えるのよ? まさか『僕に惚れてるから結婚したがってるんだ!』とかいうんじゃないでしょうね? キモ。マジ無理」

「そんなこと言うわけないだろ。普通に考えてあり得ないよ」

「じゃあなんでお金目的じゃないって言えるのよ?」

「家業を継がないって伝えたけど、結婚する意思は変わらないって言ったからだよ。お金目当てなら僕には家督を継がせなければいけないだろ」

「えっ!? で、でもそんなの嘘かもしれないし!」

「嘘ではありません」

「わっ!? て、転校生。いつの間にボクの背後を取ったんだよ!!?」


 いきなり花菜さんが背後から現れ、僕も驚いた。


「私は決められた使命を果たすだけです」

「その発想がキモいの! なにそれ? 結婚って自分の人生を決める──」

「わあぁ! 愛瑠。こんなところでする話じゃないから!」


 通学途中の生徒もいるところでする話ではない。

 とはいえ口論を止めるのは難しそうな空気だ。

 仕方なく近くの神社へと移動した。

 ここなら他に人がいないからひとまず安心だ。

 愛瑠は花菜さんを睨み、さっそくバトルを再開する。


「親に決められたから結婚するって、結局はお金のためでしょ」

「それは……すいません。否定できません。でもお金で売られたみたいに言われるのは心外です」


 花菜さんは悲しそうに目を伏せた。


「……ごめん。それはちょっと言いすぎた」


 さすがの愛瑠も言葉が過ぎたと反省したようだ。


「会社の経営が厳しくなり、私なりに両親の力になりたかったんです」

「その気持ちは分からなくもないけど、そんな理由で結婚するってどうなの?」

「私としては十分な理由です」

「そもそも地元に彼氏とかいたんじゃないの?」

「いません」

「付き合ってなくても片想いの人くらいいたでしょ」

「いません」


 花菜さんは一瞬の間も置かずに即答する。


「ま、婚約者の前で彼氏とか片想いの話なんて出来ないか」

「本当にいません。そもそも私は人に恋愛感情を抱いたことはありませんから」

「は? それは嘘! そんなわけないでしょ」

「本当です。そういうことに興味がないんで」

「あり得ないし!」

「そうですか? 手束さんなら分かってくださると思ったんですが」


 花菜さんが意外そうな顔で愛瑠を見る。


「なんでボクが転校生の気持ちが分かるのよ」


 花菜さんが問い掛けるように僕の顔を見る。

 恐らくあのことを言っているのだろう。


「ごめん、愛瑠。花菜さんに愛瑠がどうして学校に来なくなったか話しちゃったんだ」

「えっ、言っちゃったの!?」

「ごめん」

「ま、まぁいいけど。どうせ誰からか聞くだろうし」


 愛瑠は苦笑いで首を振る。


「愛瑠さんは好きでもない人に言い寄られて困ったんですよね」

「好きでもないというより、ほぼ見ず知らずの人だけどね」

「私もそうでした。しょっちゅう見知らぬ人から告白されました。その度に断るのも心苦しいものです。断ると『誰か他に好きな人がいるのか』とか訊かれて。うんざりしてました」


 はじめて聞く花菜さんの過去の話に僕も興味を引かれていた。


「あー、わかる! フラれた代償としてそれを聞く権利があるみたいな勢いで訊いてくるよね」

「ですよね。なんでそんなこと言わなきゃいけないんですかって思います」

「そうそう! しかも正直に『いない』って答えても『嘘だ』とか言って信じなかったり」

「いないなら付き合おうよっていう人もいますよね」

「あー、いるいる! どういう思考回路してんのって怖くなるよね!」


 二人は妙に意気投合し出す。


「フラれた時に好きな人いるか訊いちゃダメなんだ?」

「当たり前だよ」

「当たり前です」

「そ、そうだよね。あはは……」


 二人がハモりながらツッコんできて冷や汗が噴き出す。

 駄目なんだ。知らなかった。


「まあそんなわけで私は恋愛感情っていうものにうんざりしてまして。だから恋人はおろか片想いの相手もいません」

「ふぅん」


 仲良くなりそうな空気に慌ててブレーキを踏むように、愛瑠はツンとした顔を取り繕っていた。


「でもじゃあ結局好きでもない蒼馬と結婚するってことなんだ」

「それは……」

「自分のことを愛してもいない人と結婚するなんて、蒼馬が可哀想」

「す、好きじゃないとは言ってません!」

「じゃあ蒼馬のことが好きなんだ?」

「そ、それは、内緒です」


 花菜さんはプイッと顔を逸らす。

 いまの話の流れからいって好きなわけがない。

 愛瑠のペースに乗せられるのが嫌ではぐらかしたのだろう。


「そういう愛瑠さんこそ蒼馬さんが好きなんじゃないですか?」

「な、ななんでボクの話になるんだよ! 関係ないだろ!」


 愛瑠も顔をプイッと背ける。

 仲のいい友だちというだけで恋心まで勘ぐられるのは不愉快なんだろう。


 なんだか異様な空気になってしまった。

 ていうか一番心を抉られたのは僕のような気が……


「まぁまぁ、二人とも。仲良くしてよ。ほら、遅刻するから学校に行こう」

「今日のところは引き分けですね」

「まあそういうことにしといてあげる」


 三人で慌てて学校へと駆けていったけど、結局みんな遅刻となってしまった。




 ────────────────────



 激しくぶつかりながらも『コクられあるある』で盛り上がる二人。

 意外と気が合いそうな気もしますね!



 ところで本作品もずいぶんとたくさんの人が読んでくださるようになりました!

 いつもありがとうございます!

 カクヨムの読者様はゆっくりと、しかし着実に増えてくださるので本当にありがたいです。

 スタートダッシュに失敗したら書きためてた八万字がほぼ誰にも読まれないという悲劇がないので、作者としても落ち着いてしっかりと活動できます。

 本当にありがとうございます!


 本ストーリーもいよいよ起承転結の『転』に向かいます!

 最後までよろしくお願いいたします!


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