第30話 婚約、バレる
翌日もダイニングテーブルにシャーロットさんを座らせて花菜さんはご満悦だ。
頭にリボンをつけられているところを見るとシャーロットさんは女の子だったらしい。
そうとは知らず昨日は嫉妬なんてして悪かったね、シャーロットさん。
「天気もいいしお散歩でもしませんか?」
「いいね。シャーロットさんも連れていくの?」
「さ、さすがにそんなことはしませんっ」
別にからかったつもりはなかったが、花菜さんはちょっとムッとしている。
女の子と話すというのはさじ加減がなかなか難しい。
マンションのエントランスにつくと花菜さんは俺の手を握ってきた。
「ちゃんと私たちが仲良くやってるか監視している人たちの目を欺くためです。勘──」
「勘違いはしてないよ」
「それならいいです」
しっとりと柔らかな花菜さんの手はほんの少し汗で湿っていた。
「そうだ。せっかく散歩するなら行きたいところがあるんです」
「いいよ。どこに行きたいの?」
「駅前に新しく出来たケーキ屋さんです。ガラス越しに見たんですが桃をまるごとケーキに──」
突然花菜さんは言葉を詰まらせて硬直した。
何事かと視線の先を追うと、なんとそこには駒野くんと巡瑠さんがいた。
「えっ……」
「な、なな……なんで蒼馬と梅月さんが一緒に歩いてるんだ!? しかも手を繋いで!」
「こ、これはっ」
慌てて手を離したが、もはや手遅れであるのは言うまでもない。
「そーいう『なかよし』だったの?」
「ち、違うんです、これは、そのっ……」
「お話は署の方でゆっくり訊かせてもらいますんで」
「署ってなんですかっ!?」
二人を連れて四人で僕の家へと戻る。
手を繋いでいるところを見られてしまったのだから、もはや言い逃れは出来ない。
覚悟を決めて僕は全て打ち明ける覚悟をした。
「実はうちの実家は古くから続く貿易商なんだ。このマンションはその関連会社が所有するもので、僕は一人でここに住んでいた」
「ちょ、待て! カミングアウトの初手からすごいんどけど!?」
「虎太朗、うるさい。話の腰を折らないの」
驚く駒野くんを巡瑠さんが窘める。
「それで十七歳になったら許嫁が出来るんだけど、それが花菜さんなんだ」
「……まじ?」
「はい。私が転校してきたのは蒼馬さんと結婚するためなんです」
「そんなしきたり十七歳になるまで知らなかったし、僕も驚いたよ」
駒野くんは何から訊いていいのかパニックになっているようで、「えっと、あれ、その、えー……」と言いながら口をパクパクさせている。
「ちなみにそういう事情だから今は二人でここに住んでいるんだ」
「嘘だろっ!? 話がめちゃくちゃ過ぎてついていけねぇし!」
そりゃそうだろう。
僕が虎太朗くんの立場なら同じ感想を述べると思う。
「ていうことは簡単にいうと九条くんと梅月さんは結婚するってこと?」
「はい」
「いいえ」
僕と花菜さんの相反する答えが重なる。
花菜さんが答え出すとややこしくなるので、その前に僕が説明する。
「許嫁とか、そんなの今どきあり得ません。だからもちろん破棄するつもりです」
「マジで!? いやいや、あり得ねーだろ! 梅月さんと結婚できるんだぞ!? 破棄なんてもったいないだろー! 俺なら絶対結構するぞ」
「虎太朗?」
巡瑠さんに鋭い目で睨まれ、駒野くんはビクッと震えた。
「も、もちろん俺が蒼馬の立場だったらって意味だ。俺には巡瑠がいるから他の女とか興味ないし!」
「まあそのことは後で二人でゆっくり話すとして。九条くんの言うことも理解できるな。そういうので結婚相手を決めるってなんか変だし」
「ですよね」
「梅月さんにも申し訳ないって思ってるんでしょ?」
「もちろんです。こんなことで人生を左右されるなんて言語道断です」
「九条くんらしいなー。優しくて、人のために一生懸命で、そして突っ走るところが」
巡瑠さんはフフッと笑って花菜さんを見る。
「で、梅月さんはどうなの?」
「私は結婚するつもりです」
「親にそう決められたから?」
「そ、そうです」
「ふぅん」
「なんですか?」
「別にぃ?」
ニマニマ笑われて、花菜さんは居心地が悪そうだ。
「今日はお礼をしようと思って九条くんに会いに来たの」
話題を変えたいと思っていたら、巡瑠さんの方から変えてくれてホッとする。
「虎太朗にバイトを紹介して、一緒に働いて、しかもバイト代まで貸してくれてありがとう」
「いえ。それは僕のためでもありますから」
「恩着せがましくないのがまたいいよね。九条くんみたいな人なら私が結婚したいくらいだし」
「えっ!?」
巡瑠さんのジョークに花菜さんはピクッと反応する。
「おい! どういう意味だよ」
「もちろん虎太朗がいなければ、の話だからね」
「さっきの仕返しかよ」
巡瑠さんは笑いながら、チラッと花菜さんを見た。
「ごめんね、梅月さん。焦った?」
「い、いえ。というか、私より蒼馬さんが焦ったんじゃないですか? ほら、ちょっと嬉しそうにしてますし」
なぜか花菜さんは僕が悪いかのようにじぃーっと睨んでくる。
盛大なカミングアウトも終わり、ようやく駒野くんも落ち着きを取り戻してきた。
「しっかし驚いたよなー。情報量多すぎ」
「色々隠しててごめん」
内緒にしていたことを話したからなんだかスッキリしていた。
「整理すると九条は金持ちの御曹司で美少女のフィアンセがいて婚約破棄をしようとしてるってことだな」
「御曹司ってのが引っ掛かるけど、端的に言うとそうだね」
「やべーな。あ、もしかしてこの前俺に言おうとしてたのってこのことだった?」
「あ、う、うん。そうだよ」
本当は恋愛相談だったけど、この状況ではとても言えない。
「このことはみんなには内緒にして欲しいんだ」
「当たり前だろ。言うかよ、こんなこと」
「ありがとう」
色んなことを秘密にしていたけど態度を変えずにいてくれることもありがたかった。
僕が金持ちの子どもというだけで態度を変える人も少なくない。
素晴らしい友人に恵まれて、僕は幸せ者だ。
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ついにバレてしまった二人の関係。
でもまあこの二人なら内緒にしてくれるし、相談もしやすくなるからいいでしょう!
しかしさりげなく手を繋ぐなんて花菜さんもご機嫌ですね!
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