第27話 今さら気付く

「さあ次はいよいよ台湾カステラです」


『最新スイーツマップ』を片手に花菜さんは意気揚々と歩き出す。


「まだ行くの? もう三軒も行ったんだよ?」

「一軒目はパフェ、二軒目はわらび餅、三軒目はかき氷ですよ? まだまだ余裕なはずです。仕上げはいま大注目のマリトッツォなんですからね!」

「甘いものばっかりでしんどくなってきたよ」

「んー……じゃあ一回ハンバーガーでも挟みますか? トマト、レタス、玉ねぎ、ピクルス、そしてアボガドの入ったヘルシーバーガーの店があるんです」

「……一旦食べる以外のことしない?」


 僕の申し出に花菜さんは「仕方ないですねぇ」と思案顔になる。


「じゃあカフェに行きましょう」

「いやそれじゃ一緒なんじゃ……」

「カフェはカフェでも猫カフェです」

「あー、なるほど」

「一度行ってみたかったんです。私の地元にはそういうの、なかったんで」

「じゃあ行ってみよう。僕も行ったことないんだ」


 近くにある猫カフェを検索すると意外に近くにあったので移動する。

 注意事項を聞いて、手を消毒してから店内に入る。


「うわぁ! 猫さんいっぱいですっ」

「猫さん?」

「い、いいじゃないですか、別になんと呼んでも意味が通じれば」

「うん、まぁ……」


 かなり強引な理論だが納得した振りをした。

 どうやらかなりの猫好きらしく目を輝かせて猫を見つめている。

 空中トンネルや猫タワーのあちこちにいるが、皆近付いてこようとはしない。


 警戒しているというよりはこういうところで暮らしているから人間にさほど興味を持たないのかもしれない。


「なんか皆さんこちらを物色しているような目付きです……」

「無理やり距離を詰めず、離れた位置から見てればいいんじゃない?」


 僕の助言に従い、花菜さんは一匹の子猫をジィーッと見詰めていた。

 子猫も何事かと警戒しているのが瞳孔の開き具合で見て取れた。


「そんなに威圧的に見たらダメだよ。ソッと見なくちゃ」

「そんなこと言われても分かりません」


 猫と遊びたいのに遊べない。

 そんな状況に花菜さんは焦れったそうだ。


 仕方ない。

 ここは僕が見本を見せてあげよう。


 猫じゃらしを手に取り、そのとなりにあるタオルケットをかけて隠す。

 そしてその端の方からチラッと猫じゃらしを出して、すぐにササッと引っ込めた。


 すると僕の狙いどおり、子猫は猫じゃらしの動きを見始める。

 だがここではまだ焦ってはいけない。

 猫の方は一切見ず、更にそれを二度三度と繰り返す。

 子猫は次第に飛びかかる体勢に入った。

 花菜さんは固唾を飲んで見守っていた。


 次にぬいぐるみをチラ見せした瞬間──


「にゃあぁあ!」

「きゃっ!?」


 僕たちが狙いを定めていた子猫ではない猫が高い位置から飛び掛かってきた。

 気付いていなかったが、どうやらこの子も僕の猫じゃらしを見ていたらしい。


「かわいい……」


 花菜さんは恐る恐るその猫の頭を撫でる。

 さすがに猫カフェの従業員猫だけあって、そこはサービスで逃げずに触らせてくれる。


「柔らかい……あー、しあわせです」

「そうとう猫好きなんだね」

「はい」

「もしかして飼ってた?」

「いいえ。父が生き物を飼うのが苦手なので」


 サービスタイムが終了したのか、猫は「みゃあ」と一鳴きして立ち去っていく。


「蒼馬さんは猫さんの扱いが上手いですね」

「昔飼ってたから」

「なるほど。それでですか。まるで猫さんの気持ちが分かっているかのようです」

「大袈裟だなぁ」

「私もそれ、やってみていいですか?」

「もちろん。どうぞ」


 花菜さんがチラ見せ猫じゃらし作戦を行うと、先ほど狙っていた子猫がピョンピョンっと元気よく飛び付いてきた。


「んああっ! かわいい!」


 花菜さんは先程より少し慣れた手付きで子猫を撫でる。


「その子はナディアちゃんです。ノルウェージャンの赤ちゃんです。とても人懐っこくて甘えん坊なんです」


 店員さんが説明してくれる。


「へぇ。君はナディアさんって言うんだ」

「みゃぁ」

「かわいいねぇ、んふふ」


 撫でられるのが気持ちいいのか、ナディアさんは花菜さんの膝の上に乗り、丸まった。

 そのとたん、花菜さんは身体を硬直させる。


「ど、どうしましょう、蒼馬さん。ナディアさんが膝の上に」

「首の付け根とか撫でられると喜ぶよ」

「は、はい」


 目を細めて喜ぶナディアちゃんを見て、花菜さんも嬉しそうだった。





「二時間なんてあっという間ですね。もっと遊びたかった」

「また今度来ようね」

「はい。絶対ですよ」


 キリッと言い放つ顔に猫の毛がついていた。


「な、なんで笑ってるんですか?」

「顔に猫の毛がついてるよ、ほら」


 面白くなってひょいと摘まんだ。

 そのとき触れた頬のぷにっという柔らかさにドキッとする。

 顔を触れられて恥ずかしかったようで、花菜さんも顔を赤くした。


「あ、ありがとうございます」

「ほ、頬擦りしたときについたのかな?」

「そうだと思います」


 なんだか気まずくて、だけど不思議とウキウキもしてしまう。


 そこでようやく気がついた。


 ヤバい……

 もしかして僕は花菜さんのことを好きになりかけているのでは!?


 あれほど婚約を破棄して言って自由の身にすることを約束していたのに、今さら好きだからそばにいて欲しいなんて言えない。

 それは彼女の信頼を裏切る行為だ。


 しかも彼女は僕が好意を寄せればそれを無碍むげに出来ない立場である。

 この気持ちを悟られてはいけない。


「どうかしました?」

「い、いいいやっ……なんでもないよっ!」

「あ、そうだ! 猫さんの可愛さにすっかりマリトッツォのこと忘れてました。危ない危ない。さあ行きましょう!」

「う、うん」


 花菜さんはガイドブックを片手に意気揚々と歩き出す。

 こみ上げてきそうな気持ちをグッと押さえてその後をついていった。



 ────────────────────



 ようやく自分の気持ちに気付けた蒼馬。

 猫の気持ちは分かっても女の子や自分の気持ちには気付けないんですね!


 蒼馬の気持ちに変化が生じ、これからの展開に期待です!

 ちなみにマリトッツォのあと二軒もハシゴされました。

 胃もたれした蒼馬の夕飯はお茶漬けでしたとさ。

 めでたしめでたし。


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