第28話 相談の鉢合わせ

 もしかしたら僕は花菜さんに恋をしているのかもしれない。

 そう気付いてから途端に家にいても落ち着かなかった。

 そりゃそうだ。

 片想いの相手が家にいるなんて、普通は絶対にありえないシチュエーションなのだから。


 恋だと確信が持てないのは経験がないからだ。

 花菜さんを見ると胸がきゅっとなるし、笑顔を見たらドキドキする。

 ネットで調べた恋の初期症状と似ているが、確信までは持てなかった。


 誰かに相談できればいいのだけれど、なかなか難しい。

 細かいことを話すとなれば僕の実家のことや花菜さんが許嫁であることまで説明しなければならない。

 そもそも恋愛の相談が出来る相手なんて僕にはいなかった。


 いや、一人だけいた。

 駒野くんだ。

 駒野くんは彼女もいるし、こういうことには詳しいのかもしれない。


 事情を隠し、花菜さんが気になることだけを話してみよう。

 そう決意して駒野くんが部活を終えるのを待って一緒に帰宅した。


「あのさ、駒野くん」

「なぁ、九条」


 話を切り出すタイミングがぶつかってしまった。


「なに?」

「駒野くんからどうぞ」

「俺のは大した話じゃないから。そもそもただの愚痴だし」

「僕も大したことない話だよ。駒野くんから話してよ」

「そうか?」


 駒野くんは「はぁ」とため息を漏らして話し始める。


「実は来週巡瑠の誕生日でさ。プレゼント何にしようって考えてるんだけど……この前二人で街に行ったとき、ヴィトンの前を通りがかったらすげー見てんの」

「あー、女子は好きだよね」

「なんか友だちはみんな高い財布を使ってるらしくて。巡瑠の家はそんなに裕福じゃないから買えないんだよ。受験生だからバイトも出来ないし、そもそもバイトしてた頃も全部家に生活費として入れてたから」

「へー。それはえらいね」

「巡瑠はなんでも自分より人を優先するから。だから俺がヴィトンの財布をプレゼントしてあげたいなって思って」

「素敵だね! さすがは駒野くん」


 感動して誉めると駒野くんは苦笑いして首を振った。


「買ってあげられたらかっこいいよ。でも貯金全額叩いても足りなくてさ。ブランドものってなんであんなに高いんだよって愚痴。グッチだけに。あ、ヴィトンか」

「そうなんだ……」


 彼女思いの駒野くんをなんとか助けてあげたかった。


「あ、だったらバイトしたら?」

「今からか? 間に合わないし、そもそも部活あるから」

「朝の新聞配達とかは? あれなら給料もいいし、朝早いから部活や学校に支障なく出来るよ」

「そんな都合募集してるかな?」

「知り合いに新聞屋さんいるから聞いてみるよ!」




 父さんの知り合いで僕も子供の頃から遊んでもらっていた新聞屋さんの新見さんに事情を説明した。


「給料前借りの短期バイトね。もちろんいいよ」

「あと僕の素性は明かさず、ただのバイトみたいに扱って欲しいんです。お願いします」

「え? 蒼馬くんも働いてくれるの?」

「はい! いいですか?」

「そりゃ構わないけれど」

「それじゃ明日の朝からお願いします」

「了解」


 話がまとまってほっとする。

 さっそく駒野くんに連絡すると驚きながら喜んでくれた。


 明日から早起きしなきゃいけないので早く寝ないとな。

 ウキウキしながら家に帰った。


「なんかいいことあったんですか?」


 僕の顔を見るとすぐに花菜さんが問い掛けてきた。

 そんなに表情に出ていたとは知らず、ちょっと恥ずかしくなった。


「実は──」


 事情を説明すると花菜さんは不思議そうに首をかしげた。


「駒野くんが彼女のためにバイトするところまでは分かりました。でもなんで蒼馬さんまで働くんですか?」

「そりゃ二人で働いた方が早く稼げるから」

「蒼馬さんの給料まで駒野くんにあげるんですか!?」

「あげないよ。貸すだけ。それに全部じゃない。僕だって買おうと思ってるものがあるんだから」


 そう答えると花菜さんは「やれやれ」という顔で笑った。


「本当に蒼馬さんは人がいいというか、なんというか……優しいんですね」

「優しいんじゃないよ。これも──」

「これも自分のため、ですよね」

「そういうこと」

「勉強の支障になりませんか?」

「数週間だけだし、問題ないよ」

「明け方は事故が多くて危ないんですよ?」

「気を付けるから大丈夫」


 花菜さんは呆れたようにため息をつく。


「どうしたの?」

「まぁ、こんなこと言うのも失礼ですけど……そもそもお金ならあるんですからそれを貸せばよくないですか? それを駒野くんがバイトして返せばいいんです」

「それじゃなんだか気持ち悪いでしょ。やっぱり一緒に働いてお金を稼ぎたいんだよ」

「……そうですか。分かりました。じゃあ朝御飯は配達が終わってからですね」

「ごめんね。ありがとう」


 花菜さんもなんとか渋々ではあるけれど折れてくれた。

 僕に事故があったら花菜さんにも迷惑がかかる。

 気を引き締めて配達をしなくちゃな。




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 人助けではなく自分のため。

 それが蒼馬のぶれない信念です。

 相談はし損ねてしまいましたが、これはこれで頑張って欲しいものですね!


 豆知識

 蒼馬の実家は輸入業からはじまり、不動産やレストランの経営など事業は多岐にわたります。

 いろんな所にたくさんの伝手があるようです。



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