第26話 公認浮気?

「昨日のあれはないって。絶対敵が潜んでるの分かるでしょ?」

「そんなの分からないだろ。たまたまポーションが落ちてることもあるし」

「中盤戦でポーション釣りはセオリーだから」


 朝のホームルーム前の時間。

 愛瑠はいつも通り昨日のゲームのダメ出しをしてきた。

 一緒に登校してるのになぜかそのときはそれほど会話をせず、教室についてからやけに話しかけてくる。

 大抵朝のこの時間は二人で会話をしていた。


「まったく。ボクが助けたからよかったようなものの」

「頼りにしてるよ、リーダー」


 朝の教室はいつもながら賑やかだ。

 花菜さんは今朝も黒瀬さんたちと会話をしている。


『高瀬は梅月さんに人気を奪われ、逆恨みしてるかも』


 昨日の駒野くんの言葉を思い出し、つい様子を窺ってしまう。

 でも朗らかに話しているし、そんな雰囲気は感じられなかった。


「ちょっと! ボクと話してるのにどこ見てるんだよ」


 愛瑠は僕の頬をぱちんと両手で挟んで、顔をぐいっと正面に向けさせてくる。


「ごめんごめん」

「ったく。いつも家で見てるんだから、学校くらいボクを見てよね」


 愛瑠はジトーッと睨んでくる。


『愛瑠はお前が好きだから学校に来られるようになったんだよ』


 そちらの台詞も思い出す。

 そんなわけない。

 僕を見る目も、話し方も、態度からもそんな気配は一切感じられなかった。

 駒野くんの思い過ごしだろう。


「しっかし暑くなってきたよねー」


 愛瑠はバサバサとスカートで風を扇ぐ。


「ちょっとっ! スカートの中見えちゃうよっ」

「下にスパッツ穿いてるからだいじょーぶ」

「い、いや、それでも」

「ちなみにスパッツの下はライムグリーンの水玉パンツだよ」


 こそっと耳打ちで伝えてくる。


「そ、そんなこと聞いてないし。ていうかせっかく隠してるのになんで教えてくるんだよ!」

「照れるな、キモい」


 愛瑠はケタケタ笑いながら僕をぺちぺち叩く。

 完全に恋する女の子の態度ではない。




 放課後は書店に寄ってから家に帰る。

 参考書を買うだけの予定だったけれど、最新パワー半導体の仕組みについての本も購入してしまった。

 レジに向かう最中、棚に大量に積まれている本が目に入った。


「最新版大人気スイーツマップ……こんなのあるんだ」


 今までは気にしたこともなかった類いの雑誌なのに気になってしまう。


 花菜さん、スイーツ好きだよな……


 ふとした瞬間に花菜さんを思い出すことが増えてきた。


 花菜さんは美味しいものを食べたとき、驚いた直後に「んああっ!?」と奇声をあげて蕩けるような笑顔に変わる。


 その顔を思い出して頬が緩んでしまった。

 僕の生活にすっかり花菜さんが馴染んでしまっている。

 花菜さんのことを思い出すと、妙に胸がドキドキして、嬉しいような緊張するような不思議な感覚に襲われてしまう。





「ただいまー」

「お帰りなさい」


 花菜さんは既に帰宅しており、浴室を掃除していた。


「あ、お風呂掃除、僕の当番じゃなかったっけ!? ごめん!」

「気になされないでください。そもそも私の仕事ですから」

「代わるよ」

「もう終わりましたから」


 花菜さんは無表情で泡をシャワーで流す。

 最近はもう少し表情も出て来ていたのに、今日の花菜さんはなんだかここにやって来た当初のような感じだった。


「遅かったですね。愛瑠さんとデートですか?」

「そんなわけないだろ。本屋さんに行ってただけだよ」


 正直に説明すると、なぜかキッと睨まれてしまう。


「書店デートですか。最近は中に喫茶店を併設しているところもありますもんね」


 ツンとした態度でキッチンの方へと歩いていく。

 誤解されたままなのは嫌なのでそのあとを追った。


「一人で行ってたんだよ」

「勘違いしないでくださいね。私は──」

「『私は夕食の時間を気にしてるだけですから』、でしょ?」


 無視させないように花菜さんの前に回り込んで瞳を見る。

 花菜さんは「はぁ」とため息をついて小さく首を振った。


「いいえ。違います」

「じゃあなに?」

「勘違いしないでくださいね。私は別に蒼馬さんが浮気したって構いません」

「……は?」

「私は蒼馬さんと結婚するためにここにいますので、結婚はしてもらわないと困ります。でも浮気するのは仕方ないです。蒼馬さんも男性ですし、それに女性の好みとかもあるでしょうし」

「……なにそれ。花菜さんはそんな気持ちで僕と結婚しようと思っていたの?」


 浮気するような人に見られたというのが腹立たしいのではない。

 そんな冷えきった気持ちで結婚しようと考えていたことが腹立たしかった。


「束縛したくないって意味です。面倒な人と暮らしていくのは蒼馬さんも疲れると思いまして」

「浮気していいなんて、人としてどうかしてるよ。そんな考えの人と一緒に暮らす方がよっぽど疲れる」


 さすがに呆れ果ててしまった。

 冷たく言い放つと花菜さんは珍しく視線を泳がせて顔を伏せた。

 感情が爆発しそうだったのでそのまま自室に戻り、ベッドに転がる。


 短い間だけど一緒に暮らして、少しは花菜さんのことを理解してきたつもりだった。

 でもそれは勘違いだったようだ。

 浮気されても構わないだなんて、普通の考え方ではない。

 少なくとも僕には受け入れられない倫理観だ。


 コンコンッ……


 控え目なノックが聞こえた。


「なに?」

「失礼します」


 花菜さんが申し訳なさそうな顔をしてやって来た。


「さっきはすいません。あんなことを言うなんて、どうかしてました。失礼しました」

「婚約破棄されたら困るからそんなこと言っ──」

「やっぱり浮気されるのは嫌ですっ!」


 花菜さんは涙目で僕を睨んでいた。


「えっ?」

「蒼馬さんに愛されないまま結婚するのは仕方ないにしても、浮気されるのは嫌です」

「は、はぁ……」

「蒼馬さんも悪いんですよ? 学校であんなに愛瑠さんと仲良くされているのを見せつけられたら、私だって不安になります」

「愛瑠は友だちだから」

「そんなの関係ありません。不安なものは不安なんです」


 いつも冷静で感情をあらわにしない花菜さんが駄々をこねるように素の姿を見せるのはなんだか可愛くて面白かった。


「なに笑ってるんですか? 私は怒ってるんですよ」

「ごめんごめん。お詫びに」


 鞄から先ほど買った『最新スイーツマップ』を取り出す。


「今度の休み、スイーツを食べに行こう」

「んああっ!? なんですか、それは!」


 花菜さんは目を輝かせて本を開く。


 モノで釣るような真似をしてちょっと胸が痛んだけど、それ以上に喜ぶ花菜さんを見て嬉しくなっていた。


「この本を書店で見かけてさ。花菜さん喜ぶかなって思って買ってきた」

「こ、こんなものに騙されないんですからね」

「そっか。ごめん。じゃあスイーツ巡りは中止するね」

「そんなこと言ってません! その、スイーツデートの結果次第では許すかもしれません」


 怒りと照れとスイーツの誘惑でぐちゃぐちゃになった花菜さんはとても可愛かった。




 ────────────────────



 花菜さんの色んな面が溢れ出る回でした。

 心配しなくても蒼馬は浮気なんかする男じゃないよ!って教えてあげたい


 だんだんクールなキャラが崩壊してきた花菜さん

 更に恋をしてとろとろになっていくのでしょうか?


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