第16話 本当の『借り物』

 結局クラスの順位は学年で三位という結果に終わった。

 スポーツエリートの八組がダントツのトップだったので、二人三脚を勝ったところで結果は変わらなかっただろう。




 幸い愛瑠の怪我の具合は大したことなかったが、一応おばさんが来るまで迎えに来た。

 娘が怪我をしたことで心配しているのかもしれない。


「すいません、おばさん。僕がもっと愛瑠さんのペースにあわせて走ればこんなことにはなりませんでした」


 謝罪するとおばさんはポカンとした顔になり、次の瞬間笑った。


「なに言ってるのよ、九条くん。二人三脚に転倒なんてつきものでしょ。それにこの子がボーッとして転んだって本人から電話で聞いてるし」

「いや、でも怪我をさせてしまったのは事実なので」

「それよりも私は九条くんに感謝してるの。ありがとう。引きこもりだったこの子を体育祭に参加するまでに更正させてくれて」

「引きこもりじゃない。不登校なの! 全然違うから!」


 よく分からないプライドで愛瑠は反論する。


「それは僕が誉められることじゃないです。愛瑠さんが自分で頑張った結果です。だから誉めるなら愛瑠さんを誉めてください」


 僕はただ応援しただけだ。

 本心で伝えるとおばさんは目をウルウルさせ始めた。


「九条くん」

「はい」

「よかったら愛瑠と結婚してくれないかしら」

「はぁあ!? え、いや、それは」

「ちょっ、ママ! なんつーこと言い出すのよ!」

「だってこんな素敵な男の子、もう二度と巡り合わないかもよ? さっさと付き合って唾つけときなさい」

「もー、最悪。なに言ってんのよ!」


 愛瑠は顔を真っ赤にして怒る。

 そりゃそうだ。

 愛瑠はへんてこなデカ眼鏡をかけて髪をざっくり雑に切っているが、そもそも超がつくほどの美少女だ。

 僕のような冴えない男と釣り合いが取れるような人じゃない。

 拒否るのは当たり前だろう。


 一緒に車に乗って帰ろうというおばさんの誘いをなんとか固辞する。

 おばさんと話しているうちにクラスのみんなは帰宅していた。


 体育祭の片付けは実行委員と教師、有志の運動部が行っている。

 先ほどまでの熱気はなく、夢の跡という物寂しさがあった。


「はぁ……疲れた」

「お疲れ様でした」

「うわっ!? ビックリした!」


 木の陰からひょこっと梅月さんが現れて思わずる。


「そんなに驚かないでください」


 言葉と裏腹に俺のリアクションに満足そうな表情を浮かべていた。


「みんなと打ち上げに行ったんじゃなかったの?」

「誘われましたが疲れたと言って辞退しました」

「せっかくだから行けばよかったのに」

「なんですか、その言い方は。せっかく蒼馬さんを待っていてあげたのに損した気分です」

「あ、ごめん。待っててくれたんだ」

「さあ帰りますよ」


 プイッと背を向けて歩き出した。

 いま一瞬顔が赤かった気がするけど、きっと夕日の加減なんだろう。


 グラウンドを横切ろうとすると実行委員の巡瑠さんがニヤニヤしながら駆け寄ってくる。

 なぜか梅月さんはビクッと震えて顔をひくひくさせていた。


「おー、いま帰りなのかな、お二人さん」

「はい。後片付けお疲れ様です」


 巡瑠さんの顔を見て、ふと借り物競走のことを思い出す。


「しかし九条くんが梅月さんのアレだとはねー」

「アレってなんですか?」

「早く帰りましょう、蒼──九条くん」


 突然梅月さんはそわそわしだす。


「惚けちゃって。借り物競走の件だよー。聞いたんでしょ、九条君が借り物として選ばれた理由」

「ああ。クラスメイトだったんですよね? そんなの僕だけじゃなくてたくさんいますよ。たまたま僕が目に入っただけで」

「クラスメイト? あー、そういう説明をされたんだ。ふぅん」

「違うんですか?」

「どうかなー? そういうことは本人から聞いた方がいいんじゃない?」


 巡瑠さんは梅月さんを見てニマニマしている。


「が、帰りますよ! さようなら、先輩!」

「わ、ちょっと梅月さんっ」


 梅月さんは僕の手を引いて走り出す。

 巡瑠さんはにやけっぱなしで手を振っていた。




「あの、梅月さん」


 校門を出てしばらくしてから声をかける。


「なんですか?」


 なにも聞くなという目で睨まれてしまった。

 本当は借り物競走のカードになにが書いてあったのかなんて質問が出来る空気じゃない。


「い、いや。なんでもない。体育祭、案外楽しかったね」

「はぁ……やっぱりそうやって気を遣われるのも逆に疲れますね」


 梅月さんは諦めたようにため息をついた。


「本当の借り物をお教えします。皆さんには内緒ですよ。もちろん愛瑠さんにも」


 そう言いながら梅月さんはカードを僕に渡してきた。


「見ていいの?」

「変に誤解されるよりましですから」

「別に変な誤解とかはしてないけど」


 カードを開いて確認すると──



『一番仲のいい友だち』と書かれていた。


「仲のいい友だち? 僕が?」

「て、転校して日が浅いんだから仕方ないじゃないですか!」

「黒瀬さんとかいるじゃない」

「それほど仲がいいというわけではありません。というか、ああいうノリの人はちょっと苦手です」

「そうなんだ? 意外」

「一体蒼馬さんの中で私はどんな評価なんですか」


 気に障ってしまったようで、ちょっとムッとされる。


「なんというか、クラスの中心的な存在っぽいじゃない、梅月さんって。だから前の学校でも黒瀬さんたちみたいな人と仲良かったのかなって」

「そんなことありません。あの人たちはちょっと距離感が掴みづらくて苦手です」

「そうなんだ」


 普通に接しているからすっかり仲良くなったと思っていたが、そうでもないようだ。


「特に馴れ馴れしく触ってこようとするあの森尾くんっていう男子は苦手です」

「あー、確かにあの人は距離感バグってるかも」

「一度先生に伝えて注意してもらったのですが、改善されなくて困ってます」


 本気で嫌なのだろう。梅月さんは顔をしかめていた。


「それに比べたら蒼馬さんは、まあ紳士的だし、気遣いができるんで。考えたら一番親しい友人は蒼馬さんさんかなと」

「へぇ。ありがとう。嬉しいよ」

「仮にも許嫁に友人だと言われてるのに嬉しいんですか?」

「そりゃ嬉しいよ。ありがとう」

「なんなんですか、もう……」


 梅月さんは僕を置いて早足で歩く。


 友人として認めてくれたんだ。


 彼女の背中を追い掛けながら、嬉しくてちょっとだけにやけてしまった。




 ────────────────────



 そういうわけで借り物競争クイズ、正解は『一番仲のいい友だち』でした!


 そこまで劇的な内容じゃなくてすいません


 ぴったり正解の方はいらっしゃいませんでしたけど、ゆうさんが『一番仲のいい異性』とほぼ正解でしたので正解者とさせていて頂きます!

 おめでとうございます!


 ゆうさんには本作が書籍化された際、サイン本を差し上げます!

 気長にお待ちください!


 さてまた一歩前進した蒼馬と梅月さん。

 今後どう進展していくのでしょう?

 猛追してくる愛瑠が気になりますが、頑張れ梅月さん!

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