第15話 二人三脚

 二人三脚リレーが近付き、参加者が集合地点に集まってくる。

 でも競技前から足を繋いでいるのは僕たちくらいだ。


「蒼馬、絶対一位になろうね」

「気合い入ってるな」

「そりゃそうだよ。ボクたちの相性は抜群だからね!」

「そうだな。でもリレーだからどの順位でバトンが回るかにも依るよ」

「アンカーだもんね。頑張ろう!」


 練習を始めた頃は転びまくってた僕らも、いまや掛け声をあわせて走れば転ぶことはない。

 その成果が認められ、アンカーに指名されていた。



 前の競技が終わり、いよいよ二人三脚の番になる。

 ここまでの結果で僕ら二年四組の順位は二位だ。

 二人三脚の結果は重要だ。

 アンカーだから競っている場合は僕たちの活躍がクラスの命運を決めることとなる。


「あー、ヤバい。緊張してきた」


 愛瑠の顔からは先ほどまでの余裕が消え、少し青ざめている。

 人前に出るのが苦手な上に転ばないか緊張しているんだろう。


「大丈夫だよ。リラックスして」

「そんなの無理。一発勝負なんだよ? 緊張するってば」


 愛瑠が不安になる気持ちは分かる。

 これまで練習してきたことがすべてここで決まるから怖いのだ。

 どれだけ練習でうまくいっていてもここで失敗したらすべてが無駄になる。

 受験などと同じだ。やり直しが効かない。

 でも──


「失敗してもいいんだよ」

「いいわけないでしょ! すっごく頑張ってきたのに」

「楽しめればいいんだよ。二人三脚で失敗したって明日には笑い話だ。そんなことより楽しんで走ろうよ」


 強張ってる肩をポンポンと叩くと、愛瑠はほふっと大きく息を吐く。


「だよね。ごめん。ありがとう、蒼馬」

「僕が転んだときの言い訳を先にしておいただけだから」

「なにそれ。ボクがコケても笑い話にするけど蒼馬がコケたら一生いじり倒すからね」

「なんでだよ」


 無駄な力が抜け、愛瑠はいい顔で笑った。

 これで少しはプレッシャーも抜けてくれただろう。


 予想通り各組転び回ってリレーは抜きつ抜かれつのデッドヒートだ。

 僕ら四組は比較的健闘しており、常に二番手、三番手を争っている。


 ふとクラスの応援席を見ると梅月さんはみんなに囲まれて応援していた。

 男子も女子もいわゆるカースト上位のイケてる集団の中心にいる。

 その光景になんだか少しモヤッとしてしまった。


「なにボーッとしてるの。集中してよね」

「あ、ごめん」


 愛瑠に注意され、気を引き締め直す。


 いよいよ僕たちアンカーの番となる。

 順位は三位だ。

 八クラス中三位だから悪い順位ではない。


「いくぞ、愛瑠!」

「うんっ!」

「いち、に、いち、に!」


 最初の一歩というのが一番大切なので呼吸を揃える。

 追いかけてきていた五組は焦ったのか、足踏みもせずいきなり走ろうとして転倒していた。


「いち、に、いち、に!」


 僕たちは堅実にゆっくりスタートし、徐々に速度を上げていく。

 前を走っていた一組は追い上げてくる僕たちに焦ったのだろう、だんだん足がもつれてきている。

 それでも立て直さず強引に速度を上げようとし、結局転んでしまっていた。

 僕らはその脇を着実に抜いていった。


「いい、ぞ、愛、瑠。その、調子」


『いち、に、いち、に』の号令で声をかける。


「蒼、馬も、なか、なか、上手、だよ」


 もう愛瑠も緊張などしていなかった。

 朗らかに笑い、楽しんで走っている。


 一位を走る八組の背中も見えてきた。

 八組は運動部が揃う強豪クラスだ。


 ちょうど僕たちのクラスの応援席の前で追い付きかけた。


「頑張って、蒼馬さんっ!」


 梅月さんの声援が聞こえた、その瞬間──



「ぬわぁあっ!?」

「おおっと!?」


 いきなり愛瑠の足がペースを乱し、よろけた。

 かなりの勢いで走っていたから止まれるわけもない。

 咄嗟に愛瑠を庇おうと抱き止めたが、時すでに遅し。

 豪快にコケてしまった。


「痛たたたっ!」

「大丈夫!?」

「膝擦りむいちゃった」

「わっ!? 血が出てる」


 慌てて足首を繋いだロープをほどこうとしたが、愛瑠に止められる。


「だめ! ゴールまで行こう。お願い」

「でも」

「いいの! 蒼馬とゴールしたいの!」

「分かった。痛かったらすぐやめるからね」

「ありがとう」


 立ち上がり、肩を貸しながらゴールを目指す。

 傷口が痛むのか、愛瑠は歩くのがやっとだ。


「捻って捻挫とかしてない?」

「うん。それは平気」


 ノロノロとした歩みだから後ろから来たクラスに次々抜かれる。

 あと少しでトップだったのにあっという間に最下位になってしまっていた。


「歩ける? ゆっくりでいいからね」

「ごめん……ボクのせいで」


 ノタノタと歩いているとうちのクラスの応援席から駒野くんの声が飛んできた。


「頑張れ! あと少しだぞ!」

「手束さん、九条くん、頑張って!」


 駒野くんに続き、梅月さんも大声で声援を送ってくれた。

 それを契機にクラスメイトが、そして次第に全校生徒から声援が送られた。


「頑張れ!」

「もうちょい!」

「無理しないでね!」

「手束さん、ゆっくりでいいからね!

「九条、焦るなよ!」


 温かな言葉に励まされた愛瑠は、少し恥ずかしそうにしながらも懸命に歩を進める。

 ゆっくりとした足取りでゴールすると、うちのクラスだけでなく会場中から盛大な拍手が沸き起こった。

 声援を浴びた愛瑠は悔しさとか恥ずかしさとかで顔が真っ赤だ。

 泣き出す前にグラウンドの端の方へと移動した。


 保健室に連れていくべきなのだけど、今は感情が高ぶりすぎだ。

 大怪我ではないし、少し落ち着いてから連れていった方がいいだろう。


「いやぁ、思い切りコケちゃったね!」


 きっといま、愛瑠は申し訳ない気持ちで一杯だ。

 それを笑い飛ばすため、僕は明るく振る舞った。


「ごめん。ボクのせいで」

「はぁ? 二人三脚でコケたのにどっちが悪いとかないから」

「でも……」

「二人の呼吸が乱れた。それだけが原因だよ」

「……ううん。梅月さんが『蒼馬さん』って呼んだのが聞こえて、ビクッてなっちゃったの。だからボクのせい……」

「だったら私のせいですね」

「う、梅月さん」


 いつの間にか梅月さんが僕たちのそばに来ていた。


「つい応援に夢中になって『蒼馬さん』って呼んでしまいました。すいません」

「別に謝ることじゃないし」


 愛瑠はサッと目を逸らし、ボソボソっと呟く。


「普段学校以外では『蒼馬さん』と呼んでます。これは決められたことだからそう呼ぶようにうちの親に言われているからです。スティーブン・スピルバーグをスピルバーグ監督と呼ぶのと同じ原理です」


 なにがどう同じなのかはよく分からないが、ようは『ファーストネームにさん付け』なのは固有名詞という意味なのだろう。

 親しみや尊敬などの感情は入っていないという説明だ。

 そんなことははじめから分かってはいるけど、ちょっとだけ凹んだ。


「応援、ありがと……」


 愛瑠は斜め下の地面を見たまま、赤い顔をして呟いた。


「聞こえたから。一応、お礼」


 それだけ言うと愛瑠はヒョコヒョコと足を庇いながら無理に走り出す。


「ちょ、危ないよ! ごめん、ありがとうね、梅月さん。また後で」


 慌てて愛瑠を追い掛ける。

 梅月さんは『やれやれ』といった顔で小さく手を振っていた。



 ────────────────────


 実は私はものすごく緊張しやすい人間です。

 関西弁でいう『緊張しい』です。

 なぜ緊張するのかと考えましたが、恐らく本番で失敗したらこれまでの努力が無駄になるということじゃないかなと思いました。


 作中で蒼馬が言った言葉は私がそう励ましてほしいという願望です。


 さて、本当の借り物クイズはまだ募集中です。

 惜しい解答、面白い解答など様々で、ニヤニヤしてます。


 奮ってご応募ください!


(割れ窓案件が発生したので対応しました。感想でのご意見、ありがとうございます。参考にさせて頂きます)

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