第13話 スイーツ好きの梅月さん

「そもそも蒼馬はなんで花菜さんがお前を好きじゃないと決めつけてるんだ? 花菜さんに直接訊いたのか?」

「訊いてはいないけど……」

「じゃあ分からないだろ。勝手に決めつけるのはよくないぞ」

「訊かなくたってそれくらいは分かるてっば」

「蒼馬の方はどうなんだ? しばらく一緒に暮らしてみて、最初の頃と印象は同じか?」

「それは、まぁ……印象は変わってきたけど……」


 素性の知れない美少女だった梅月さんも、しばらく一緒に暮らしていまは一人の人間として見ることが出来ている。


 意外と優しいところがあったり、気を遣ってくれるところもあって、いい人なんだと感じていた。

 もちろんあんな美少女に恋心を抱くほど図々しくはないけれど。


 そんな僕の心情を見透かしたような顔をして、おじいちゃんは僕の背中をポンポンと叩く。


「しかし知らないうちに蒼馬も成長したな」

「え? そうかな?」

「困ってる人を見過ごせない優しい人間になってて、おじいちゃんは正直嬉しいよ。あれだけ拒んでいた家督を継いででも花菜さんを助けてあげたいなんて正直驚いた」

「大袈裟だなぁ。そんなに大したことじゃないよ」

「これも花菜さんのおかげかな?」


 おじいちゃんはニヤニヤ笑いながら僕の顔を見る。


「でもまあ、うちを継ぐのにはちょっと優しすぎるけどな」

「やっぱり僕には向いてないのかな?」

「さぁな。それはこれから蒼馬がどう成長するかによるだろう」


 やはりおじいちゃんは答えを教えてくれない。

 僕が自分で考え、経験し、学ばなくてはいけないことだからだろう。





 帰りにおじいちゃんから勧められた店でケーキを買ってマンションへと戻る。

 すでに梅月さんは帰宅しており、制服にエプロンをつけて夕食の支度をしてくれていた。


「お帰りなさい。遅かったですね」

「あ、えっと……」


 おじいちゃんのところに行って婚約解消の話をしてきたと隠さずに言うつもりだった。

 しかし梅月さんの実家への融資の話は梅月さんにも話してはいけないと口止めされている。

 余計なことを話してボロが出てはいけないという気持ちで言葉が詰まった。


「あっ!? それって!?」


 答えに窮する僕をよそに梅月さんは俺の持っていたケーキの箱に反応する。

 目を大きく見開き、唖然とした表情だ。


「え? これ?」

「それって有名なお店のやつですよね! もしかしてそれを買いに行ってて遅くなったんですか?」

「そ、そうだよ。知ってるんだ、このお店」

「はい。写真とかで見ただけですけど、美味しそうだなと思ってました」


 普段クールな梅月さんが少し興奮している。珍しいことだ。

 もしかするとおじいちゃんはこんな展開を予想して、あの店でケーキを買って帰るようにアドバイスしたのだろうか?

 相変わらずおじいちゃんは鋭い人だ。


「よかったら食べる? 梅月さんの分も買ってきたんだ」

「い、いいんですか! ありがとうございます!」

「桃のケーキとイチゴショートなんだけどどっちがいい?」


 箱を開けて見せると梅月さんはキラキラと目を輝かせながら苦悶の表情になる。


「うわぁ! なんて罪作りな選択肢を用意しちゃったんですか! こんなの選べるわけないじゃないですかぁー、もうっ!」

「好きな方でいいよ」

「ゆ、夕食のあとまで待ってください。それまで考えておきますから!」

「そんなにかかるの!?」




 夕食のあと、また子どものようにはしゃいで熟考の末、桃のケーキを選んだ。

 梅月さんは宝石でも扱うような恭しい手つきでケーキをお皿に移していた。

 そしてキラキラと輝く目でケーキを一口食べる。


「んああー! 美味しい!」

「え?」


 いま変な奇声あげなかった?

 歓喜の声をあげたあと、梅月さんは顔を赤くして慌てて口を手で押さる。


「……さすがに話題のお店だけあって美味しいですね」


 先ほどの魂の叫びみたいな声はなかったことにしようとしてる!?

 本当に美味しいときはあんな声をあげるんだろうか?


「喜んでもらえてよかったよ」

「私の分まで買って来てくれてありがとうございます」

「当たり前だよ。こういうのは誰かと一緒に食べるから美味しいんだよ」

「そうでしょうか? 同じものなので味的には変わらないと思いますけど」


 真顔で首を傾げるところを見ると本気で言ってるようだ。


「そりゃ味は変わらないけど……なんというか同じものを食べて美味しいってことを伝えあえる人がいるとより美味しくない?」

「同じものではありません。迷いに迷った末に桃にしたんですから」

「いや、そういう意味じゃなくて」


 梅月さんはジィーッと俺のケーキを見詰めていた。


「イチゴの方も食べてみる?」

「いや、そんなの悪いです。それは蒼馬さんの分ですから。本当にいいんですか?」

「『本当にいいんですか?』が早すぎるよ」


 笑いながらケーキのお皿を梅月さんの方に向けると、遠慮と欲望がせめぎあった顔で結局大きめの一口食べる。


「んああー!」

「イチゴも美味しいでしょ?」


 梅月さんは幸せそうな顔でコクコクと頷く。


「一緒に食べたら幸せって理解出来ました! 二つの味が楽しめたら喜びも二倍ですもんね!」

「ちょっと違うけど、分かってもらえて嬉しいよ」

「桃の方も一口食べてみます?」


 ケーキを隠すような姿勢で訊いてくる。


「いや、いいよ」


 エサを死守しようとする動物みたいで可愛い。

 さすがにもらうとは言いづらかったので断る。


「あー、美味しかったです! ごちそうさまでした」


 両手を合わせてニパッと笑う。

 その笑顔が可愛すぎて、思わずドキッとしてしまった。


「ケーキ好きなんだね」

「ケーキに限らず甘いものが好きなんです。ふ、太るからあまり食べないですけど」

「そう? 痩せてるのに」


 率直な感想を言うとなぜか梅月さんはじとっと睨んできた。


「嘘つき。裸を見たから意外とぽよんとしてるの知ってるはずです」

「ぽ、ぽよんとしてたのは、その、おっぱいくらいだと思うけど……」

「わ、脇腹もポヨンとしてます!」

「そんなにじっくり見てないから分からないよ!」

「じゃ、じゃあセーフですね」


 おっぱいは見られてもお腹を見られなければセーフなのか!?


 梅月さんの思考回路はまだまだ不明な点が盛りだくさんだ。





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 最近影が薄かったヒロインですが、今回は全力登場です!

 意外と甘いものに目がないという新事実発覚です。

 あと脇腹を気にしているという事実も。


 スイーツ餌付けで好感度を上げた蒼馬でした!


 ちなみに梅月さんは洋菓子だけでなく、和菓子や中国、台湾、東南アジアなど世界各国のスイーツ好きです。



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