第44話 婚約破棄!?

 大きく深呼吸をしてからドアを開ける。


「ただいまー」


 返事はなかったが奥で料理をする音が響いていた。

 自分の家とは思えないくらい緊張しながらリビングへと向かう。


「ただいま」


 もう一度キッチンの花菜さんに声をかけると、非難がましくチラッと見てボソッと「おかえりなさい」と返してきた。

 花菜さんをおいて愛瑠と二人で帰ったことを怒っているのだろう。


 なんとなく重苦しい空気に、告白しようと思っていた気持ちも折れかけてくる。


「テストも終わったし、もう夏だね」

「そうですね」

「夏休みはどうしよう? どこか旅行に行く?」

「いえ。私は行きませんので愛瑠さんとでもどうぞ」

「なにそれ? 別に愛瑠と旅行なんて行かないって」

「痛っ」


 花菜さんは包丁で指を切り、血を流していた。


「わ、大丈夫?」


 慌てて絆創膏を持って駆けつける。

 花菜さんが包丁で指を切るなんて始めてのことだ。


「どうぞお構いなく」


 花菜さんは自分で絆創膏を貼り、調理に戻る。


「花菜さんはなにか夏の間にしたいことあるの?」

「実家に帰ります」

「おー、いいね。柚芽ちゃんも喜ぶし、僕もお父さんお母さんに挨拶したいから」

「いえ。私一人で帰ります」

「そうなの? 僕が行くと迷惑かな?」


 花菜さんは包丁をことっと置いて深く息を吸ってからこちらを見た。


「帰省じゃなくて実家に戻るんです。婚約も破棄して高校も転校します」

「えっ!?」

「嬉しいですか? 蒼馬さん、ずっと婚約破棄したがってましたもんね。おめでとうございます」

「ちょ、ちょっと待ってよ」

「離して!」


 花菜さんは僕の手を振り払い、自室に逃げ込んでしまった。


「どうしたの? 話をしよう、花菜さん」

「話し合うことなんてありません。婚約解消はずっと蒼馬さんが望んでいたことじゃないですか」

「それは花菜さんが自由になって、笑顔で暮らすためだ。でもさっきの花菜さんは泣いていた」


 そう。

 花菜さんは自室に駆け込む寸前、瞳に涙をためていた。


「泣いてなんていません。蒼馬さんの見間違いです」

「そっか。ごめん。じゃあ理由だけでも聞かせて。なんで突然婚約を破棄するなんて言い出したの?」


 見間違いとは思えなかったが、追及されたくないことを聞くよりも大切なことを訊ねた。

 しかし扉の向こうからは返事がなかった。


「僕が嫌いになったから?」

「……そうです」


 すごく長い間を開けて静かな声で返答してきた。

 その瞬間、胸に鋭い痛みを覚えた。


「そっか……それなら仕方ないよね。ごめん。僕みたいに頼りなくて、現実を見てない夢を追いかけてるような奴とは結婚出来ないもんね」

「そんなことは言ってません」

「いや、いいんだ。実際僕が花菜さんの立場でも同じことを思う」

「違いますから!」


 勢いよくドアが開き、目を真っ赤に充血させた花菜さんがこちらを睨んでいた。


「嫌いになったのは嘘です。でもそうやって勝手に自分を下げて、納得して、相手のために引き下がるみたいなところは嫌いです」


 花菜さんの眼光は強く、鋭かった。

 僕にはない強さを持つ瞳だ。


「嫌いじゃないならどうして?」

「自分が嫌いになりそうだからです」

「花菜さんが花菜さん自身を? どういうこと?」

「言いたくありません」


 花菜さんはキュッと眉に力を込め、視線を逸らさずに答えた。


 花菜さんに僕の思いを伝えなくては。


 確実に今じゃない。

 それは分かっていた。

 でも今しかない。

 そうも感じていた。

 ここで逃げては愛瑠に会わせる顔がない。

 フラれることを恐れずに気持ちを伝えたかった。


「僕は花菜さんのことが好きだ。友だちとしてでなく、女性として花菜さんを愛している」

「……え?」


 場違いなことを唐突に言い出し、驚いた花菜さんの瞳が揺らぐ。


「親同士が勝手に決めた婚約に運命を振り回される花菜さんを助けたい。はじめは本気でそう思っていた。でも花菜さんを知るにつれてどんどん引き込まれていったんだ」

「わ、私を知って、ですか? つまらない人間だと思いますが……」

「そんなことないよ。普段はクールなのに美味しいものを食べると顔をふにゃふにゃにして喜ぶところとか、甘えたいのに甘えられなくて余計ツンツンしちゃうところとか」

「な、なんですか、それは! ダメなところばっかりじゃないですか!」


 花菜さんは顔を赤くして反論する。


「ダメなところなんかじゃないよ。可愛いところなんだ。むしろ常に完璧で隙がない人なんて好きになれないから」

「完璧なんかじゃないです、最初から。思いやりがないし、考え方がドライですし、他人に対しても寛容じゃないですから」


 先ほどまでの強い視線が嘘のように、弱々しく視線を落としていた。


「その点蒼馬さんは優しいです。人の欠点も弱さも否定せず、全て受け止めて肯定してくれる。他人のために力を尽くして、一緒に笑ったり泣いたり出来る。本当にすごい人だと尊敬してます」

「そんな。大袈裟だよ」

「いいえ。これでもかなり省略したくらいです。本当はもっといいところたくさんありますから」

「じゃあお互い足りないところを補えば完璧だね」


 笑いながらそう言って、おじいちゃんの言葉を思い出す。


『花菜さんとなら足りないところを補いあえる』


 あの言葉の意味が今ようやく理解できた。




 ────────────────────




 遂に互いの思いの答え合わせをする二人。

 蒼馬くん、頑張りました!

 本当の気持ちはちゃんと言葉にしないと伝わらないね!


 そして嫉妬する花菜さんもなんだか可愛いです!


 このまま丸く収まるのかな?

 いよいよフィナーレ間近です!

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