第43話 告げることの意味

 周囲を囲む木立からセミの声が激しく響いている。

 僕は放心状態で愛瑠と向き合っていた。


「えっ……な、なに!? どういうこと!?」

「そのままの意味。ボクは君が好きなの。何度も言わせるな、難聴」

「で、でもっ……」


 愛瑠は恋愛絡みのトラブルで不登校にまで陥った。

 恋愛なんてまったく興味がないとも僕に語っていた。


「ボクが辛いとき、一人で苦しんでたとき、蒼馬はいつも励ましてくれてた」

「そんなの友だちなら当たり前だろ」

「友だちか……」

「あ、ごめん。なんというか、そういう意味じゃなくて」

「分かってるよ。今のはちょっと拗ねてみただけ」


 風が吹いて木々の葉が揺れる音がする。

 僕たちの緊迫した会話に聞き耳を立てるように、セミの声は止んでいた。


「はじめは『放っておいて』って思ってウザかったけど、でも蒼馬は諦めず何度もボクのところに来てくれた。学校に行こうとか、僕が味方になるよとか、そんなこと言わず。ただ心配して、寄り添ってくれた。無理やり引っ張り出すんじゃなくて、蒼馬がボクの方に入ってきてくれたんだ」

「僕はただ会いに行っていただけだよ。苦しみから立ち直れたのは愛瑠の努力だ」

「あー、もう! そういうとこが好きなの!」

「わっ!? ちょっと!?」


 愛瑠は僕に抱きついてきて、もう一度キスをして来た。


「こういう場面のサプライズキスは普通一回なんだからね。二回もしてもらったんだから感謝してよね!」

「へ? お、おう……」


 何がなんだか分からないけれど頷いておく。


「で?」


 愛瑠はひと言だけそう言って、僕の瞳を覗き込む。

 いつも言葉足らずの質問だけど、さすがの僕も今回ばかりは意味が分かった。

 付き合おうということの返事を求めているということに。


「ありがとう。僕なんかを好きだって言ってくれて。でもごめん。その気持ちには答えられない。僕には、好きな人がいるから」


 愛瑠はその答えを分かっていたかのように表情を変えず、しかし涙を一筋頬に伝わせていた。


「それって転校生のこと?」


 愛瑠の震える声を聞き、胸に鋭い痛みが走る。

 それでも逃げずに愛瑠の目を見て頷く。


「僕は花菜さんのことが好きだ」

「なんで……可愛いから? おっぱい大きいから?」

「そんな理由じゃないよ」

「じゃあ親や親族に結婚しろっていわれてるから?」


 愛瑠は縋るような目付きで問い掛けてくる。

 ここで頷いて欲しいと祈ってる顔をしていた。

 でも嘘はつけない。

 正直に答えるのがせめてもの誠意だと感じていた。


「違うよ。そんな理由じゃない」


 首を振ると愛瑠はぼたぼたと涙の雫を落とす。


「知ってるし。そんな理由じゃないことくらい、知ってるし。バカ」

「ごめん」

「こんなのBSSだよ」

「びーびーえす? なにそれ?」

「『ボク(B)の方が先(S)に好き(S)だったのに』に決まってるでしょ! 常識だよ、そんなの!」

「そ、そうなんだ。ごめん、知らなくて」


 愛瑠の常識というのは相変わらず独特だ。


「それに知ってたし! 蒼馬が転校生のこと好きなの、知ってたんだから!」

「あ、もしかして今日大曽根さんと話してるのを聞いた?」

「聞いた。でもその前から知ってたし!」

「え、そうなんだ? いつから?」

「体育祭終わったくらいからかな」

「それはないよ。その頃はまだ意識してなかったんだから」


 微笑みながら答えると愛瑠は「はぁ」と深いため息を漏らした。


「どうしたの?」

「蒼馬って人の好意に鈍感だと思ってたけど、自分自身の気持ちに対しても鈍感だったんだね」

「え? どういう意味?」

「なんでもない」


 愛瑠はメガネを外し、涙を拭ってからにぱっと笑う。

 けれどすぐにまたその目から涙が溢れていた。


「フラれてもいいの。好きだってこと伝えたかっただけだから。てゆーかフラれるって分かっててコクったし」

「そっか。愛瑠は正直だね。そしてすごく強い」

「言っとくけどこれで終わりじゃないからね」

「ん? どういうこと?」

「蒼馬が転校生にフラれるかもしれないでしょ。それに蒼馬が転校生に愛想尽かすかもしれないし」

「僕がフラれるのは大いにあり得るね」

「そのときはもう一回ボクのターンだから。今回は敗けを認めて引いてあげるだけ」

「さすがは愛瑠だね」

「むしろ蒼馬の方から『付き合ってください』ってコクらせてやるんだから」


 愛瑠は泣きながら笑っていた。

 痛々しくて、健気で、胸が苦しくなる。

 でも今の僕は愛瑠を慰める資格なんてなかった。


 帰り道、ずっと花菜さんのことを考えていた。

 傷つくことを恐れずに気持ちを伝えてくれた愛瑠のためにも、僕はもう逃げてはいけない。

 震えそうな脚に力を込め、花菜さんの待つ家へと向かっていた。




 ────────────────────




 ついに覚悟を決めた蒼馬!

 花菜さんの待つ家へ!

 怒涛の展開で物語はついにクライマックスへ!


 行け、蒼馬!

 ここはヒヨるなよ!

 男を見せてガツンといくんだ!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る