第45話 特別な存在
「きっとこれも蒼馬さんの優しさなんですよね?」
「え? なんのこと?」
「私が婚約を破棄するなんて自暴自棄なことを言うから、『愛してる』だなんて言って引き留めてくれてるんでしょ?」
花菜さんは寂しそうな上目遣いで僕を見た。
これは本心じゃない。上手に甘えられないときの顔だ。
三ヶ月共に暮らして知っている。
「そんな理由で僕が愛しているだなんて言わないことくらい、花菜さんも分かってるでしょ?」
「……はい」
「なにか面白いものを見ると花菜さんにも見せてあげたいとか、これについて花菜さんならなんて言うかなとか、すべて花菜さんを絡めて考えちゃうんだ」
「そ、それはどうも……」
「花菜さんはどんな子だったのかとか、どんなところに旅行に行きたいのかとか、どんな洋服が似合うんだろうとか、気がつけば花菜さんのことばかり頭にあって」
「も、もういいです。分かりましたから。なんか、恥ずかしいです……」
花菜さんは真っ赤な顔で身を縮めてしまう。
「私も、好きです。蒼馬さんのこと」
顔を横に背けたまま、目だけで僕を見る。
花菜さんの言葉が信じられなくて、脳がフリーズする。
「他人のために頑張りすぎちゃうところは少し心配になりますけど、そこが蒼馬さんの素敵なところです。私を喜ばせようとしてくれるのを見ると、キュンってなります。それに笑顔も可愛いですし、美味しそうにご飯を食べてくれるところも大好きです」
「あ、ありがとう」
誉められ過ぎて恥ずかしくなった花菜さんの気持ちがよく分かった。
体が熱くなって、頭がぽーっとしてくる。
「そんな風に思ってくれてるのに、なんで実家に帰るだなんて言い出したの?」
「今日、蒼馬さんは愛瑠さんと手を繋いで帰りましたよね?」
「あ、あれは──」
「分かってます。デートだとか、そういうものじゃないってことは」
「う、うん」
「でもあの光景を見て、モヤモヤってしちゃったんです。私の婚約者だって知って手を繋ぐ愛瑠さんにも、断らずについていく蒼馬さんにも」
「ごめん」
「ううん。違うんです」
花菜さんは苦笑いをして首を振る。
「二人のことが嫌なんじゃありません。なんでもないことなのに嫉妬しちゃう自分が嫌になったんです。このままじゃどんどん嫌な女の子になっちゃうって思って。だからもう実家に帰ろうって思ったんです」
「そんな理由で?」
「大切なことです。親や周囲のことを考えればどんなことでも我慢して結婚しなきゃいけないのは分かってます。でもどうしたいのか、どうなりたいのかを考えなきゃいけないってことを教えてくれたのは蒼馬さんです」
花菜さんの真剣な眼差しが真っ直ぐに僕に向けられる。
「それで私は蒼馬さんに見合う女性になり、蒼馬さんを支えられる存在になることを目標としました。でもこのままじゃそうなれないと思ったんです。だから一度身を引こうと決意しました」
喋りながら花菜さんの瞳はみるみる涙で滲んでいく。
「だからこれはお別れではありません。確かに婚約は解消しますが、私は必ず蒼馬さんに見合う女性になって戻ってきます。私は家のためではなく、蒼馬さんが好きだから結婚したいんですから」
気持ちを確かめあったけれど、それでもなお花菜さんの意思は固いらしい。
「僕の言葉でそんな意思を持ってくれたんだね。ありがとう。でもそんなすぐに人は変われないよ。何度も挫折して、そのたびに反省したり、自分を見直して変わっていくんだよ。僕の隣でその変わっていく花菜さんも見せて欲しい」
「ありがとうございます。でも──」
「それにその花菜さんの目標にも少し納得いかない。僕を支える存在っていうけれど、僕も花菜さんを支える存在になりたいんだ」
少し緊張したけれど花菜さんの手をそっと握る。
「お互いの成長を助け合い、刺激し合う。それこそが支えることだと思わない?」
「……ずるい」
花菜さんは涙で怒りながら笑う。
「そんなこと言われたらもっと蒼馬さんを好きになって離れられなくなっちゃうじゃないですか」
花菜さんは照れくさそうに僕の手を握り返し、そっと僕の胸に体重を預けてきた。
いつか観た恋愛映画ではこんなとき抱き締めていたはずだ。
覚束ない所作で花菜さんを腕に包む。
「わたし、ここにいていいんですか?」
「ここは花菜さんの家だよ」
「……はい」
花菜さんも僕の背中に手を回し、ぎゅっと抱きついてくる。
「それで、結局どうなるんですか?」
「どうなるって?」
「私たちの関係です」
「そりゃあ……恋人同士じゃないかな?」
「えー? 元々婚約者だったんですよ? なんかランクダウンした感があります」
怒ったり泣いたり笑ったり、今日の花菜さんは忙しい。
「もちろん将来結婚するつもりで付き合うだよ」
「それじゃ元のままです」
僕を困らせたい。
そんな顔で僕を見る。
これまで見たことがないタイプの花菜さんだ。
それなら僕も──
「じゃあ、これは?」
花菜さんの頬に手を添え、唇にチュッとキスをした。
「これはいままでになかったでしょ?」
「唇が触れるだけのキスなら友だち同士でもするかもしれません」
「え?」
花菜さんは首に腕を回し、キスをしてきた。
柔らかく、ツルッとした舌が僕の口の中に入れてくる、大人のキスだった。
それに応えて僕も舌を絡ませる。
お互いを食むような、ちょっとえっちで蕩けるようなキスをしていた。
キスのあと、花菜さんは恥ずかしそうに首を竦めていた。
「これで今までとは全然違う関係になれたね」
「勘違いしないでください」
花菜さんは上目遣いで僕を見る。
うるうるした瞳は反則的に可愛い。
「一回だけじゃ関係は変わりません。ま、毎日してはじめて変わっていくんです」
「い、今みたいなのを毎日?」
「当たり前です。私と蒼馬さんは結婚するんですから。あ、もちろん結婚してからも毎日してもらわないと困ります」
澄ました顔をしようとしてにやけている。
そんな花菜さんが愛おしくてまた唇を重ねてしまっていた。
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ようやく特別な存在になれた二人!
おめでとう!
二人で成長して、二人で支えあって、足りないものを補いあい、困難も乗り越えていく!
蒼馬と花菜さんならそれが出来るはず!
次回最終回では爆弾が落ちてきて二人とも爆発します!
お楽しみに!
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