第21話 ネタと真面目の判別

 中間テストが近付きだした教室内では自習をする人も増えてきている。

 最近真面目に学校に来ている愛瑠も休み時間に勉強をしていた。


「分からないところがあったら教えるからね」

「ふん。ボクに分からないことを蒼馬ごときが分かるわけないだろ」

「さすがは愛瑠だね。でも学校休んでいたから分からないこともあるんじゃない?」

「自宅で自習していたからそんなものはないよ」


 愛瑠は成績が優秀だ。

 確かに高校二年の一学期の中間テストくらいでは理解できないことはないのかもしれない。


「でもどの辺りがテストに出るかは分からないだろ? 授業中先生が言っていたから教えるよ」

「余計なお世話だよ。ボクはそういうインサイダー情報などに頼らず全範囲を一人でしっかり完璧にするから」

「そう? さすがだね」


 そこまでいうなら無理強いする必要もない。

 僕は自分の勉強へと戻った。


 花菜さんも休み時間は自習をしている。

 これまでの生活や授業中の態度を見ても、きっと賢いのだろう。

 普段花菜さんと一緒に過ごしている黒瀬さんたちは、相変わらず自習などはせずに集まって会話をしていた。




 勉強熱心な花菜さんは家でも教科書を広げていた。

 でも自室ではなくリビングで勉強するとは珍しい。


「あの、蒼馬さん」

「なに?」

「私、実は数学が苦手なんです」

「そうなんだ」

「ここのところとか、特に苦手でして」

「あー、内分と外分のところね。考え方としては──」


 理解力の高い花菜さんは僕の辿々しい説明でもすぐに理解してくれた。

 教えた後に例題や応用問題も出してみると、ちゃんと答えられていた。


「ありがとうございます。教えるのが上手ですね」

「そんなことないよ。花菜さんの理解力がすごいだけ」

「ご自身の勉強でお忙しいのにありがとうございました」

「ううん。人に教えるって自分の理解を深めるのに役に立つから。むしろ僕の方が感謝したいくらいだよ」


 本心で言ったのに花菜さんは「ふふっ」と笑った。


「蒼馬さんらしい気遣いですね。ありがとうございます」

「嘘じゃないって。アインシュタイン博士も言ってるんだ。『自分の祖母に説明できなければ本当に理解したとは言えない』って。人に理解してもらうってことは自分の理解を確認する上でとても大切なんだ」

「私はおばあちゃんではありません!」


 花菜さんはむすっとした顔で睨んできた。


「あ、ごめん。そういう意味じゃなくて、『理解をする』ということについての話で」

「もういいです。数学は理解してるみたいですけど女心は全く理解してないということは分かりましたから」

「ごめん」


 僕はなんでこんな余計なことを言って人を不快にさせてしまうのだろう。

 自分で自分が嫌になる。


「そんなに落ち込まないでください。冗談です」

「え? そうなんだ? 冗談なら笑いながら言ってよ」

「すいません。表情筋の使い方が下手なんです。なにせおばあちゃんなもので」


 きっとこれも冗談なのだろう。

 あははと笑うとムッとした顔をされた。

 どうやらここは笑うところじゃなかったらしい。

 女の子との会話というのは実に難しい。


「それはそうと蒼馬さんって勉強を頑張ってらっしゃいますよね」

「まあそれなりに」

「それはやはり以前仰られていた『家を継がずにやりたいこと』のためなんでしょうか?」

「鋭いなー。さすが花菜さんだね。その通りだよ」

「よかったら何をしようとされているのか教えてくれませんか?」

「いいけれどつまらないと思うよ?」


 夢を友だちに話すのははじめてだ。

 ちょっと恥ずかしいし、引かれないか心配だ。


「僕は将来半導体の研究をしたいんだ」

「半導体って、あのパソコンとかスマートフォンに入ってるものですか?」

「そう。でもそれだけじゃない。テレビや冷蔵庫など電化製品はもちろん、車や建物を作るのにも使われてる。太陽電池だって半導体だ」

「そうなんですね。知りませんでした。でもなぜ半導体の研究を?」

「うーん。笑わないでね。いや、笑ってもいいけれど」


 照れくさいので花菜さんの顔を見ずに話す。


「かつての日本の成長は半導体の成長でもあったと思うんだ。でも残念ながら今はあちこちの国に抜かれ、日本の半導体業界は衰退していっている。そんな状況をなんとかしたいんだ」

「蒼馬さんが、ですか?」

「僕一人に出来ないなんてもちろん分かっている。問題点は色々とあるし。でも革新的な半導体を産み出すことや、高効率の半導体製造機を開発することとか。そんなことに携わっていけたらって思うんだよ」


 花菜さんはキョトンとした顔をしていた。


「モノづくりでまた日本を活気ある国にしたい。そんな夢だよ。まあ子どもの頃に読んだ本に書いてあった受け売りなんだけどね。っていうか大袈裟だよね。なんか言ってて自分で恥ずかしくなってきた」

「素晴らしいと思います」


 僕を見詰めたまま、花菜さんがゆっくりと頷く。


「そ、そうかな?」

「私は未来に何がしたいなんて考えずに生きてきました。漠然と人の役に立ちたいくらいには考えてましたけど、その時々にすることに追われるだけで」


 花菜さんは寂しげに小さく笑う。


「親が忙しいから家事をする。受験だから勉強する。親のために結婚する。流れで決まったことをいかに『ちゃんとこなせるか』ということしか考えてませんでした」

「誰だってそうだよ。もちろん僕も。まあ親に決められた結婚に従うのはいかがなものかとは思うけど」

「蒼馬さんは違いますよ。親の家業を継がずに行きたい道に進もうとされているんですから。立派です」

「思うだけなら誰でも出来るよ」


 誉められるのはどうも苦手だ。

 でも僕の生き方を花菜さんに少しでも理解してもらえたことは嬉しかった。


「でも安心しました」

「安心?」

「家を継がないでギャンブラーになりたいとか、働かずに遊んで暮らしたいとか言われたらどうしようかと思ってました。研究者の妻なら大丈夫です。問題ありません」

「だから結婚は──」


 しなくても済むようになんとかするから。

 そう言いかけてやめた。

 ネタにマジレスはカッコ悪い。

 きっとこれも花菜さんならではのジョークなんだろう。

 笑わないで冗談を言う癖はやめて欲しいものだ。




 ────────────────────



 ネタとマジの二択をことごとく間違う蒼馬。

 二択問題は苦手なのでしょうか?


 さて蒼馬の生き方や考え方を知り、二人の距離はまた一歩近付きました。

 とはいえ相変わらず婚約解消こそが花菜さんのためだと信じて疑わない蒼馬。


 そんな彼もやがて自分の気持ちに気づくことでしょう!

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