第20話 朝の景色

 食後は順番にお風呂に入ることとなった。

 柚芽ちゃんが上がったので、次は梅月さんがお風呂に向かった。


 お風呂上がりの柚芽ちゃんからはホコホコとした石鹸の香りが漂っている。

 パジャマ代わりに来ている梅月さんのTシャツとショートパンツがブカブカで、艶かしさと可愛さが半々だ。


「ねーねー、蒼馬さん」

「なに?」

「お姉ちゃんともうエッチしちゃったの?」

「するわけないだろ」


 柚芽はすぐ突拍子もないことを口走るので、早くも少し免疫がつき始めている。


「じゃあ他の女の子とは?」

「ないよ。てか僕はまだ高二だよ?」

「高二なら普通に経験ある人多いでしょ? 中三でも結構いるし」

「えっ……そうなんだ。それは早いね」

「私はどっちだと思う?」


 ボソボソっと耳のそばでないしょ話みたいに囁かれる。

 耳にかかる吐息が擽ったくてゾワッとしてしまった。

 動揺しないつもりだったが、さすがにビクッとしてしまう。

 ナメられないよう、ここは軽く返さないと……


「は、話の流れからして……あるのかな?」

「えっち! いま想像したでしょ?」

「し、してないよ」

「正解教えて欲しい?」


 柚芽ちゃんはピトッと僕に密着して顔を下から覗き込んでくる。

 襟元が緩くて胸の谷間が大きく見えていた。

 っていうか──



「ブ、ブラしてないの?」

「見たの? やっぱエッチじゃん」

「ごめん。見えちゃって」

「お姉ちゃんのブラ、ブカブカなんだもん」

「大きいもんね」

「お姉ちゃんの見たんだ?」

「い、いや、あれは事故で」


 誤魔化せばいいのにばか正直に答えてしまった。


「私もクラスの女子の中ではおっきい方だよ」


 柚芽ちゃんはおっぱいをふよふよと下から持ち上げる。

 触らなくても柔らかそうなのが伝わってくる動きだ。


「私のも、見たい?」

「い、いや……別に」

「蒼馬さん優しいし、サービスしちゃおうかなー? あ、先っぽは駄目だよ。結婚する人にしか見せないし」


 ニヤッと笑った柚芽ちゃんは人差し指でTシャツの襟首をくいっと広げる。


「ちょっ……」

「あー、えっちな目、してるー」

「してないからっ! ていうか、それ、完全に見えちゃ──」

「柚芽、何してるのっ!」


 お風呂から上がった梅月さんが目を怒らせてノシノシやって来る。


「あーあ。もう上がって来ちゃったの?」

「なんでブラしてないの! このスポーツブラ貸してあげたでしょ!」


 梅月さんはスポーツブラを柚芽ちゃんに押し付けてリビングから追い出す。


「ほんとにもう、あの子は」

「まぁまぁ。僕はからかいやすいから遊んでるんだろ」

「蒼馬さんも蒼馬さんです。私の婚約者なんですからもっと毅然とした態度で注意してください。いずれ義妹になる相手ですよ」

「すいません……」


 そんな騒動の後、二人は自室へと行ってしまった。

 お風呂を上がった後、部屋の前を通ると二人の笑い声が聞こえた。

 普段聞くことのない、屈託のない笑い声だ。

 喧嘩しても仲のいい姉妹なんだろう。

 なんだかんだ言っても梅月さんも妹さんが訪ねてきてくれたことは嬉しいみたいだ。




 翌朝は二人で朝食を作ってくれていた。

 まだ覚束ない手つきの柚芽ちゃんを梅月さんが指導するという構図だ。

 でも作るのに手間取ってしまったため、時間がない。

 慌ただしく朝食を摂り、駅へと向かう。


「もう勝手に来ちゃダメだからね」

「しつこい。分かったって」

「またいつでもお姉ちゃんに会いに来てね、柚芽ちゃん」

「いいの!?」

「ちゃんとご両親には許可を取って」

「うん! ありがとう!」

「もう蒼馬さん。そうやって甘やかすようなこと言ってはダメですよ」

「いいでしょ、別に。ねー、蒼馬さん」


 柚芽ちゃんは共犯者の笑みを浮かべて僕の腕に絡みついてきた。


「ちょっと、柚芽、しれっと蒼馬さんにしがみつかないで。ほら、遅れるから早く行きなさい」

「蒼馬さん。こんなお姉ちゃんですけど、よろしくお願いします」

「いえ、こちらこそ」


 柚芽ちゃんは手を振りながら去っていったが、思い出したように振り返る。


「あ、そうだ、蒼馬さん」

「なに?」

「昨日の正解だけど、『まだ』でしたー!」

「お、おう……」


 なんのことですか? という梅月さんの視線を強引に無視する。

 まさか『経験』の有無の話だとは言えず「さぁ」と惚ける。


「さて、梅月さん。少し早いけど僕たちも学校に行こう」

「蒼馬さん」

「なに?」


 梅月さんは顔を赤らめてパッと目を逸らす。


「い、妹のことを『柚芽ちゃん』って呼ぶなら、私も『花菜』って呼んでください」

「え?」

「か、勘違いしないでくださいっ。あくまでバランスを取るためですから」

「バランス? うん。分かった。花菜さん」

「学校では梅月さんでいいですからね」

「分かってるよ。じゃあまた学校で」


 違う車両に乗ろうと移動すると梅月さん改め花菜さんがくいっと僕の制服の裾を引っ張った。


「朝早いですし誰にも会わないと思いますので一緒の車両で行きましょう」

「そう? 分かった」


 確かに花菜さんの言う通り、同じ高校の制服は見かけない。

 それに一時間違うだけで違う世界線の電車のように空いている。


「本当に妹がすいませんでした」

「楽しかったよ。花菜さんとはずいぶん性格が違うんだね」

「見た目は似てるのに性格が違うってよく言われます」


 花菜さんはやれやれといった顔でため息をつく。


「でもお姉ちゃんを守ろうとしてやって来たときはビックリしたよ」

「失礼な子ですよね」

「そんなことないよ。一生懸命で可愛かったし」


 あのときのことを思い出してにやけると、花菜さんは冷たい目で僕を見た。


「やっぱり蒼馬さんもああいう女の子の方が可愛いと思うんですか?」

「え?」

「いつも『可愛い』と誉められるのは柚芽で、私は『賢い』とか『しっかりしている』って誉められてました。それでいいと思ってましたが、女の子としてどうなんだろうって」


 花菜さんは空気中に舞う埃でも眺めるような視線で呟く。


「そんなことないよ。花菜さんには花菜さんの可愛さがある」

「慰めてくれるんですね。ありがとうございます」

「たとえばいまみたいに、分かりづらく甘えるところとか、可愛いなって思うよ」


 花菜さんは無表情のまま、ボッと顔を赤く染めた。


「あ、甘えてませんっ! 私はただ妹と私の褒められ方の違いを話しただけです。別に可愛いって褒められたくて拗ねたわけじゃありません」

「そうだよね。失礼しました」


「照れ隠しで怒るところも可愛いよ」という追い討ちはやめておいた。


 朝日がまださほど混んでいない車内を照らす。

 駅が近づき減速すると眠たそうな女性も、朝から憂鬱そうなスーツ姿の男性も、音楽を聴いている女子高生も、みんな電車のカーブに連れて身体が傾く。

 隣に越しかけている花菜さんも僕の方へと身体を寄せてくる。

 その身体を失礼ない程度にそっと支えた。

 そうやって今日も一日がはじまる。




 ────────────────────



 嵐のような柚芽ちゃんの襲来でした!

 意図せずサービスしすぎちゃうのはうっかりちゃんキャラの特権ですね!


 さて、次第に息の合ってきた二人

 次回はまたその絆を深めていきます!

 お楽しみに!




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