第6話 トライアングルパーク

 梅月さんの機嫌が悪そうだったのはそのときだけで、家に帰るとまたいつものように怒っても笑ってもいない無の状態になる。

 普段は気にならないけれど会話が弾まないのはなんだか気まずかった。


 食後、自室で勉強をしているとスマホが震えた。

 珍しく愛瑠からのメッセージだった。


『十分後、トライアングルパークに集合』


 愛瑠からの短いメッセージだ。

 ちなみにトライアングルパークというのは『三角公園』と呼ばれる近所の公園だ。勝手に愛瑠がそう呼んでいる。

 時刻は二十時過ぎ。

 高校生が出歩いていてもまだ咎められるほどの時間じゃないだろう。


 公園につくとパーカーのフードを被って迷彩柄のハーフパンツを穿いた愛瑠が、ブランコでゆらゆらと腰かけていた。


「お待たせ」

「遅い。戦場なら死んでいたぞ」

「戦場ならもっと早く助けに着たから大丈夫だよ」


 話に乗っかって答えると、愛瑠は恥ずかしそうにフードをくいっと引っ張って目を隠す。


「ば、ばか。助けられるのは蒼馬の方だ。ボクが助ける役に決まってるだろ」


 珍しくナインテイルではなく蒼馬と僕の名前を呼んだのに違和感を感じたが、ツッコむと怒られそうな空気なのでスルーする。


「で?」

「ん? なに?」

「あの女は誰なのか訊いてるの!」


「で?」の一言で分かるはずないのに察しが悪いみたいに怒られる。

 相変わらず独特な人だ。


「梅月さんは先週引っ越してきた転校生で──」

「そういう回りくどい話はいい。正直なところを端的に」

「僕の隣の席で、学校生活に馴染めるようにお世話係みたいなことをしてるだけだよ」

「ふぅん。隠すんだ?」


 愛瑠は大きな眼鏡の奥の目を細めて僕を睨む。

 蛇に睨まれた蛙のように硬直してしまう。


「隠しても無駄。ボクの目は誤魔化せないよ?」


 これは脅しではなく本当だ。

 愛瑠は勘や洞察力が鋭く、僕が資産家の息子だということもすぐに言い当ててきた。

 だから彼女は生徒の中で唯一僕の素性を知る人間だ。


「そもそもただの転校生なら蒼馬がボクの家に連れてくるはずがない。なにかやむを得ない理由があったんでしょ?」

「それは……」


 尾行され、断りきれなくて連れていった。

 そう伝えようとして、思い止まる。

 勘の鋭い愛瑠のことだ。

 あれこれ話しているうちに梅月さんが僕の許嫁であることがバレる可能性もある。


「隠すんだ? ボクよりもあの女を庇うんだね」

「庇うとかじゃないよ」


 僕と梅月さんの関係は絶対の秘密だ。

 愛瑠ならあちこちに言いふらさないと信じているが、やはり勝手に話すのは気が引けた。


「もしかして許嫁……とか?」

「は!? え、なんで分かったんだよ!?」

「うそ? マジでそうなの!? 資産家だからそんなのもいるかもと当てずっぽうで言っただけなのに」

「お、親とかおじいちゃんが勝手に決めたことだから! うちのしきたりなんだって。十七歳になったら許嫁を取るらしい。絶対誰にも言わないで」

「そりゃ言わないけど……マジかー……」


 さすがの愛瑠も驚いた様子で呆然としていた。


「そっかー……蒼馬ってああいう分かりやすい美少女が好きなんだ」

「なんでそうなるんだよ!? 勝手に親に決められただけなんだってば」


 なんか夕方の梅月さんとそっくりのセリフだ。

 なぜみんなすぐにそうやって僕の好みだと勝手に決めつけたがるのだろう。


「だって結婚するんだろ? 好みじゃなかったら嫌じゃない?」

「結婚はしない。それは梅月さんにも話してある」

「えっ!? そうなの?」

「今どき家の都合で好きでもない人と結婚とかあり得ないよ。だから結婚しなくても問題ないように、いま色々頑張ってるところ」

「へぇー? 結婚しないルートもあるんだ」


 ルートだとかフラグだとかチートだとか、愛瑠の会話にはちょいちょいゲーム用語みたいなのが混じる。


「まあ単純な話じゃないから簡単にはいかないんだけどね」

「そりゃそうだろうねー。親同士が決めたことだし、お金とか絡んでそうだもんねー」

「そうなんだよ。でも結婚ってそうじゃないでしょ? 青臭いと言われても本人同士の気持ちが一番だと思うんだ」

「ちょっと待って。ということは、もし本人同士が好きになれば結婚もありうるんだ?」

「本人同士って僕と梅月さんがってこと? ないない。あり得ないよ」


 突拍子もない話に笑ってしまう。


「梅月さんは見ての通り完璧な美少女だよ? 僕なんかを好きになるわけないだろ。あはは!」

「……蒼馬が梅月さんを好きになる可能性は否定しないんだ?」

「ん? なに?」

「な、なんでもないよ! バカ!」


 ペチンと二の腕を叩かれる。


「まあ僕のことはいいとして、そろそろ学校に来てよ。先生も心配してたよ」

「いきなり説教? そういうのいいから」

「このまま学校辞める気?」

「出席日数ギリギリにして首席で卒業するの。学校で勉強しなくても独学でいけるってのを証明するんだから」

「そんなことしてなんの意味があるわけ?」

「それに別に学校にいかなくても蒼馬がうちに来てくれるからいいし」

「僕だっていつも来られる訳じゃないんだよ?」

「そうなの!?」

「そんなに驚くこと? そりゃなるべく来たいけど、勉強も忙しくなるし、家のことも、婚約解消のこともしなくちゃいけないから」

「ぐぬぬ……転校生め! やっぱ行く! 学校行く!」


 嘘のようにあっさりとそう約束してくれた。


「いいの!? ありがとう!」

「その代わり毎朝迎えに来てね!」

「うん。それくらい全然いいよ」


 よく分からないけれどやる気を出してくれたのはいいことだ。




 ────────────────────



 ゲーム仲間の愛瑠ちゃん。

 同棲してることは隠したけど、その勘の鋭さでいずれバレてしまうのでしょうか?


 彼女が不登校になった理由もこれから明らかになっていきます。


 ちなみに個人的に愛瑠ちゃんのキャラがとても気に入ってます。


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